連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2013年6月27日 30年の足跡を刻んで

前報より3か月も空いてしまいました。花祭り(前報、前々報ご参照)の準備でまったく時間が取れなかった事、ご理解頂ければ幸いです。振り返るとこの3か月、フランスはあまり良いニュースは有りませんでした。まず天候は、低温と多雨がずっと続き、葡萄の生育は平年から3週間ぐらい遅れている感じです。開花期間中も天候不順でしたので、今年も収量が落ちるリスクが高まってきました。経済面ではフランスのリセッション入りが数値でも確認され、欧州では危機の再燃が心配される状況です。プリムールにも影響が如実に現れ、価格低下にも関わらず楽に完売出来たシャトーは一握り程度でした。


そうした沈滞ムードの中、花祭りが6月20日にシャトーラグランジュにて開催されました。6月下旬は好天に恵まれる事が多いのですが、上述の春先からの天候不順が6月頭でも続き、三週間前の長期予報でも芳しくない予報でした。それでもまだ回復に期待していたものの、10日前、一週間前、そして3日前となっても雨のリスクが常に70%以上と変わらず、さすがに覚悟をせざるを得ませんでした。晩餐会前に行う屋外カクテルはシャトー中庭で計画していたのですが、万一の際に備え、醸造棟横にテントを設営しつつも、これを使わないで済むことを天に祈り続けました。問題は当日の雨ばかりではありませんでした。日本の梅雨並みに連日雨が続いたため、駐車場用に予定した葡萄畑がぬかるみ、正装した招待客の皆様にとてもお使い頂けないような状況になってしまったのです。800台を超えると予想される車をシャトーから離れた場所に駐車してもらい、ワゴン車やゴルフカートを総動員して会場までピストン輸送する準備もしなければなりませんでした。

そして当日。祈りも空しく午後に入るとにわか雨。それでも夕方には雨も止み、受付を開始した18:30には雲の切れ間も見えたので、コマンダリー名誉会員入会式はシャトー前の屋外テラスで開始しました。セレモニーは1時間半程度なので、何とかその間だけでもと期待したものの無情にも雨の中でのセレモニーになってしまいました。カクテルもシャトー庭園では出来ず、醸造棟とテントの中でとなってしまった事は、残念でなりません。


こうした重苦しい雰囲気を一気に変えてくれたのは、荘厳な樽熟庫でのガラディナーでした。奥行108m×幅11m×3棟の樽熟庫のうち2棟を1,500人収容するディナー会場とし、残りの1棟に料理人40名、スタッフ160人が配置されるという壮大なガラディナーです。伝統あるメドックのお祭りであることから、晩餐会ではベースはフレンチスタイルを踏襲しながら、控えめで上品に日本的要素を取り入れることでエレガントな日仏の融合の美を演出することをテーマとしました。樽熟庫ならではの美しいアーチと奥行きを最大限生かしながら、生け花の色彩と空間の調和を取り入れて、自然な「仏」と「和」の調和を目指したのです。 料理は、パリ17区で一つ星レストランを経営するフランス料理界で最も有望視される若手シェフの1人、フレデリック・シモナン氏に創作と指揮を委ねました。来日して何度かイベントを行っていますので、ご存じの方もいらっしゃるかと思います。フレンチの基礎をしっかりと持ちながら、視覚的な美と繊細な味わいを独自にアレンジ出来る彼なら、エレガントな日仏の融合を実現してくれるであろうと期待したのです。彼を信頼して任せたもう一つの理由は、彼の品質へのこだわりです。4度に亘る試作とディスカッションを通し、彼の料理への真摯な姿勢、そしてワインを主役としたメニューを創り上げようとする気概が感じられましたので、最後は彼を200%信じて任せる事ができました。 30人に最高級のものを提供する能力と1500人にそのレベルのものを提供する能力はもちろん一緒ではありませんが、見事に期待以上の仕事を成し遂げてくれました。晩餐会の終わりにシェフの紹介があった際、大きな、そして温かい拍手が鳴りやまなかったことは言うまでもありません。この拍手の余韻の中、厨房へ戻ろうとする彼を呼び止めて交わした握手を、私は一生忘れないと思います。


料理に加えて、もうひとつの花を添えてくれたのは、文字通り『生け花』の新井里佳さんでした。草月流師範としてパリで活躍する新井さんは招待者の溜め息を引き出すほどの作品を樽熟庫の入り口、そしてアーチ内に飾ってくださいました。5日前から泊まり込みで渾身の作品を仕上げてくれた新井さん、ありがとうございました。


さて、行数が残り少なくなってしまいました。最後に、晩餐会冒頭で、サントリーホールディングスの鳥井信吾副社長から30周年を迎えるに当たって温かく受け入れてくれたコマンダリーへの御礼、そして将来への決意表明のスピーチがあり、温かい拍手に包まれた事もご報告しておきます。雨のハンディを乗り越え、『素晴らしい花祭りだった』と多くの方から言って頂けた花祭り当日の様子は、写真も含め次報で改めてご紹介したいと思います。

花祭り6日前の樽熟庫:樽を置く台の上に床が設置されます。
花祭り4日前の樽熟庫:床が完成しカーペットが設置されます。
花祭り2日前の樽熟庫:和紙を使ったライティングの設置開始です。
花祭り前日の樽熟庫:テーブルセッティングの準備にとりかかります。
シャトー ラグランジュ
椎名敬一

葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。

 
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