- 水
- 生物多様性
水と生き物たちの命を未来につなぐ
「天然水の森 阿蘇」で実践するネイチャー・ポジティブ活動【後編】
森や田んぼで地下水を育む取り組みは、水辺の生き物たちが戻ってくるきっかけにもなっていました。生態系の豊かさは、その土台となる環境があってこそ育まれるもの。サントリーは地域の皆様や研究者と協力しながら、さらに一歩進んだ湿地再生にも取り組んでいます。前編から引き続き、サステナビリティ経営推進本部 天然水の森グループ 専任シニアスペシャリスト 三枝直樹がご紹介します。
前編は『水と生き物たちの命を未来につなぐ「天然水の森 阿蘇」で実践するネイチャー・ポジティブ活動【前編】』をご覧ください
「冬水田んぼ」から湿地再生へ
「冬水田んぼ」を続けるなかで、私たちの中にひとつの思いが生まれてきました。田んぼでは農作業上の都合で、どうしても水を抜く期間が生じてしまうのですが、もしどこか近くで、年間を通して水を張り、より安定した水辺環境をつくることができたら、水辺の生き物たちの天国を作れるのではないか、と。そういう目で探していたところ、近くの集落で長年耕作されていない田んぼを見つけたんです。ここを田んぼとしてではなく、その地に本来生息していた生き物たちの生息場所となる湿地として再生できないか、と考えました。ここに年間を通して水を張れば地下水を育むこともできます。水源涵養活動と、生物多様性の再生。その両方につながる取り組みになるのではないか。さっそく「冬水田んぼ」での生物多様性調査をお願いしている「共創の流域治水研究機構」の鹿野雄一先生(九州オープンユニバーシティ)や、地元農家の岩村和昭さんをはじめとする地域の皆さんとの話し合いを始めました。その結果がどうなったかは、鹿野先生と岩村さんに語っていただこうと思います。
新たに設置した湿地にて。左から岩村さん、三枝、鹿野先生
岩村和昭さん
サントリーさんとは「冬水田んぼ」の取り組みを親の世代から15年ほど一緒に続けています。長年の活動を通じて、共に歩んでいくパートナーとしての信頼関係が築かれてきました。三枝さんも、ずっと変わらず関わってくださっているので、今では集落で顔を見かければ必ず声を掛け合うような関係です。三枝さん、地域にすっかり溶け込んでいますよ。
サントリーさんにとって、水は事業を支える大切な原料と聞いています。でも、それは私たちの農業も同じ。水がなければ何もできません。サントリーさんに「水理念」があるように、私たちも「水は森から」という思いがあります。
昔、この地域では、田んぼに来るカエルなどの生き物たちを「タンギャク」(田の客)と呼んでいました。生き物たちは、田んぼにとってのお客様だったんです。でも、耕作者の高齢化などによって手入れがされなくなった田んぼは少しずつ荒れ、「タンギャク」の来ない土地になっていきました。
そんな時に、三枝さんと、「冬水田んぼ」で生き物調査をされている鹿野先生から、「天然水の森」に囲まれた地にある使われていない田んぼを、湿地として再生しようという提案を頂きました。
そこで集落の皆に「湿地をつくると、ここに『タンギャク』が戻ってくるかもしれないよ」と説明をすると、ご年配の方々の顔がぱっと明るくなったんです。「子どもの頃の景色を、また見たい」と。
カエルの声が響き、水辺にトンボが舞う、子どもの頃に当たり前だった風景がよみがえれば、こんなにうれしいことはないですよね。
湿地再生の取り組みは、自分たちが生きている間に、次の世代に向けて生き物たちの命をつないでいく壮大なプロジェクトだと思っています。たくさんの“お客様”でにぎわう場所にしていきたいですね。
「天然水の森」に囲まれた、再生された湿地。以前は草で覆われた荒地でした。集落の皆さん、鹿野先生、サントリーが力を合わせ、草を刈り、使われていなかった水路を修理して、美しい里山の風景がよみがえりました。
湿地再生は「命をつないでいくこと」と岩村さん。「周辺の大きな木々も、何世代にもわたり受け継がれて、今にいたる。そう考えると、自分たちの取り組みも100年先につながるのだと実感できるんです。」
鹿野雄一さん 共創の流域治水研究機構(九州オープンユニバーシティ)
私は、川や田んぼ、水路といった淡水域に暮らす生き物と生態系を研究しています。サントリーさんとは、2020年から「冬水田んぼ」における生物多様性調査を一緒に進めてきました。
水がなければ、人間も生き物たちも暮らしていくことはできません。その欠かせない水域を守るための「理論」はたくさんあり、私も研究をしているわけですが、それを自然というものを相手に実践することは容易でありません。サントリーさんは「天然水の森」や「冬水田んぼ」というまさに「現場」での取り組みを長年にわたって実践し続けているというのがすごいところで、その「現場」「実践」を大事にしている姿勢にとても共感します。水源涵養は、1年や2年で結果が出るものではありません。湿地再生も、水を張ったからといってすぐに生き物たちが戻ってくるというわけではないんです。それでも、時間をかけて実直に取り組み続ける。その姿勢が信頼できるんです。
今、世界的に見ても、淡水の湿地環境は非常に危機的な状況にあり、日本にいる両生類と水棲爬虫類は、半数近くの種が絶滅危惧種ともいわれています。科学データは現状に追いついていないので、私の肌感覚では、半数以上ですね。一方、「なぜ人が苦労してまで生物多様性を守らなければいけないのか?」と問われることがあります。私は、生物多様性や自然には、他に依存しない本質的な価値があると考えています。シンプルに、冬水田んぼや湿地再生による生物多様性の回復には、大きな意義があるのです。そして、その実現には研究者だけでなく多くの人々の協力が必要です。研究者と企業、地域が協力し合って取り組むことで、初めて実現できるものなのです。
この湿地再生の取り組みは、日本国内だけではなく、世界に向けたモデルケースにもなり得ると思います。ぜひ多くの地域に参考にしてほしいですね。
整備したての湿地にやってきた、絶滅の恐れがあるシマゲンゴロウ。「これは、すごいことですよ。この地に飛んできてくれたのは、とてもうれしいですね。」
100年先を見据えて──自然の時間軸で向き合う森づくり
私は、この活動に20年以上携わっていますが、長く続けることにメリットがあると感じています。自然の時間軸は、とにかく長いんです。植えた苗木は3年くらいではまだ幼木で、20年ほどしてようやく森になっていきます。長い時間をかけて変化を観察し続けることで、初めて「こうした方がいい」「次はこうしていこう」というフィードバックにもつながっていくんです。地域の皆様との関係も同じです。長く通い続けることで、少しずつ顔見知りになり、皆さんとの距離も近くなっていく。会えば自然と声を掛け合えるような関係は、短期間ではなかなか生まれません。
サントリーには、例えばウイスキーの醸造技師のように、その道一筋で技術を磨いていく人たちがいます。「天然水の森」に20年以上関わる社員がいても、不思議ではない。自然の時間軸で向き合っているから──そんな仕事の続け方ができるのが、サントリーらしさなんだと思います。
100年先を見据えながら、水も、生き物も、次の世代へつないでいけるような環境を育てていく。その積み重ねが、ネイチャー・ポジティブにつながっていくのだと思います。
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