ワインって難しい・・・?
世の中で広く言われるワインの常識を、ワインのプロが実際に検証!
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テイスティングの流れ

2025年05月

(写真)ボルドーのワイン博物館シテ・デュ・ヴァン

前回はワインの味わいに影響を与える4つの要素についてお話しました。テイスティングという連載のテーマから言うと今回からが本番で、ではどの様にワインに向き合えば、より深くワインの味わいを感じられる様になるのかを見ていきたいと思います。

今回は最初ですから、テイスティングする際の流れを確認しましょう。テイスティングの流れの基本は、「目で見る」⇒「鼻で香りを嗅ぐ」⇒「舌でワインを味わう」の順番です。単純に「飲む」だと、最後の「舌でワインを味わう」だけになってしまう場合もありますが(とは言え、味わう時点でも嗅覚は大きな影響を与えています)、ワインが持っている色々な要素をしっかりと感じようと思うと、視覚・嗅覚・味覚・触覚と言った五感を最大限に活用するのが良いと思います。聴覚はあまり使わない様に思いますが、例えばワインをグラスに注ぐ音や、スパークリングワインの泡が弾ける音などは美味しさにつながっていると思います。先日、ボルドーのシテ・デュ・ヴァンと言うワインの博物館を訪れる機会があったのですが、そこに映像と効果音だけでまるでワインを飲んでいるかの様な感覚を与えるプログラムがありました。知らず知らずのうちに、我々は五感を活用して味わっているんだなと思わされるプログラムでした。これはワインに限らず、丁寧につくられた全てのお酒・食品を味わう時に共通して言える事かも知れません。

もう一つ影響する要素があるとすれば、記憶でしょうか。人は脳で味わいを判断するので、過去の記憶や先入観で味わいの感じ方や解像度は異なってくると思います。沢山飲むほどに記憶が増えるので、その記憶と比較しながら飲む事で、より深く、より詳細に味わう事が出来るようになります。その点である程度の経験値は美味しく飲むためには必要と言えるでしょう。ただ、経験値が増える事で逆に初めて美味しいワインを飲んだ時の様な衝撃は小さくなっていくようにも思います。テイスティングは個々人それぞれの感覚の中での作業なので、だからこそ深くて面白いのかも知れません。

目次
  1. 見る
  2. 香りを取る
  3. 味わう

見る

上)色々なオレンジワインの色調の違い
ワインには多彩な色があります。色で分ける大まかな分類として赤ワイン、白ワイン、ロゼワインそして最近はオレンジワインと4つのタイプがあります。でも上の写真(オレンジワインを5種類並べたもの)を見てもわかる通り、同じタイプのワインでも濃さも違えば、色調もかなり異なります。あるものはしっかりと輝きがあり、あるものは少しぼんやりとした感じがあったりする事も見てとれると思います。ものによっては泡立ちがあったりもします。最初にじっくりと見る事で、色々な情報が入って来ます。「テイスティングするぞ」というモードが出来て来るのも見る事の良いポイントです。見る型がバシッと決まっている方はワインに詳しい方に見えやすいので、その点でもじっくり見る事をお勧めします。見る角度などについては、動画サイトなどで”ワインテイスティング”などで検索すると色々と出て来ますので、参考にして頂くと良いかと思います。
これからの連載で個別に詳しく見ていく事になりますが、見る事でわかる事は色々とあります。例えば赤ワイン・ロゼワインは基本的に黒ぶどうからつくられますので赤の色素が入っています。それに対して白ワイン・オレンジワインは白ぶどうからつくられますので普通は赤の色素は見られません。でもたまに赤の色素が見える白ワインやオレンジワインがあります。例えば上の写真でも左から二番目は明らかにピンクっぽいですし、一番左や右から二番目のものは銅のような赤みが見えると思います。この理由としてはこれらのワインは果皮がピンク色をしたグリぶどうから生まれている事が挙げられます。ワインの味わいが決まる4つの要素の中の「ぶどう」についての情報がワインの見た目にしっかりと顕れているわけです。
色以外にも輝きの強さや、粘性の強さも大事なポイントです。寒い場所でつくられたのか、温かい場所でつくられたのか、出来立てのワインなのか、随分と熟成したワインなのか、特殊な製法でつくられたワインなのか、スティルワインなのか、スパークリングワインなのか、フォーティファイドワインなのか、甘口か辛口か、などなど色々なヒントがワインの見た目には詰まっています。1杯のグラスだけだと目が慣れるまではわかりにくいので、最初は2種類並べて比較すると良いと思います。

