連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2013年11月21日 2013年収穫終了

2013年の収穫が終了しました。ラグランジュ便りの間が空いてしまいましたが、前報でご報告したように今年の夏は7月、8月と理想的な好天と暑さに恵まれました。しかし9月に入ると不安定な天候に逆戻りとなり難しい収穫期となりました。春先からの遅れが尾を引き、予定では10月10日前後の極端に遅い収穫開始を想定したのですが、9月は降雨日数がなんと16日、それも9/5-9と5日連続、9/15-19と4日連続、そして極めつけは9/27から10月5日まで9日間連続で雨という状況でした。完熟に近い状態で水を吸いあげた葡萄果粒の皮に、たくさんの細かい亀裂が入るという緊急事態が発生したのです。フランス語で<ミクロフィッシュール>と呼ばれるこの亀裂が入ると畑は臨戦態勢となります。皆さんご存知のボトリチス(灰色カビ病)の菌は葡萄の果皮にたくさん付着しているのですが、果皮がしっかりしているときは容易に侵入出来ません。ただ、一度こうした亀裂が少しでも入ると、翌日には白い髭のような菌糸が裂け目に現れ(フランス語ではこの現象を<ムスターシュ>と呼びます)、翌々日には果房全体に蔓延する可能性もある緊急事態になります。こうなると収穫のタイミングを間違うと、わずか2〜3日で区画全体が全滅となる恐れがあるのです。事実、今年は収穫を放棄した畑がグランクリュでも散見され、収量が極端に少なかったある著名シャトーでは、栽培責任者が判断ミスの責任を問われ解雇される事態が発生したほどです。

ラグランジュではメルロの収穫を9月30日に開始しました。一方カベルネもビオディナミのテスト区画では危険な兆候が見られ、10月4日の収穫開始を決断しました。ラグランジュは通常サンジュリアンで最も遅い収穫開始となるのですが、今年ばかりは1日の判断遅れが致命傷になりかねない状況との判断から、本当にピンポイントでの収穫タイミングを探りにいったのです。こんな難しい状況下、ラグランジュチームは連日、朝、そして夕方に畑の各区画を詳細に見て回り、兆候を見つけては先手先手に対応する非常にきめ細かでフレキシブルな収穫対応を実施しました。朝、ムスターシュが無いので安心していると、夕方にはあっという間にムスターシュだらけという区画もあるほど進行が速いので、例年とは比較にならないほど強いプレッシャーを受けた日々であったことは言うまでもありません。

10月に入っても雨と曇りが交互に来る天候が継続したため、10月第一週、第二週の週末は土日もない一気の収穫となり、10月15日に収穫終了となりました。2週続きでの土日なし勤務は、フランスでは本人が志願した場合以外は認められず違法となります。嬉しかったのは、ほぼ全スタッフが志願して2週続きの土日返上での勤務を受けてくれた事実です。もちろん代休は取れるのですが、この緊急事態の意味を理解して厳しい収穫に立ち向かってくれたラグランジュチームには強い誇りを感じます。 この気概に天が微笑んでくれたのかもしれません。今、醗酵が終了しつつあるそれぞれのワインは、意外にも品質的にはサプライズとも言えるレベルに仕上がりつつあります。もちろん2009や2010のような偉大なポテンシャルはありませんが、果実味、色調、味わいとも、恵まれない年というイメージとはおよそかけ離れたしっかりとしたワインになりつつあります。既に興味のないヴィンテージとして扱い始めているジャーナリストや海外のインポーターに、来春のプリムールの際にはサプライズを与えることが期待出来るレベルと感じています。

残念ながら収量はかなり小さい年になりました。フランス全土でも過去5年平均を7%下回りそうです。とりわけボルドーを含むジロンド県の見込みは-27%とフランスの中でも最悪の結果となってしまいました。マルゴーでは軒並み20-25hl/haという91年の大霜害以来の低収量のシャトーが散見されています。サンジュリアンでも25-40hl/haと厳しい状況で、ラグランジュでは37hl/ha程度と、機動的な対応が功を奏しサンジュリアンでは十分に健闘した結果と判断しています。

今年の厳しい環境下で一つの光明が見られたのは、叢生栽培(畝間に牧草などを生やすことで土壌の改良と降雨後の水分吸収・蒸散を促進する)を導入した区域ではミクロフィシュールがほとんど発生しなかったことです。2005年に自然に優しい農法<テラヴィティス>の認証を取得したラグランジュでは、薬剤散布を極力減らし叢生栽培の比率を年々上げてきています。アンチ・ボトリチスとして薬剤散布より叢生栽培がより効果的である事が如実に示されたことは、我々の選択した方向性の正しさが実証されたものと思っています。

2011年、12年に続く3年続きでの『造り手の技量が試された年』となってしまいましたが、今はその疲れも品質への期待感と、難しい収穫を乗り切った充実感で癒されつつあります。

ミクロフィシュール(細かい亀裂)が入った果粒が多くみられる房。
翌朝にはムスターシュ(髭)と呼ばれるボトリチス菌の菌糸の集合体が現れる。
セップが取れる年は葡萄には恵まれない年と言われるが・・・
シャトー ラグランジュ
椎名敬一

葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。

 
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