- 実験編「豆知識」
第三アロマと時間によるワインの香りの変化
2026年09月
(写真)セラーで眠りにつく貴腐ワイン
香りについての説明も終盤戦に差し掛かって来ました。今回のテーマは第三アロマ。一から三までに分類される香りのタイプの最後の一つです。
第三アロマとはワインが出来てから時間を経る事で発生する香りの事です。ワインは常に風味が変化し続けるお酒で、新酒の様に出来立てのフレッシュな果実感を楽しむタイプのワインもあれば、マデイラの様に製法の中に敢えてワインを酸化させる工程を組み込みそこから生まれる風味を楽しむタイプのワインも存在します。一般的にはフレッシュな状態から時間を重ねる事で変化していく味わいを「ワインの熟成」と表現してポジティブなものと捉えていますが、熟成とは「軽微な酸化の積み重ね」でもあると言え、それが想定よりも急激に進んでしまったり、進み過ぎて本来持つ果実味を完全に失ってしまうと、欠点とされる事になります。
今回は、熟成によって顕れる香りがどんなものかを知る事で、変化していく香りの中で「そのワインが今、どこに居るのか」を考えていきたいと思います。
もう一つ、ワインを保管する容器である樽から与えられる香りがあります。樽の中で熟成する過程で生まれて来る香りは第三アロマという考え方です。これはワインにかなり大きな影響を与えるので、ワインの香りを考える時に必ず考慮する必要があります。しかし、樽は発酵容器としても使用されたり、樽を使う事自体が醸造技術だったりと第二アロマに分類する考え方もあると思いますので、別枠として次回のテーマとしたいと思います。
果実の風味の変化
それでは具体的に熟成によって出て来る香りの変化を見て行きましょう。大きく分けて第三アロマには3つの方向性があります。一つは果実や植物・花などのワインが元々持っている原料のぶどう由来の風味が変化していく事によって生まれる香り。二つ目は主に醸造中や熟成容器での保管中にワインが酸素に触れる事によって、酸化され生まれる香り。そして三つ目はワインが瓶詰めされた後に、極少量の酸素と触れ合いながらじっくりと変化していく事で生まれる、瓶熟成由来の香りです。
(1)果実の風味の変化
果実や花、ハーブなどの風味の変化は最も感じやすい香りの変化と言えるでしょう。出来立てのワインはもぎたての果実や摘みたての花やハーブの様な新鮮な植物由来のアロマを豊かに放ちますが、この香りは時間の経過と共に落ち着いていて、徐々にドライフルーツやドライフラワー、ドライハーブなどの水分を失った植物の風味が増して来ます。これは生の果実や花などが、時間を経ることで変わっていく風味と良く似ていますので理解しやすいと思います。ワインのタイプによっては、ドライフルーツではなく、コンポートやジャムなどの加熱して甘くなった果実の風味が出て来る事もあります。代表的な時間の経過によって顕れる果実の風味としては、白ワインでは干し杏や干しりんご、オレンジマーマレードや杏ジャムなど。赤ワインではドライプルーンやデーツ、干しイチジク、梅干し、クコの実、チェリーコンポート、カシスジャムなどがあります。萎れていくバラや、ドライラベンダー、ローズペタル、ドライハーブなどの香りもここに含まれます。
酸化によって生まれて来る香り
(2)酸化によって生まれて来る香り
酸化は基本的にはワインの醸造・熟成においてはネガティブな要素です。急激な酸化はワインが本来持っている果実味を喪失させ、風味のバランスを破壊してしまいます。しかし、元々多くの要素を持っている力のあるワインの場合、適度な酸化は本来持っていなかった風味をそのワインに与え、さらなる複雑さやコクを与える要素になれる可能性を持っています。また、特定の文化の元(歴史的に他の文化圏と隔絶した山間部や島嶼部、もしくは長期の航海などで愛されたワインが多い)で酸化の風味自体を好む嗜好が発達し、つくられてきたワインも存在しています。
酸化によって生まれる風味の一つの要素として重要なものにアセトアルデヒドがあります。これはエタノールが酸化されて生まれる物質ですが、それほど多くない時には爽やかな青りんごを連想させる香りを生み出します。しかし、量が増えてくると次第に青りんご~皮を剥いたりんごやすりおろしたりんごと表現されるややもったりとした風味に変化して行きます。酸化防止剤を使用しないつくり手の白ワインに共通のすりおろしや甘く煮たりんごの風味がありますが、これは酸化由来のアセトアルデヒドから来ています。これがさらに進むと傷んだりんごや、シェリー酒(オロロソなど)に例えられて、ネガティブな要素として捉えられる事が多くなります(当然ですが、オロロソシェリーは酸化の風味を意図的にコントロールして作られており、通常のワインが意図せずに酸化してしまったシェリー様の風味とは全く異なる完成度を持ちます)。その他の酸化によって顕れる香りの代表としてはナッツとカラメルが挙げられます。これはどちらかだけと言うよりは、一緒に同時進行的に発生すると思って良いでしょう。ナッツの代表としてはクルミ、ヘイゼルナッツ、ローストアーモンド。カラメルの代表としてはキャラメルやヌガー、プリンのカラメル。そして二つが混じる事で感じるチョコレートやコーヒー豆などを連想させる甘香ばしい香りもこのタイプの代表的な香りです。良いワインは風味は変化しながらも果実味は保ちつつ、これらの要素も併せ持つという事になります。カラメルやナッツ系の香りしか無い場合は酸化してしまったワインです。
瓶熟成由来の香り
(3)瓶熟成由来の香り
最後は瓶詰めしてから、望ましい環境下で保管される事で生まれてくる瓶熟成由来の香りです。適した環境で保管されないとワインは一気に酸化に向かいますので、(2)で挙げた酸化が進んだ風味が主体になります。望ましい環境下で保管されたワインは、瓶内に残されたわずかな量の酸素によってゆっくりと酸化されていきます(溶存酸素の量によっては還元の方向に進むこともあります)。その過程でワインに含まれる各種の酸やエタノールなどの成分が結びついて、当初は無かった香りを生み出します。代表的なものとしては、スパイス類(生姜やシナモン、樽を使ったワインの場合はクローブやナツメグなど)、菌類・苔類(キノコ、マッシュルーム、腐葉土、森の地面、タバコ、落ち葉、濡れたワラなど)、動物類(革製品、生肉、ジビエの煮込み、牧場など)、鉱物類(石油など)などが挙げられます。果実や花とこれらの香りが共存する事で、ワイン独自のグッと心を掴まれるような複雑かつ色気のあるアロマが生まれてきます。第3アロマが見せてくれる世界は他のお酒ではあまり出会わない様な香りもあり、慣れるまではポジティブに捉えられないものもあるかもしれません。しかし、時間だけがつくる事の出来る風味というのは他では得難い魅力があります。そして、途中でも書きましたが、第三アロマは嗜好品としてのワインのとても重要な要素です。第三アロマを押さえて、もっともっとワインの魅力にハマっていきましょう!