香りを取る

写真上)グリぶどう 左:ピノ・グリ 右:甲州
じっくり見たら、次はグラスを鼻に近付けて香りを嗅ぎます。「匂いを嗅ぐ」と言う表現もありますが、個人的にはワインには何となく「香りを嗅ぐ」とか「香りを取る」と言う表現が似合うように思っています。香りは、外観以上に沢山の事を我々に向かって訴えて来ます。香りのボリューム、タイプ、複雑さ。それらがぶどうの品種であったり、生産された場所であったり、つかわれた醸造技術や貯蔵容器の特徴を顕しています。
香りを嗅ぐ時に注意したいのは、いつも同じやり方をするというところです。例を挙げると、香りが元々少ないワインに対して何度も力強くクンクンしたりすると、香りの強弱の判断軸がブレるので、いつも同じ様に、同じやり方、同じ強さで香りを嗅ぐ様にしたいところです。もちろん素晴らしい香りのワインがあれば、とにかく大きく吸い込んで体の中をその香りで満たすという楽しみ方もありますが、それは後でも出来るので、最初は同じやり方で臨むというのがお勧めです。
あと、香りを取る時にソムリエさんがグラスをグルグルと廻しながらクンクンしている映像を見る事があると思いますが、最初からグラスをどんどん廻す事はお勧めしません。グラスを廻すというのは、グラスの中に酸素を強制的に送り込んで、急速に酸化させるという作業です。ワインは酸化(=熟成)によって変化するお酒なので、ソムリエさんたちはグラスを廻しながらそのワインの色々な風味を探っています。でも最初に香りを取る前にグラスを廻してしまうと変化する前の元々の香りがわかりません。廻すのは一旦香りを嗅いでからにした方が良いと思います。
ワインというのは面白いお酒で、ぶどうを原料にしながら殆どのワインがぶどうの香りではなく、他の果物や植物、動物や、ものによっては鉱物などの無機物の香りがしたりします。その幅は無限大で、しかも常に変化し続けています。その一瞬を切り取って記憶に留めるのがテイスティングだと思います。その点では写真を撮る感覚に近いかも知れません。その風味はもうそこには無いけれど、記憶には留まる、そんな感じですので、誰に聞いてもらうわけでも無いですが、僕は常に飲んだワインについてはメモを取って残すようにしています。それは言葉にしないと香りや味わいの記憶はすぐに消えていってしまうからですし、言葉にして初めて他者とその感覚を共有する楽しみが生まれるからです。ワインの香りの表現については、これからの連載の中で詳しくお伝えしたいと思っています。

味わう

写真上)ワインのある食卓
外観と香りからはとても多くの事がわかります。あるトップソムリエは、外観と香りで80%くらいワインの味わいは想像出来て、ほぼブレないと言っていました。そのレベルに達すると、口に入れて舌で味わうという作業は、喜びと言うよりも想像している味と相違があるかどうかの確認の場となります。とは言え、見て、香りを取るだけで飲まないと言うのは寂しすぎますし、やっぱり口に入れないとわからない事も沢山あります(例えば口に入れて初めてわかる香りとか)。
ここでお伝えしたい事は、ワインの場合いきなりグビっと飲んで、喉越しで味わうと言った飲み方よりも、じっくり見て、香りを取って、そこから口に運ぶという一連の流れによって、より楽しみが広がるのではないかと言うポイントです。口に入れて味わうところがワインを飲む喜びの大きな部分を占めるのは間違いないと思います。
今回のテイスティングの話とは直接の関係はありませんが、良く聞かれる質問があってここでご紹介しておきたいと思います。それは「ワインと料理を合わせる時、どちらを先に口に入れますか?」と言うものです。一般的には「料理を先に食べて、飲み込んでから、その風味が口の中に残っている状態でワインを飲む」と言う順番になります。これは食事は料理が主で、ワインを食事の喜びを膨らませる従の役目であるという(ある意味伝統的な)考え方から来ています。なのでワインを主と考える方であればワインを先に飲むのも自由だと僕は思います。ただ、食べ物が口の中にある状態でワインを口に入れる事は基本は無しなのかなと思っています。日本人はおかずが口の中にある状態に、さらにごはんを追加して食べる事が普通ですが、これは「口内調味」と呼ばれる東アジア独特の文化です。ワイン文化を育てた西洋では口の中にものがある状態で口を開ける事は無作法だとされていますので、個人的にはそこに敬意を払いたいと思っています。日本人的には料理+ワインの口内調味は凄く美味しいものなのかも知れないのですが。
次回は少し別のテーマについてお話して、それ以降に「見る」「香りを取る」「味わう」というそれぞれの細かいところについてお話していきたいと思います。

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