はじめに アカモズという鳥を 知っていますか?
夏鳥として日本に渡来し繁殖するこの種は、現在、日本でもっとも絶滅のおそれが高い鳥のひとつです。
その個体数は、全国でなんと推定200羽以下(※1)。 北海道と長野県にしか繁殖地が確認されておらず、このまま何も対策をとらなければ、2030年頃に国内繁殖個体群が消失する(※2)可能性が予測されるほどの深刻な状況です。
そこで豊橋総合動植物公園(愛称:のんほいパーク)、人間環境大学、長野アカモズ保全研究グループ、環境省信越自然環境事務所、長野県、地元自治体など、多くの関係団体が協力して、アカモズの保全活動を実施しています。
「サントリー世界愛鳥基金」では、2024年度からアカモズの生息域外保全を担当する豊橋総合動植物公園に助成を行ってきました。そして、その成果が今、着実に現れつつあります。
今回、私たちは、いよいよ野生復帰に向けた放鳥の最終段階を迎えたアカモズ保全の現場を視察しました。
※1 環境省第5次レッドリスト(2025)
※2 Kitazawa et al.(2022). Drastic decline in the endemic brown shrike subspecies Lanius cristatus superciliosus in Japan
生息域外保全を進める 豊橋総合動植物公園へ
豊橋総合動植物公園の東門。
2026年6月中旬、私たちは愛知県豊橋市にある豊橋総合動植物公園を訪ねました。
豊橋総合動植物公園は、「和鳥の豊橋」と呼ばれるほど、日本に生息する鳥、いわゆる「和鳥」の飼育に力を入れてきた動物園です。和鳥の飼育は難しく、繁殖にはさらに高度な技術が求められます。同園では1980年から和鳥の飼育に取り組み、まさに職人技ともいえる技術が受け継がれてきました。その成果として、これまで20種近い和鳥の繁殖に成功しているそうです。
アカモズのように急激に数を減らし、その減少要因がいまだ明らかになっていない状況では、生息域内での保全活動だけでは絶滅を防げないおそれがあります。そのため、緊急的な対策として、動物園などの保護施設で一時的に飼育・繁殖し、将来は野生へ戻す取り組みも行われています。このように、生息地ではない場所で生物を保護・育成することを「生息域外保全」、または「域外保全」といいます。 その重要な役割を担っているのが、豊橋総合動植物公園です。同園では、和鳥繁殖で培った高い技術を活かし、2023年度からアカモズの域外保全に取り組んでいます。そして、「サントリー世界愛鳥基金」では、2024年度からこの活動に対する助成を行ってきました。
アカモズが展示されている野鳥園。
野鳥園ではアカモズをはじめ、25種の日本の野鳥が展示され、ガラス越しに観察することができます。
展示されているアカモズ。ここでは、まるでバードウォッチングをしているかのように観察することができます。
危機的な状況のアカモズ
視察では、最初に豊橋総合動植物公園の木谷良平さんからアカモズの取り組みについて説明を受けました。
アカモズは全長20cmのモズのなかまで、春になると南アジアや東南アジアの越冬地からユーラシア東部に渡来して繁殖し、秋には再び越冬地へ戻る夏鳥だそうです。 東アジアに広く分布していますが、日本で繁殖するのはそのうちの一亜種で(以下、この亜種のことをアカモズと記載します)、繁殖地は北海道と長野県のみとなっています。
また、アカモズは、かつては日本各地でごく普通に見られる鳥だったそうです。しかし、1970年代以降になると急激に減少し、過去100年間でかつて生息していた地域の約9割から姿を消したと考えられているといいます。 2022年時点で、国内の推定個体数は200羽以下。2021年に環境省の「国内希少野生動植物種」に指定され、さらに2026年には環境省レッドリストで「絶滅危惧ⅠA類」に選定されるなど、今や日本でもっとも絶滅が危惧されている鳥のひとつになっているというのです。
では、なぜここまで減ってしまったのでしょうか。 説明では、繁殖地の開発や森林の成長による生息環境の変化に加え、国外の中継地や越冬地での環境悪化、さらには捕獲など、複数の要因が複雑に重なった結果ではないかと考えられているそうです。
アカモズの保全は、豊橋総合動植物公園だけでなく、人間環境大学、長野アカモズ保全研究グループ、環境省信越自然環境事務所、長野県、地元自治体などと協力しながら、域内保全・域外保全の両面で取り組まれています。
全国鳥類繁殖分布調査にみるアカモズの繁殖分布の変遷(1974~2021年) 第1回(1974~1978年)から第3回(2016~2021年)にかけて、アカモズの繁殖地点は著しく減少しています。 出典:全国鳥類繁殖分布調査
3年連続して人工育雛に成功!
