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酸化と熟成(ポルトガル・マデイラ島)

2022年04月

(写真)日光の入る貯蔵庫で長期間酸化熟成されるマデイラの樽
「酸化」と言う言葉を聞いて、ポジティブなイメージを持つ方はあまり多くないかもしれません。ワインに限らず、酸化という言葉には劣化という言葉に近い印象がある様に思います。ワインにおいての酸化とは、特に香りにフレッシュな果実や花を思わせる風味(第一アロマ)が減って行き、逆に土や動物などを連想させる風味(第三アロマ=ブーケ)が増えて行く形で現われます。それに伴って、味わいにもイキイキとしたフレッシュさが減り、まろやかな落ち着きが現れて来ます。酸化が極端に進むと、果実の風味が殆ど感じられなくなってしまう様な事も起こります。確かに果実味の劣化と表現する事も出来る感じですね。
とは言え、酸化によって現れる変化は、一般的にワインの熟成と言われる現象とも共通しています。熟成とはワイナリー内の熟成容器や瓶の中で、ゆっくりと酸化していく過程だと説明する事も出来るかと思います。ただし、酸化が急激に進むのはワインが本来持っている果実味の消失に繋がるので、多くの場合、ワイナリー内では極力酸化を抑えるような醸造体制が取られているのが現在のワインづくりだと言えるかと思います。
そんな中で、世界のワイン産地の中には、樽から蒸発したワインの補酒をしない(樽の中に空間が出来るので酸素と触れる)、屋外にワインの入った容器を放置する、高温になる小屋の中にワイン容器を保管するなどの方法で、意図的に酸化を進めるワインたちが少数派ながら存在します。果実味は確かに失われるけど、それ以上に酸化(=酸化熟成)によって生まれる風味をたのしむために生産されるこれらのワインたち。今回はその中でも、あえて温めて熟成させるという特殊な方法で生まれる、マデイラワインを取り上げたいと思います。

目次
  1. 【マデイラ島】
  2. 【マデイラ島のぶどう品種】
  3. 【マデイラのつくり方】
  4. 【マデイラにおすすめの食べ物】
  5. 【代表的な1本】

【マデイラ島】

マデイラワインはマデイラ島で生産される酒精強化ワインです。酒精強化ワインはワインの発酵前もしくは発酵中に高いアルコール度数の蒸留酒(多くの場合はブランデー)を加える事でアルコール度数を上げ(15~20%強まで)、安定度や保存性を高めたワインの事です。現在の消費量は多くは無いため、読者の方でも酒精強化ワインを日常的に飲用されている方は殆どいらっしゃらないかと思いますが、独特のコクや風味を持ったなかなか奥深いワインたちだなと思います。

マデイラ島はポルトガルが領有する島で、首都リスボンから南西に約1,000km。大西洋に浮かぶ絶海の孤島です。距離だけで見るなら、アフリカ大陸のモロッコの方が近いくらいですね。緯度は北緯33度と日本で言うと長崎くらいの場所。年間平均気温が20℃前後と「常春の島」と呼ばれる温暖な気候を持ちます。海底火山の噴火によって出来た火山島で、島全体が一つの山の様になっており、標高の高いところでは雪も降るそうです。そんなマデイラ島でワインが生産される様になったのは、入植がはじまって間もない1450年頃、アメリカ大陸への航路の途中にあたるため、大航海時代に大西洋の貴重な補給基地として栄えました。そんなマデイラのワインに特徴的な風味が発見されたのは、この航海中の飲料として船に積載された事から。赤道を通過する際に気温の上昇によって、多くのワインが劣化してしまう中で、マデイラ島産のワインのみが独特のコクが出て逆に美味しくなったと言われています。現在のマデイラは敢えてワインを温めて酸化させるという製法が必須ですが、それはこの航海中の現象を人工的に再現しているんですね。酒精強化はその後18世紀に、政治情勢から一時ワインが販売出来なくなる時期があり、小さな島ではワインを保管する場所が限られるので、一部のワインを蒸留して量を減らし、残りのワインに加える事で保存性を高めたという偶然から始まったとされています。結果としてその方が美味しかったようで、現在のマデイラは酒精強化が義務付けられています(スティルワインを生産した場合はテラス・マデイレンセスという別名で販売されます)。

【マデイラ島のぶどう品種】

(左)ティンタ・ネグラ (右)斜面にへばりつくようなマデイラ島のぶどう畑

マデイラの特徴は、使用するぶどう品種の特徴によって味わいが変化する事です。品種特性に合わせた甘辛度でワインになります。甘辛度は酒精強化するタイミングで決まります(甘口は醗酵初期に酒精強化、辛口は醗酵後期に酒精強化)。主に以下の5品種がマデイラワインに使用されています。ラベルに品種名が表記されるマデイラは長期熟成型の高級品です。

