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  • ワインの産地編

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産地をつくった"人の力"

2021年06月

ワインが好きでなくてもボルドーという言葉を知らない方は殆どいらっしゃらないと思います。素晴らしい辛口の白ワインや最高峰の甘口貴腐ワインの産地でもありますが、何と言っても有名なのは強さと上品さを併せ持った長熟タイプの赤ワイン。
中でもボルドーの赤ワインと言ってまずイメージされるのは、ボルドー市の北西に広がる「メドック地区」の事が多いです。この地区には、全ボルドーの中でも特に有名な生産者(ボルドーではシャトーと呼ぶ事が多い)たちが集中し、常に世界最高レベルの赤ワインを産み出し続けています。
しかしメドック地区は、ローマ時代からのワイン産地としての歴史を誇るボルドー地方の中では比較的新しい産地。元々はボルドー市に近いグラーヴ地区や、街道の宿場町として昔から栄えたサンテミリオン地区などの方が有名でした。そこからメドック地区がボルドーを代表する産地になるまでには、多くの人の力がありました。
もちろん、ワインという飲みものは人の手だけではなくて、ぶどうを育む土や、気候、そしてぶどう品種が絡み合って生まれるものです。でも、メドックという産地を考える時、何故かその中の「人の力」の部分が強く想起されます。そもそもの産地の誕生の経緯から、メドックを不動の銘醸地に位置付けた1855年の格付け、常に世界の先端を行く設備・技術・研究、複数品種のブレンドというスタイル(これはボルドー全体にも言える事ですが)まで、今月はボルドー地方メドック地区の人の力を見て行きたいと思います。

目次
  1. 【メドックのワイン産地】
  2. 【ぶどう品種】
  3. 【ワインのスタイル】
  4. 【代表的な1本のおすすめ料理】
  5. 【代表的な1本】

【メドックのワイン産地】

ジロンド川(一部ガロンヌ川)の左岸。ボルドー地方の中で最も海に近いエリアで、元々はジロンド川の河口付近に広がる広大な湿地でした。そこを干拓してぶどう栽培が出来る農地にしたのは、当時ボルドーのワインを買いに来ていたオランダ人の技術で、17世紀ごろの事です。そして、そこに大きな別荘を建て、その周囲にぶどうを植えてワインをつくり始めたのが、ボルドー市の貴族や大商人たちです。これが現在のシャトーの元になっています。メドックは土地自体がまず、人の力でうまれた産地なんですね。
メドック地区では、川の近くが気温的にぶどうが熟しやすく、雹や霜の害も少ないうえに、ガロンヌ川が運んだ砂利が多く堆積する、暖まりやすく水はけが良い土壌になります。こういった土地はカベルネ・ソーヴィニヨンに絶好の条件となります。逆に内陸に入るほど涼しく、粘土質が増えてメルロの比率が高くなります。後述しますがメドックのワインの味わいの骨格をつくるぶどうはカベルネ・ソーヴィニヨンであるため、一般的に川の近くが良い条件の畑とされています。元々が湿地で雨が多いメドックでは、川に近い畑でも水はけを良くするために暗渠排水などを入れている事がしばしばあります。
メドックの中でも良いとされる上流部で砂利の比率が高いエリアはオー・メドックを名乗ります。その中でも川側に位置する条件に恵まれたエリアでは一つ格上の原産地呼称である6つの村名ワインが生産されます。特に有名な村はサン・テステーフ、ポーイヤック、サン・ジュリアン、マルゴーの4つです。


【メドックの代表的な村名ワインの特徴】
 サン・テステーフ…無骨で逞しい味わい。
 ポーイヤック…力強く引き締まった味わい。
 サン・ジュリアン…しなやかで緻密な味わい。
 マルゴー…華やかで優美な味わい。


【メドックの生産者の格付け】
メドック地区には1855年のパリ万博に際してナポレオン3世の命令でつくられた有名な生産者の格付けがあります。メドック地区に3,000軒ほどあるシャトーの中から格付けされたのはわずか60軒。多くの物語を生んだこの格付けが、メドック地区のワインの世界的な名声に与えたものはとても大きいと思います。
最高級ワインとしての歴史的なライバルであるブルゴーニュが「畑」を格付け(=土地と気候にフォーカス)しているのに対して、メドックを始めとするボルドーでは「生産者」を格付け(=人にフォーカス)しています。実際のところは、メドックの格付け生産者の殆どが先に述べた4つの代表的な村に位置し、その中でも条件の良い場所に畑を持っている事を考えれば、彼らが土地を軽視している訳ではありません。しかし、スポットライトが当たるのは「人」というところが実にメドックらしいのではないでしょうか。

