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テイスティングの才能と個人差

2025年06月

(写真)調香師

色々な方とワインの愉しみ方をお話する中で、しばしば耳にする言葉があります。「ワインの味がわからなくて」とか「鼻が良くないので」と言った自らの味覚に対する自信の無さです。どうも、ワインについては美味しく飲むためには素晴らしい嗅覚や味覚が必要と思われている様です。それは、もしかしたらワインが日本人にとって新しい飲み物であるという事が影響しているかも知れません。しかし、ワインの輸入が自由化されたのは1970年、今ワインを飲まれている方の殆どは、お酒を飲み始めた時に普通にワインがあったと思われます。

僕は1997年にサントリーに入社してワインと出会い、その奥深さに魅了されて四半世紀以上に亘ってワインを飲み続けて来ました。また、その間に多くのワインラバーとワインを飲む事について話をして来ましたし、素晴らしいテイスティング能力持つテイスターにも沢山会って来ました。そこから出た結論は、「テイスティングは才能ではない。」と言う事です。誰でも自分が「あの人はワインに詳しいな。ワインの味が良くわかるな。」と思っている人の様になる事が出来ます。足りないのは飲んだ数、つまり経験値だけです。経験値が少ないから、自分の感覚が出来上がっていなくて、飲んだ時の感覚と脳の感じ方がリンクしていないだけなのです。お米の味わいの違いは意識していなくても感じる方が多いと思いますが、それは圧倒的な経験値の蓄積で自分の物差しが自然と出来ているからです。つまり、ワインでも感覚と脳をリンクさせ物差しが出来れば、味がわからないという事は無くなると言う事です!

もちろん、何か他の事を考えながら食べたり、飲んだりしたら、どれだけ経験値の高い人でも味はわからないと思うので、集中して飲むという事は大切だと思います。

目次
  1. 味わう才能
  2. 感覚の個人差
  3. 経験値の効率的な稼ぎ方

味わう才能

上)ずらりと並ぶワインたち
世の中には物凄く鼻が良い方がいます。例えば調香を生業とする方の中には数千もの香りを嗅ぎ分ける事が出来る人も居るそうです。私の知り合いにも、ワインを一緒に飲んでいた時に、部屋の隅で抜栓したワインの香りを離れた席から一瞬で捉えて言い当てる人が居て、その驚異的な嗅覚にビックリした事があります。そこに到達するまでには相応の努力があった事は間違いないと思いますが、流石にここまで来ると、経験や訓練だけではどうにもならない才能が関係してくるところでしょう。では、そんな素晴らしい嗅覚を持った方であれば誰でもすぐにワインの味がわかるのかと言うと、そんな事はありません。やはりどれだけ感覚が優れた方でも、ある程度の経験をして味わいの幅を知らないと本当の意味では味わえないと思います。
また、前回お話させて頂いた様に、味わうと言う作業は視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚をフル稼働させて感じる作業です。何か一つだけの感覚が極端に研ぎ澄まされすぎていると、かえってバランスを崩すという事もあるかも知れません。さらに味わいには記憶も大きく影響して来ますので、脳と感覚の関係性を自分の中で構築する(自分なりの味わいの物差しをつくる)と言う事が、持って生まれた才能以上に「味わう」という事にとっては大切なように思います。そして、物差しをつくるのは経験値です。他の事でもそういう事はあると思いますが、数をこなすというのは物事を出来るようになるための本当に大事な事ですね!

感覚の個人差

写真上)山梨県から見た富士山と静岡県から見た富士山
もう一つ、現実的な感覚の個人差があります。人間は香りを沢山のアロマ化合物の粒子の集合体として捉えています。例えば1本のワインには1000を超える香りの化合物が含まれていると言われていますが、その化合物一つ一つの感受性の強さに大きな個人差がある事がわかってきています。有名な例を挙げると、β-イオノンと言われるある種の花に含まれる香りの化合物は25~50%の人が認識出来ない可能性があると言われています(全員調べる事は不可能なのでわりと幅のある可能性になっていますが)。そして、この感受性は遺伝子によるものであるため、努力や経験ではいかんともし難いという事もわかっています。何でも、香りの化合物にはそれぞれ形があり、それが鼻の粘膜にある凹型の受容体に鍵のようにはまって脳に信号を送るというのが香りを感じる仕組みのようなのですが、その受容体の形や大きさに個人差があるため、そんな事が起こるとの事です。つまり、同じワインの香りを嗅いだとしても、個人個人が感じる香りは全て異なっているという事になります。例えると、同じ富士山を見ているけど一人は静岡県側から、もう一人は山梨県側から、もう一人は東京都から、みたいな感じでしょうか。同じ山だと言う事は知識からわかるけど、実際に見ているものは大きさも形も大分異なるものです。嗅覚だけでなく、味覚、触覚にも同様の個人差があるでしょう。
という事は同じものを同時に味わったとしても、誰一人自分と同じ味を感じていないという事です。つまり、他の人の感覚はこと味わうという事については全くあてにならない。自分の感じる美味しさは自分だけのものなんですね。なので味について考えるという事は、とても個人的で大切な作業のように思います。

経験値の効率的な稼ぎ方

味わいの違いを知る方法としてとても良いのが、同じタイミングで2種類以上のワインを飲み比べる事です。同時に飲むと、その違いは明らかです。それに対して、味わいの記憶と言うのは非常に曖昧なものなので、ある程度の経験値が蓄えられるまでは、その場で比較した方が絶対に良くわかります。ワインは開栓したらその日に飲まないといけないと思っている方も多いですが、再栓して冷蔵庫で保管すれば味は少しずつ変化しますが翌日ダメになる事はまず無いはずです。むしろその味わいの変化を体験するのも経験値かと思います。2本同時開栓を恐れずにやってみて下さい(飲みすぎにはご注意を)。その際は、同じ形のグラスで飲んだ方が良い(グラスで香りが味わいの感じられ方が異なる)ので、同じ形のグラスを最初に2脚用意した方が良いかもしれません。温度でも味わいが変わるので、ちょっとずつ温度を変えながら飲むのも面白いものです。
あとは、ぶどう品種の特徴や、ワイン産地の気候などのちょっとしたワインの知識。これがあると、記憶と味わいのリンクがスムースになると思います。今は飲みながらスマートフォンで簡単に情報を検索出来るので、とても便利ですね。

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