・セルシャル(白ぶどう)…爽やかな酸味を持つぶどう。辛口につくられる。

・ヴェルデーリョ(白ぶどう)…やわらかな果実の膨らみを持つぶどう。中辛口につくられる。

・ボアル(白ぶどう)…芳醇な厚みを持つぶどう。中甘口につくられる。

・マルヴァジア(白ぶどう)…濃縮感のあるリッチな味わいのぶどう。甘口につくられる。

・ティンタ・ネグラ(黒ぶどう)…フィロキセラ後に植え付けが始まったが、現在は全体の8割を占める主要品種。主な用途は3年熟成タイプのスタンダード品の原料だが、近年はこのぶどうの品質への見直しが行われており、品種名入りの長期熟成品も生まれている。黒ぶどうらしいまろやかさとコクのある味わい。

その他に過去には生産されていた品種としてテランテス(白ぶどう)とバスタルト(黒ぶどう)がありますが、現在では幻と言われる程、殆ど見かける事はありません。

【マデイラのつくり方】

左)カンテイロで日光を当てつつ、長期間の酸化熟成
右)エストゥファで加熱熟成したマデイラを安定させるためのクーバという大樽

マデイラの製法は、まずは果汁を搾り、発酵が始まった後にワインが求める甘さレベルに達した時点で、アルコール度数96%のグレープスピリッツを加えて発酵を停止させます。その後、マデイラならではの製法である「温めて熟成」させるわけですが、この「温める」方法が二つあります。一つは「カンテイロ」と呼ばれる、温度管理せず光の入る倉庫に長い年月貯蔵する事で、昼間の温度上昇と夜間の温度低下を繰り返しながら、ゆっくりと加熱酸化熟成していく方法です。これは大航海時代の船倉でゆっくりと酸化熟成していく元々の過程を、島の上で再現したものです。何年もかけて熟成していくので、上品で一体感のある酸化熟成風味を持つワインになるため、高級品にはこの方法が取られます。もう一つの方法は「エストゥファ」と呼ばれ、ワインが入ったタンクの中にパイプが設置されており、その中にお湯を通す事でワインを温める方法です。最高で50℃くらいまで液温を上げて、約3ヶ月間継続加熱します。カンテイロの数年(長いと何十年も)の熟成に対して、こちらは3ヶ月ですから出来るスピードが全く異なります。という事で、こちらは3年熟成(マデイラの法定最低熟成期間)のスタンダード品に採用される方法です。3ヶ月加熱したあと、マデイラはクーバと呼ばれる大樽に移されて最低3年間熟成され、出荷されます。マデイラではないですが、世界にはボンボンと呼ばれる大きなガラス瓶にワイン(この場合も酒精強化ワイン)を入れて、野ざらしに放置してわざと酸化熟成させる方法などもあったりします。皆様も一度お試しいただくと、実は意外に気に入って頂ける味かも知れないですね。

【マデイラにおすすめの食べ物】

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スイーツやナッツ類

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チーズやハムなどのシャルキュトリ

マデイラにはドライ(とは言え残糖はそこそこあります)なものからリッチな甘口まで幅広いタイプが存在しています。最も広く使われる用途は、西欧のお肉料理などに合わせるソース、煮込み料理のコク出しと言った調理用(3年ものの多くがこの用途、飲んでも美味しいですが)。しかし、品種名や熟成年数を表記した高級レンジのマデイラは、調理用ではなく、飲む事を想定して生産されています。長期間加熱しながらの酸化熟成によって醸し出される、ドライフルーツや多彩なスパイス、カラメル、クルミなどを連想させる複雑でコクのある風味、残糖とバランスを取る驚く程にシャープな酸味(強靭な酸味がマデイラの持ち味です)、長い余韻は酒精強化ならではの魅力。

甘口タイプの場合、デザートやドライフルーツと合わせる事で本領を発揮します。特に加熱しての酸化熟成からはカラメルやチョコレート、ナットを連想させる香りが生まれるので、例えばクルミや松の実入りのブラウニーやキャラメルナッツタルト等の、チョコレート風味やナッツ風味を持ったデザートとの相性は完璧です。干し杏やサンザシのペースト、上質なデーツなどのドライフルーツともかなり良いペアリングとなります。甘さが抑えられたタイプにオススメなのがチーズ。マデイラの風味がしっかり強いので、少しクセのあるブルーチーズやウォッシュチーズ、熟成の進んだものなどと合わせて頂くと本領を発揮します。塩分しっかりめの豚肉加工品(シャルキュトリ)もオススメです。

【代表的な1本】

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イーストインディア マデイラ 10年(ジュスティーノズ)

ティンタ・ネグラ100%からつくられるマデイラをカンテイロで10年間熟成しています。デーツやレーズン、干し杏、干しいちじくなどのドライフルーツを連想させる香りに、チョコレートやクルミ、ヘイゼルナッツなどのナッツのタッチ。深くコクのあるカラメル感が特長です。コクのある甘さがありますが、マデイラらしいピンと伸びた鋭い酸が全体の印象を軽やかにしています。

マデイラは製造の過程でかなりしっかりと酸化熟成をさせているため、抜栓後の変化が他のワインと比較すると極端に少ないのが特徴です。開栓後1ヶ月程度は、殆ど変化を感じる事なくお飲み頂けます。

 

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