【ぶどう品種】

メドック地区の主要品種はカベルネ・ソーヴィニヨン(左)とメルロ(右)です。他に補助品種としてカベルネ・フランとプティ・ヴェルド、マルベック、カルメネールが少しずつ栽培されています。以下、それぞれの品種の特徴です(マルベックとカルメネールはごく僅かしか栽培されていないので割愛します)。
[カベルネ・ソーヴィニヨン]
小粒で果皮が厚く、種子も大きいため、色濃く、タンニン強く、長期熟成のポテンシャルを持った強いワインをうむぶどうです。酸も強く、引き締まった硬質な味わいで、カシスなどの黒い果実や、杉の木やミントなどの清涼感のある植物を連想させる独特の香りを持ちます。メドックのワインの味わいの骨格となるぶどう品種で、この地区の最上のワインはこの品種が主体となります。晩熟型で、あたたまりやすく水分の少ない砂利質の土壌を好むため、特に川に近い砂利の多い畑の主力品種になっています。つまり、最上のワインをつくる生産者は多くの場合、川の近くに畑を所有しています。
[メルロ]
カベルネ・ソーヴィニヨンよりも大粒で房も大きめ。豊かでタップリとした果実味と、まろやかで口当たりの良いワインになります。酸もタンニンも穏やかで、甘い果実やスパイスを連想させる香りを持つ親しみやすい品種です。早熟型で水分を好むため、メドック地区では涼しい内陸部の砂利の少ない畑や、下流の粘土が多く堆積するエリアで多く栽培されています。収量が安定している事もあり、カベルネ・ソーヴィニヨンで知られるメドックですが、実はメルロが一番広く栽培されているぶどうです。
[カベルネ・フラン]
カベルネ・ソーヴィニヨンとメルロの親品種です(片親は違いますが)。香り高く、軽やかで、心地よい酸味を持ったワインになります。
[プティ・ヴェルド]
プティの名前の通り、小粒で小さな房のぶどうです。見た目の頼りなさとは裏腹に、力強い果実味と強いスパイシーさを持つ、とても個性的な味わいのワインになります。味わいのアクセントに僅かな量をブレンドする事が殆どです。

【ワインのスタイル】

メドックではカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロを主体にその他の品種をブレンドします。ブレンドする理由は主に二つ。一つはこの地区の気象条件です。海に近い海洋性気候で、特に秋に雨が降るのが特徴。収穫期に雨が降るとぶどうの品質に悪影響を与えるので、熟期の異なる複数のぶどうを植える事で雨のリスクを分散しています。もう一つは味わいのバランス。特徴の異なる品種のぶどうを絶妙にブレンドする事で、ヴィンテージ毎の気候差が大きい、この土地から生まれるワインの味わいに安定感を与えています。良い生産者は、気候が厳しかった年でも安定して美味しいワインを生産しますが、これにはブレンドという人の手の力が大きく影響しています。味わいの面では、タンニンと酸が厳しく硬い味わいで、長期熟成能力は持つけど、ややとっつきづらいカベルネ・ソーヴィニヨンの骨格を、まろやかで親しみやすいメルロで滑らかにするというのがメドックのブレンドの基本だと思います。そこにプティ・ヴェルドでパンチを加えたり、カベルネ・フランで華やかさを添えたりといった、生産者ごとの個性が加わる感じでしょう。

またメドックでは、高級ワインをつくってるからこそ、絶え間ない最新の設備や技術への投資が行われています。この10数年でも、光学式の高価な選果機、オクソラインシステム、トロンコニック型のステンレスタンク、卵型コンクリートタンク、ぶどう畑の区画サイズに合わせた発酵槽の導入など、訪れる度にどこかのシャトーが何か新しいものを導入していました。近年では、雨が多く病気が発生しやすいため他の産地と比較すると進んでいるとは言えなかった、オーガニックやサステナブルのぶどう栽培が増加しています。

ボルドー大学の醸造学部を中心としたバックアップの研究設備の充実も素晴らしく、古くはベト病というぶどうの病気への特効薬であるボルドー液の開発に始まり、ぶどうとワイン全般についての幅広い研究が進められています。設備、技術で常に世界のトップを走っている産地と言えると思います。

【代表的な1本のおすすめ料理】

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▶ラムチョップ ハーブグリル(写真:中本 浩平)

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▶タンシチュー(写真:中本 浩平)

 

メドックの赤ワインの特長は、しっかりとした酸とタンニンの骨格と、どこか涼やかな上品さ。グランクリュクラスのものとなると、そこに豊かな果実味や、しなやかさ、緻密さ、複雑さが加わります。お値段もそれなりにする高級ワインになって来ますので、合わせるお料理にもこだわりたいところです。

定番は羊か牛。ワイン側の上品さに合わせるように、羊であれば香りが強すぎず、キメ細かな質感が特長のラム、牛であればあまり脂が多すぎない部位が良いと思います。ここでご紹介しているメニューの様に、ハーブやセロリを使う事で涼しい風味を与えてあげると、カベルネ・ソーヴィニヨンが持つ涼やかな風味との相性がさらに良くなります。

【代表的な1本】

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シャトー ラグランジュ 2016

1984年からサントリーが経営を受け継いだ、メドック地区サン・ジュリアン村にある格付け3級シャトー。前所有者の経済的困窮により荒れ果てていたラグランジュに、サントリーが多額の投資を行い再生させました。2016年はシャトー取得から30年超が経過し、1984年当時に植えたぶどうの木たちが本領を完全に発揮した上に、周囲のシャトーよりもかなり収穫を遅らせて完熟させたぶどうから生産されました。ラグランジュにとっての一つのマイルストーンとなったヴィンテージだと思います。このワインにも投資、復興、再生、忍耐、決断などの人の力が大きく表現されているように感じられます。

メドックのグランクリュのワインづくりをもっと詳しく知りたい方はこちら●もご覧下さい。

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