はじめに2021年に
徳之島や沖縄島北部、
西表島と共に
世界自然資産に
登録された
奄美大島。
この島には、ルリカケスやミナミトラツグミなど
国際的にも貴重な鳥が数多く生息します。
一時期は、外来種のフイリマングースの捕食の影響により、
島の鳥たちは深刻な状況に直面しましたが、
そのマングースも防除事業によって2024年に根絶され、
危機的な状況を脱しつつあります。
その一方で、
国の天然記念物で固有亜種であるオーストンオオアカゲラや
国内希少野生動植物種のアマミヤマシギは、
詳細な調査が行われておらず、
生息数などの実態は十分に解明されていません。
そこで、
(公財)日本鳥類保護連盟とNPO法人奄美野鳥の会(以下奄美野鳥の会)
の研究者は両種の実態を把握する調査を開始。
「サントリー世界愛鳥基金」では、この活動の助成を行ってきました。
現在もこの活動は継続中ですが、
成果が出はじめているとの情報を聞き、
奄美大島で行われている調査の最前線を視察しました。
広大な亜熱帯の森が広がる奄美大島
世界自然遺産地域に指定された奄美大島最高峰湯湾岳方面を望む。奄美大島でもっとも豊かな自然が残る場所です。
私たちが奄美大島を訪れたのは2025年4月。常緑広葉樹が生い茂る亜熱帯の森は、スダジイの新しい葉が鮮やかな黄緑色に輝き、最も美しい季節を迎えていました。
「この深い山で全てのマングースを捕まえられるとは...」
世界自然遺産に認定された亜熱帯の森を見た「サントリー世界愛鳥基金」の運営委員の先生が、思わずこう言葉を口にしました。目の前には、常緑広葉樹に覆われた広大な山々が連なっていたからです。奄美大島の亜熱帯林は日本有数の広さを誇り、島の約70%が森林に覆われています。
奄美大島は、ルリカケスやアマミノクロウサギといった固有種の生息地として知られています。この島が含まれる琉球列島は、はるか昔に大陸から切り離されて誕生。大陸で絶滅した生物がこの島々では生き延び、独自の進化を遂げた結果、世界でここだけの貴重な固有種が多く生息する地域となりました。
しかし、1979年に毒蛇のハブやクマネズミを駆除する目的で肉食哺乳類のフイリマングースが放たれ、状況が変わりました。マングースはハブを対象とせず、島の貴重な生物を襲い始めたのです。奄美大島にはこれまで肉食哺乳類がいなかったため、身を守る手段を持たない島の生物たちは危機に直面しました。
この事態を重く受け止めた島の人々は、1993年からマングースの捕獲を始めました。さらに、2005年からは奄美マングースバスターズが積極的に捕獲を行い、2024年にはついに根絶が宣言され、この広大な亜熱帯の森から全てのマングースが取り除かれたのです。その結果、島の固有種を含む生物たちは危機的な状況から回復しつつあります。
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視察中、何度も見かけたルリカケス(国指定天然記念物)。奄美大島と加計呂麻島・請島だけに分布する鳥です。
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夜の森で出会ったアマミノクロウサギ(国指定特別天然記念物・国内希少野生動植物種)。奄美大島と徳之島に分布します。
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奄美大島だけに分布するミナミトラツグミの亜種オオトラツグミ(国指定天然記念物・国内希少野生動植物種)。
アマミヤマシギの謎を解明する
視察中に観察したアマミヤマシギ。夜になると林道沿いに出現し、地中のミミズや昆虫などを長いくちばしを使って捕食します。
今回の視察では、まず、助成先団体のひとつである奄美野鳥の会の事務所にて、調査を担当されている鳥飼久裕さんから、アマミヤマシギの調査手法や得られた結果、今後の展望についてお話を伺いました。
アマミヤマシギは全長37cm、森に生息するシギの一種で、奄美大島や徳之島、加計呂麻島などの奄美群島で繁殖が確認されている日本固有の鳥です。この種は国内希少野生動植物種に指定されており、国の保護増殖事業の対象となっていますが、詳細な調査はこれまで行われておらず、生態の解明がまだ不十分です。特にこの鳥は冬季に沖縄島北部でも確認されており、その個体がどこから来てどこで繁殖しているのか謎でした。
そこで、奄美野鳥の会と(公財)日本鳥類保護連盟は、「サントリー世界愛鳥基金」の助成金を活用して共同調査を開始。奄美大島や沖縄島で捕獲したアマミヤマシギに、人工衛星で追跡するGPSタグを装着し、その行動を調べることにしました。
その結果、沖縄島でGPSタグを付けられた1羽が奄美大島へ移動したことが確認され、沖縄島のアマミヤマシギが奄美大島と関係があることが明らかになりました。ただし、確認されたのはこの1例のみであり、詳細は依然として不明です。さらに調査を進め、沖縄島に生息するアマミヤマシギの繁殖地を特定することを目指すとのことです。また、奄美大島に生息するアマミヤマシギの多くは、一年中狭い範囲で生活していることも判明したそうです。
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アマミヤマシギの調査について語る奄美野鳥の会の鳥飼久裕さん。
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2022年1月沖縄島でGPSタグを装着したアマミヤマシギ。アンテナからの電波によって人工衛星が居場所をとらえます。(写真提供:奄美野鳥の会)
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夜間の林道を走行してアマミヤマシギを探す。生物の体温を感じるサーマルカメラを利用して目視ではわからない鳥を見つけ出します(上の小さなモニター)。
オーストンオオアカゲラの個体数を推定する
オーストンオオアカゲラのメス。中型のキツツキで全長28cm。名前は、明治時代に横浜に在住し、貿易商のかたわら膨大な数の鳥類の標本を収集したイギリス人のアラン・オーストンに因んでいます。
