連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2012年10月16日 歴史を語る収穫

メルロの収穫開始が10月8日!、そしてカベルネの開始は10月13日!!と、今年の収穫開始の遅さは記録ずくめとなっています。今日は10月16日。本来でしたら遅い年でも収穫終了間際のはずですが、今年はまさに収穫の山場を迎えつつあります。春先から7月まで気紛れな天候に振り回され、ようやく8月から9月中旬まで待望のインディアンサマーに恵まれました。8月には40℃を記録したばかりか、メドックマラソンのあった9月8日も32℃を記録するほどでしたが、それでも生育の遅れは取り返せずに記録的に遅い収穫を迎える事になりました。

私の着任は2004年ですので、これで9回目の仕込みになります。2007年、2008年、そして2010年と、今年同様8月終わりの時点では生育の遅れが懸念されながら、9、10月のミラクルな好天で逆転打を放つヴィンテージが結構ありましたので、心の奥底では今年も何とかなると、実は楽観視していました。場合によっては10月末まで収穫を延ばしても良いと目論んでいたのです。しかし、9月20日を境に天候は一変し、21日から26日までは22日を除いて連日の雨、そして10月に入っても今日までの16日間で11日間雨となってしまいました。記録を振り返っても、92年、99年以来の雨の多い収穫期かもしれません。

週末には雨マークが並ぶ今週の天気予報を見てさすがに背筋がぞっとしましたが、畑の状況はというと現時点では収穫果は十分に健全で、厳しい天候に見事に耐え忍んでくれています。もちろん雨で期待した凝縮感が若干低下することは避けられませんが、それでも除梗・破砕時に出る果汁は非常に色が濃く、タンニックな果汁である事に驚かされます。徹底した畑での夏季管理、さらにここ数年強化してきた叢生栽培(畝間に牧草などを播き、草に余分な水分や養分を吸収させる)により葡萄の顆粒が小さくなり、多少の雨では裂果しなくなった事が功を奏していると思われます。そして今年から新たな光センサーを使った選果台を2台体制に増強したことも、未熟果や腐敗果を徹底して除去する事に大きく貢献しています。

収穫終了予定は10月22日で、最後まで気の抜けないヴィンテージであるのですが、一方でこんなに難しい年といえども手応えのあるワインに仕上げられる『自信』が現場には漂い始っています。言葉ではうまく表せませんが、こういった『現場の気』こそが本当に良い物を造り上げる最も大切なものであると今では確信しています。今年の様な難しい年にどんなワインが仕上がるのか、今後のレポートを楽しみにしてください。


さて、今日は収穫に纏わるもうひとつのトピックを提供しましょう。写真3をご覧ください。この絵のタイトルは、ずばり『シャトー ラグランジュの収穫風景』です。1800年代のフランス画界をリードしたJules Bretonが、当時のオーナーだったデュシャテル伯爵の招聘でラグランジュに滞在し当時の収穫風景を描いた作品で、アメリカ・ネブラスカ州のジョスリン美術館に展示されています。この絵は1962年に完成しましたので、今年が描かれた150周年に当たります。そこでJules Breton 150周年記念イベントを企画しようと、オリジナルの貸し出しを美術館に依頼したのですが叶わず、許可をもらいレプリカを作成しました。そして昨年収穫時にこの絵が描かれた場所を推定し、収穫風景を撮影したものが写真4です。

見比べて如何ですか? 150年の時を経て、葡萄を運ぶ馬車はトラクターに代わり、そして栽培責任者(右上の白いシャツ)が手にするのは、指図する棒から携帯電話に代わっています。これほどの大きな変化をもたらした時代変化の中でも変わっていないものがひとつだけあります。それは、ひと房ひと房を大事に手摘みし、潰れないよう小さな駕籠を使うという、収穫のやり方そのものです。興味深いと思いませんか。


調査を進める中で、Jules Bretonの曾孫が芸術史の教授として、彼の絵の歴史を研究している事が判りました。それが、写真5のAnnette Bourrut Lacouture女史です。収穫前の9月13日に、彼女とボルドー大学ワイン経済地理学のPhilipe Roudie教授を招き、セミナーとカクテルイベントを開催しました。ジャーナリストやネゴシアン、クルチエ、さらに近隣シャトー関係者など約50名の参加者を得て、歴史を通じたラグランジュの懐の深さを楽しんで頂くとても良い機会となりました。

現在、この絵と写真は樽貯蔵庫の壁面に飾ってあります。これが皆様のラグランジュ訪問への動機の一助になると良いのですが・・・

雨の中での収穫
雨の中での収穫(※写真1)
光センサー選果台導入で一新した葡萄レセプションの光景
光センサー選果台導入で一新した葡萄レセプションの光景(※写真2)
1862年にJules Bretonが描いた『シャトー ラグランジュの収穫風景』
1862年にJules Bretonが描いた『シャトー ラグランジュの収穫風景』(※写真3)
150年後の収穫風景(2011年秋)
150年後の収穫風景(2011年秋)(※写真4)
Jules Bretonの曾孫にあたるAnnette Bourrut Lacouture女史
Jules Bretonの曾孫にあたるAnnette Bourrut Lacouture女史(※写真5)
シャトー ラグランジュ
椎名敬一

葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。

 
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