人工育雛の様子。コオロギなどのエサを1羽1羽にピンセットで与える大変な作業です。このヒナが今年に放鳥される予定だそうです。
2023年、長野県でヘビやカラス、ネコなどの天敵に脅かされ、親鳥が放棄してしまった巣から卵を回収し、豊橋総合動植物公園へ搬送して孵卵器で孵化させ、人の手でヒナを育てる人工育雛が開始されました。この年は29卵を保護し、13羽が孵化、9羽が巣立ち、1年後の生存個体は3羽だったそうです。それ以降も毎年、人工育雛に成功させ、徐々に個体数を増やしているそうです。
視察でも、実際に孵化したヒナに給餌する様子を見学させていただきましたが、じつに手間のかかる仕事だと感じました。1羽ごとに与えたエサの種類や量、排便の状況などを記録しながら、親鳥がやるようにしなければならないからです。それが何羽にもなると、その苦労の大きさがよくわかりました。
アカモズは群れをつくらず、単独生活をする鳥のため、どうしても1羽ずつケージで飼育する必要があります。個体数が増えると収容するケージも数多く必要になり、2024年度は「サントリー世界愛鳥基金」の助成を利用して木造飼育ケージを新設することができたそうです。 また、2025年度には、放鳥に向けてさまざまな環境条件で野生で暮らすための訓練ができる組み立て式ケージを開発し、この開発にも「サントリー世界愛鳥基金」の助成が活かされたそうです。
2024年度に「サントリー世界愛鳥基金」の助成で建てられた木造飼育ケージ。(写真提供:豊橋総合動植物公園)
目が見えるようになったヒナには、アカモズのパペットを用いて給餌を行います。(写真提供:豊橋総合動植物公園)
新たに開発された組み立て式ケージ。この中で野生復帰に向けた訓練が行われます。(写真提供:豊橋総合動植物公園)
長野県のアカモズ繁殖地を視察
繁殖地に設置された組み立て式ケージを視察。この中で野生復帰に向けた順化訓練が行われ、いよいよ最初のアカモズが放されるそうです。
豊橋での視察を終えた私たちは、続いてアカモズが実際に暮らす長野県の繁殖地を訪れました。案内していただきながら、アカモズがどのような環境で暮らし、どのように放鳥されるのかを知ることができました。驚いたことに、アカモズがいたのは町の中にある果樹園でした。本当に人々の生活のすぐそばで、この鳥が暮らしていることを実感したのです。
そんなアカモズがこれからも生き続けていくためにもっとも大切なのは、地域の人々の理解と協力だということを知りました。たとえば、アカモズの食べものとなる昆虫を減らさないため、果樹園では減農薬栽培や除草剤を使わない栽培法が取り入れられています。また、自治体の担当者の方からは、このような取り組みを「地域の暮らしとアカモズ保全の共生事業」と位置づけ、地域ぐるみで保全活動を進めていることをご説明いただきました。
今、アカモズはさまざまな危機に直面しています。とにかく1羽でも多く巣立たせなければならない状況にもかかわらず、ヘビやカラス、ネコなどの天敵にヒナや卵が食べられたり、親鳥が繁殖を放棄したりするなど、繁殖失敗が起きているそうです。また、アカモズを撮影する写真愛好家が巣の近くに長時間とどまることで、親鳥の給餌を妨げる事態も発生しているとのこと。地元行政や長野アカモズ保全研究グループではモニタリングを続けながら、天敵対策や見回りパトロールなどを行い、1羽でも多くのヒナが巣立てるよう保全活動に取り組まれているそうです。そして順調にいけば今年、この長野の地で、人工育雛で育った個体が初めて放鳥されます。
アカモズの繁殖地である自治体の方から、貴重なお話をお聞きする機会をいただきました。
アカモズを観察する基金運営委員の先生方。
遠くの電線に止まるアカモズを確認しました。
アカモズを救うには今が最後のチャンス
木造飼育ケージの隣には、アカモズなどを飼育展示する新鳥舎が建設中でした。ここまでの実績が認められ、豊橋市から予算が得られ実現したそうです。
2023年度から豊橋総合動植物公園ではじまったアカモズの域外保全の取り組み。日本では、トキやコウノトリなどの大型鳥類で野生復帰が成功していますが、渡り鳥の小鳥では初の試みです。捕食者による被害に加え、渡りという大きなリスクもあるため、多くの困難が予想されます。
「サントリー世界愛鳥基金」では、2024年度から3年間にわたってこのアカモズの域外保全に対して助成を行ってきました。 豊橋総合動植物公園の高見一利園長からは、「初期の3年間を支援していただいたことで事業が形になり、その結果として他の助成も受けられるようになりました。サントリー世界愛鳥基金の支援がなければ、その後の展開はなかったと思っています」とお聞きしました。事業の立ち上げから育成までの約3年間を支援し、軌道に乗るまで後押しすることは基金の目的のひとつです。豊橋総合動植物公園では、まさにその目的どおりに基金を活用していただきました。
日本のアカモズの域外保全は、人工育雛の段階からいよいよ野生復帰の段階に入りました。域内保全と域外保全の事業が順調に進み、いつの日かアカモズが絶滅危惧種の指定から外れる日が来ることを願わずにはいられません。今こそ、日本のアカモズを救えるかどうかの最後のチャンスなのです。
豊橋総合動植物公園の高見一利園長。繁殖地までご案内いただきました。
飼育下での繁殖成功がこれからの目標のひとつです。人工育雛で成長した鳥同士がペアとなって新たな命が誕生することが期待されています。