- 実験編「豆知識」
第二アロマを生む特殊な醸造法とその目的(2)
2026年08月
(写真)樽の中の澱をかき混ぜているところ
今回は、特殊な醸造法によってワインに発生する第二アロマの後半です。
<代表的な特殊な醸造技術>
●シュール・リー
●フロール(産膜酵母)
●自然酵母
今回はこの3つをピックアップします!
シュール・リー
<シュール・リー>
シュール・リーは白ワインに採用される醸造技術です。シュール(Sur)はフランス語で「~の上」を意味する前置詞で、リー(Lie)は同じくフランス語でワインの「澱(おり)」を意味します。直訳すると「澱の上」という事で、底に沈む澱と一緒に一定期間ワインを保管する事をシュール・リーと呼んでいます。
通常の白ワインの醸造工程では、ぶどうをプレスして果汁にした後(細かい果皮や果肉のくずなどが沈殿する)、アルコール発酵が終わった後(発酵を終えた酵母の死骸などが沈殿する)など、液体の底にまとめて沈殿物が発生する時には、沈殿した固形物と液体部分を分離して、液体部分のみをその後の醸造工程で使用して行きます。特にアルコール発酵終了初期に沈殿する「大きな澱(Gross Lees)」はぶどうの果肉、果皮や種子の細かい破片や酵母の死骸が混ざったものです。大きな澱にはワインの酸化や腐敗を促す微生物や硫黄が多く含まれているため、これと一緒にワインを保管すると、不快な香りを持ったワインになってしまう危険性が高くなります。一方で、もっと後から沈殿してくる澱は「細かい澱(Fine Lees)」と呼ばれ、その殆どがアルコール発酵の役目を終えた酵母の死骸から形成されています。この細かい澱と一緒に一定期間(ワインのスタイルによって異なる)保管する事を一般的に「シュール・リー」と呼んでいます。
つまりシュール・リー製法によってワインに与えられる香りは、この細かい澱=酵母の死骸由来という事になります。死んだ酵母は澱となって発酵・貯蔵容器の底に沈殿しますが、時間と共に細胞壁が自然に壊れ、中に含まれる成分がワイン中に溶け込んでいく事になります(酵母の自己分解作用=オートリシス[Autolysis])。ワインのアルコール発酵につかわれる酵母は基本的にサッカロミセス種の酵母です。この酵母は実はパンを発酵させる酵母と同じ種類。つまり酵母の成分がワイン中に溶け込む事で、ワインにパンを思わせるアロマが発生する事になります。分解のレベルによって、焼く前のパン生地、食パンの白いところ、焼き菓子、カリカリに焼いたトーストなどの異なった(しかし基本の部分は共通した)香りが出てきます。シュール・リーによって生まれる第二アロマは、このようなパン生地系の香りと考えて良いでしょう。
シュール・リー製法を行うワインとして有名なのは、ミュスカデ、ブルゴーニュのシャルドネ、シャンパンを代表とする伝統的製法のスパークリングワインです。それぞれ製法や熟成期間が異なるために、出て来るアロマのタイプは少し異なります(ミュスカデ=食パン、ブルゴーニュ=焼き菓子~トースト、樽の風味と混じる、シャンパン=熟成期間でパン生地~トーストまで)が、共通のパン生地系の香りがあります。日本の甲州でもこの製法を採用するワインは多く、ミュスカデと似たアロマを持つ事があります。
澱の香りはワインの風味を複雑にしてくれますが、ぶどうが本来持つ花や果実を連想させる香りを覆い隠してしまう傾向もあるため、アロマが豊富なぶどう品種にはあまりシュール・リー製法は採用されません。
フロール(産膜酵母)
<フロール(産膜酵母)>
フロールはかなり限られたワインでのみ採用されている醸造方法です。フロールを意図的に使ってワイン醸造を行っているワインの産地で最も良く知られているのがスペイン南部の酒精強化ワイン産地シェリーです。このエリアでつくられるフィノとマンサニーリャと呼ばれるタイプのシェリーには、フロールによって与えられる風味が不可欠です。他にはフランスの山間部ジュラ地方でつくられるヴァン・ジョーヌ(黄色いワイン)や、イタリアのサルデーニャ島でごくわずかに生産されている伝統的なワイン、ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノもフロールの風味を味わうお酒です。
フロールはある一定の環境の元で生育し、ワインの上部に浮き上がって膜の様に酵母の層をつくります。フロールは酸素を消費し、その生育には酸素が必要となるため通常行われている満量貯酒(補酒を行って常に貯蔵容器を満量にして酸化を防ぐ)が保たれている状況では生育しません。ですので、フロールの風味を持たせたいワインはわざと樽の上部にスペースを設けてその発達を促します。フロールは酸素以外にグリセロール(ワインの甘さやボディ感につながる)も消費するので、フロールの影響下にあるワインは通常の辛口ワインよりもドライに感じるのが特徴です。
そして今回のテーマであるフロールによって与えられる香りという点では、フロールが生成するアセトアルデヒドという成分がポイントになります。その特徴として青りんご、カモミールの花、生アーモンド、シュール・リーにも通じる生のパン生地などが挙げられます。フロール由来の香りはとても特徴的なので、2~3回経験すると嫌でも覚えると思います。私もフィノシェリーやヴァン・ジョーヌを初めて飲んだ時は、何が良いのか全く理解出来なかったのですが、経験を重ねる中でその独特の風味の良さがわかって来ました。是非知っておいて頂きたい香りタイプの一つです。
自然酵母
<自然酵母>
ワインのアルコール発酵に使われる酵母には自然酵母と培養酵母があります。元々、酵母はぶどうの果皮に自然に付着しているので、収穫してきたぶどうをそのまま潰せば、果皮由来の酵母から自然とアルコール発酵がスタートしてワインとなります。酵母の純粋培養法が発見されるまで、世界中のワインは自然酵母でつくられていたはずです。培養酵母も元々は自然酵母が発祥です。その中で、アルコール発酵能力が高かったり、低温や高温に強かったり、ある特有のアロマを引き出す力が強かったりといった、人間がワインをつくる際に有用と思える特性を持った酵母を選抜していったものが現在は培養酵母として販売されています。つまり培養酵母は発酵のエリート。果汁に投入されるとすぐに、かつ順調にアルコール発酵を進め、クリーンかつ求めている風味もきちんと持ったワインが確実に出来上がります。安定したワインをある程度の規模感で生産しようとすると、培養酵母の方に軍配が上がるでしょう。
それに対して、自然酵母はその土地にいる幾つかの酵母のグループである事が多いようです(ぶどう由来もしくは、ワイナリー由来)。サッカロミセスだけと言うわけでも無さそうです。もちろんアルコール発酵を行う力はありますが、選抜されたエリート酵母ほどの効率を持って行うわけではないので、比較するとゆっくりとアルコール発酵が進みます。最終的にはアルコールが上昇していく過程でサッカロミセスが残ってアルコール発酵を完遂するわけですが、初期に存在する色々な種類の酵母が活動する事で培養酵母では出ない、複雑なアロマを持ったワインになる可能性があるのが自然酵母の魅力です(ただし発酵がうまく進まない場合には微生物汚染による欠陥臭が出るリスクも培養酵母よりも大きい)。働く酵母が生産者や産地ごとに異なるので、「自然酵母由来の香りがこれ」と断定する事は難しいですが、培養酵母の方が果実が鮮やかに表現され、自然酵母は果実以外の要素も色々とあって複雑になる傾向があります。