連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2011年01月27日 それぞれの襷(たすき)

新年明けましておめでとうございます。世界的な経済危機の余波はいまだ尾を引いたままでの年越しとなりましたが、皆様良い新年をお迎えになったことと思います。貴重な時間をこの「シャトー ラグランジュ便り」に目を通すためお使いいただいている皆様の期待に応えられますよう、今年もラグランジュの生きた情報を伝えていきたいと考えていますので、引き続き宜しくお願いします。

今年の欧州は、厳しい寒さに見舞われた中での年明けとなりました。12月8日、9日と雪でシャルルドゴール空港が大混乱になった事に驚いたわずか10日後、今度は欧州中が大寒波でパニックとなりました。不凍液の予備が底をついた各国の空港では3日間も空港で寝泊まりする乗客が現れる状況で、各国で空港や航空会社、鉄道会社、さらには管轄する運輸省の責任問題にまで発展しています。ボルドーも12月の降雪日が既に6日に及び、さらに12月16日の気温が−6℃を記録するなど、12月の平均気温は平年を2.4℃も下回る記録的な寒さとなりました。

この寒さの真っただ中の12月15日、ラグランジュの歴史でひとつの区切りとなるイベントが行われました。買収直後の1984年よりラグランジュのセラーマスターとしてラグランジュの再生を支えてきたレイモン氏が、2010年12月で引退することとなり、その慰労送別会が取り行なわれたのです。ラグランジュ内での貢献は言うまでもありませんが、ユニオン・デ・グランクリュやコマンダリーの重要なイベントでは筆頭セラーマスターとして重要な役割を果たし、対外的にもメドックのセラーマスターの中で一目置かれる存在でした。それがラグランジュの名声復活に果たした影響は決して小さくありません。

近隣シャトーに声を掛けて行った慰労送別会には、メドックの名立たるシャトーから90名にも及ぶ関係者が集まり、彼の人望・人脈を如実に物語っていました。この会のハイライトとして、私たちがサプライズとして用意したのは、1985年に全面改築した醸造棟に彼の名前を付け、その名前を彫ったプレートを醸造棟に設置する事でした。プレートの除幕をデュカス前社長が行う中、感極まって涙するレイモン氏を、集まった他シャトーの関係者が大きな拍手で包みこむという最高の式典となりました。・・・私には日本的で、非常に浪花節的なセレモニーだったのですが、労使関係が難しく、しかも個人主義の権化のように言われるフランスにおいて、この如何にも浪花節調な日本的セレモニーで皆が盛り上がれた事は、ひとつの驚きでした。ワイン造りにおいては、いかに『人』が大事であるか、そしてそこに国境はない事を、改めて学ばせて頂いた気がします。もちろん、こういったラグランジュの姿勢を地元の方々に理解してもらえたことは、前任の鈴田さんが現地へ溶け込む努力を地道に続けてくれた事と無縁ではありません。後を継ぐ者として、心新たに継続を誓いたいと思います。

2010年9月に後任として着任したラブーシェ氏にとっても、この会は近隣シャトーの仲間に顔見せするちょうど良い機会となりました。彼にはレイモン氏を超えるセラーマスターを目指して大きく羽ばたいてくれる事を期待したいと思います。

これで、買収後の復活の20年を支えたキーマンはすべて、襷を渡し終えました。それぞれの襷を受け継いだエイナール社長、私、ラブーシェ氏、更には次の世代の候補としてエイナール社長をサポートするボルド氏を含む新しいチーム・ラグランジュの今後にどうぞご期待下さい。

最後に、改めて皆様の新年のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

ネームプレート除幕式直後の、まだ目の赤いレイモン氏
ネームプレート除幕式直後の、まだ目の赤いレイモン氏
醸造棟中央上部の石のアーチ上にはめ込まれたプレート
醸造棟中央上部の石のアーチ上にはめ込まれたプレート
近隣シャトーのセラーマスター仲間達と(シャトーで行われた慰労送別会にて)
近隣シャトーのセラーマスター仲間達と(シャトーで行われた慰労送別会にて)
チーム・ラグランジュのメンバーと(左端が、後任のラブーシェ氏)
チーム・ラグランジュのメンバーと(左端が、後任のラブーシェ氏)
葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。  
現在シャトーラグランジュの販売は(株)ファインズで行っております。
詳しくは(株)ファインズのホームページをご覧下さい。 http://www.fwines.co.jp/
 
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