(公財)日本鳥類保護連盟と奄美野鳥の会は、「サントリー世界愛鳥基金」の助成を活用して、オーストンオオアカゲラの個体数を明らかにするための取り組みも行っています。
オーストンオオアカゲラはオオアカゲラの亜種で、奄美大島にのみ生息する鳥です。国の天然記念物で国内希少野生動植物種に指定されているにもかかわらず、これまで個体数に関する情報は把握されていませんでした。
調査では、島を198のメッシュに分け、各区画でスピーカーからオーストンオオアカゲラの鳴き声やドラミングを流して、生息の有無を確認。その結果、調査が出来なかった11区画を除く187区画中165区画(88.2%)において生息が確認され、島全域にわたって分布している可能性が示されました。さらに、2021~2023年にはオーストンオオアカゲラを捕獲してGPSタグを装着し、行動範囲を明らかにする調査を行いました。その結果、半径約250mの円が行動圏の目安であることがわかったのです。
これら2つの調査結果に密度調査の結果を加えて推定された繁殖個体数は、島全体で4,684~5,668羽となり、これに非繁殖個体や巣立ち雛の情報を加えた数字が、奄美大島のオーストンオオアカゲラの個体数になるとのこと。ただし、この数字は暫定的であり、今後も調査を継続し、より正確なデータを目指す方針だそうです。
現在、オーストンオオアカゲラが全島に分布していることが明らかになりましたが、これは2010年代に島の南西部から広がったマツ枯れの影響が考えられます。リュウキュウマツの枯死(マツ枯れ)の原因ともいえる昆虫を含め、オーストンオオアカゲラの食料である昆虫類が一時的に増加し、その結果、分布域が広がった可能性があるのです。将来的には、枯れたマツが倒壊するなどしてなくなると、食べものが減ってしまい、突然、すみにくい環境になることも懸念されています。
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GPSタグを装着したオーストンオオアカゲラのオス。(写真提供:奄美野鳥の会)
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GPSタグのついた鳥に近づくことで、アンテナで電波をキャッチし、データを得ることができます。
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オーストンオオアカゲラの調査を行った(公財)日本鳥類保護連盟の藤井幹さん。島を網羅する膨大な区画を調査するのは本当に大変で、多くの調査員の協力がなければ達成しなかったといいます。
貴重な固有種を求めてフィールドを視察
金作原のヒカゲヘゴの森。まるで太古の森のような雰囲気に圧倒される思いがします。
視察では、認定エコツアーガイドの資格を持つ鳥飼さんに案内していただき、アマミヤマシギやオーストンオオアカゲラなどが生息する代表的なフィールドを巡りました。
特に印象に残ったのは2つの場所です。ひとつはナイトツアーで訪れた奄美フォレストポリスの林道、もうひとつは世界自然遺産に指定されている金作原の森です。
奄美大島の貴重な生物は夜行性のものが多く、ナイトツアーと称して夜間に林道を車で走りながら観察を行います。この視察では、島の南部に位置する奄美フォレストポリス周辺の林道を巡り、アマミヤマシギをはじめ、アマミノクロウサギやケナガネズミなどの貴重な生物に次々と出会い、その豊富さを実感しました。
翌日は、世界自然遺産地域内の金作原の森へ向かいました。そこで見た巨大な木生シダのヒカゲヘゴが立ち並ぶ光景は非常に素晴らしく、豊かな植生に圧倒されました。しかし、鳥飼さんからの話によると、金作原はマングースが最初に放たれた場所に近く、その影響を強く受けた地域のひとつであり、いまだに生物相の十分な回復が見られないとのことです。そのためか、視察中に鳥やアマミノクロウサギのフンを目にする機会は少なかったように感じました。
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ナイトツアーで出会ったケナガネズミ(国指定天然記念物・国内希少野生動植物種)。日本最大のネズミでリスのように枝を渡り歩きます。
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アカヒゲのオス(国指定天然記念物・国内希少野生動植物種)。視察中は、あちこちで美しいさえずりを聞かせてくれました。
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金作原の森へ入る基金運営委員の先生方。奄美大島で最も貴重な場所のひとつで、自然環境への影響を軽減するために、認定ガイドの同行が必要などのさまざまな利用ルールが設けられています。
外来種の脅威と基礎データの重要性を再確認
奄美自然観察の森で出会った地上の倒木で採食するオーストンオオアカゲラのメス。人が近づいても気にすることなく夢中で採食する姿を見ながら、もしマングースがいたら簡単に犠牲になってしまうのではと思われました。
今回の視察では、短期間にもかかわらず、数多くの国指定天然記念物や国内希少野生動植物種の生物に出会うことができました。これは20年前には考えられなかったことであり、森林の回復とフイリマングースの根絶がもたらした成果を実感する貴重な機会でした。
これらの成果を科学的に証明するためには、生息数などの基本的なデータが不可欠です。また、渡り習性を正確に把握することは、保護すべき地域を特定し、より効果的な保護策を講じることにつながります。将来の予期しない事態に対処するためにも、基礎データがなければ適切な対応が難しくなるでしょう。
基礎研究は地味な作業であり、あまり注目されることはありませんが、その重要性は明らかです。このような基礎的な研究を「サントリー世界愛鳥基金」が支援する意義を再確認する視察でもありました。
視察を通じて外来種の脅威を再認識し、かつては不可能とされていたマングースの根絶がこの広大な亜熱帯の森で実現したことの素晴らしさを感じつつ、再び、奄美大島の鳥たちに危機が訪れないことを願い島を後にしました。