連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2020年4月1日 新たな自然の脅威との戦い

本来であれば、今週は偉大なポテンシャルを秘めたヴィンテージのプリムール試飲会で、ボルドーは賑わっているはずでした。新型コロナウイルスの爆発的拡大が目前に迫っていた3月上旬、主催者のユニオンデグランクリュは中止を回避すべくぎりぎりの調整を続けていました。決してエゴや利益追求の為ではありません。グランクリュレベルのワインづくりでは、ワインを収穫してから瓶詰して出荷するまで約2年かかります。生産者はその間の製造経費を前金で受け取ることにより、ビジネスを継続できるようにと考案された仕組みがプリムールです。したがって規模の小さな生産者にとっては、プリムールの有無が会社の死活問題になります。そしてそれはプリムールでの販売を主にする中小のネゴシアンにとっても同様です。そのため過去様々な危機に面してもプリムール試飲会だけは継続してきたのですが、今回ばかりは中止せざるを得ませんでした。マクロン大統領が3月14日のTV演説で『これは戦争だ』と宣言した以上、世界中から5,000名規模で参加者が集まる試飲会を『徹底した衛生管理だけで乗り切ります』との主張を続けるには無理がありました。いまだ外出制限が続く状況を見れば、中止以外の選択肢がなかったことは明らかです。

しかし、プリムール販売の中止が決まったわけではありません。試飲会は中止されましたが、プリムール販売が行われるかは、今後数カ月の世界的な拡散状況と経済状況次第です。ファイナンス危機にまで繋がりかねない現状、しかもレストラン閉鎖が長引けば消費そのものがいつ復活するのかさえ見通せないのですから、リスクを取って先物買いする勇気ある顧客は限られるでしょう。一方で、価格さえリーズナブルなら、2019のような素晴らしいヴィンテージを是非買いたい、あるいは通常では貰えないアロケーションを得る絶好のチャンスと考える顧客が、少なからず存在する事も事実です。従って、ジャーナリストやプロフェッショナルにどのように試飲してもらうかの課題は残りますが、そこがクリアできればプリムール販売自体は行われる可能性も十分あると考えます。外出禁止が2週間で終わらず4/15まで延期が決まった今、これ以上の推測にあまり意味は有りませんので、状況を静観していきましょう。

さて、新型ウイルスという自然の脅威と戦いながら、我々はいつものように、別の自然の脅威とも戦っています。今年は暖冬で、特にメルロの萌芽が早く進行しました。これまで萌芽の早い年には、霜害を心配する生産者の気持ちを何度も書いてきましたが、今年も例にもれません。4月を思わせるような暖かさが続いていた3月後半、突如寒波が襲来しました。3/26の深夜、畑の気温は1℃まで下がり、4時には最も低い畑で−2.5℃まで下がったのです。2017年の大霜害を教訓に、準備は周到に進めてありました。リスクのある低地区画には前日にあらかじめ藁束と霜害対策用蝋燭を設置しておき、夜中に数名が着火して明け方まで火を燃やし続けました。写真を添付しますのでご覧ください。翌日3/27も0℃まで下がる予報でしたので、油断せず夜中の見回りは続けましたが、着火はせずに済みました。そして今週も3/30、31と氷点下の予報を聞き、連日の夜中の見回りを続けています。こういった努力が実り、現時点では心配された被害は出ていません。明日より気温も上昇しますので、目前のリスクは乗り越えたものと思いますが、この、気の抜けない自然との戦いは、5月前半まで続きます。

外出制限、さらに不要不急の業務が制限される中、ラグランジュでもエノツーリズム部門は完全閉鎖しました。農業は必要業務と認められており、畑での作業は安全対策を遵守した上で継続されています。閉鎖されたエノツーリズム部門の佐藤シェフには、2週間前より畑での作業に従事してもらっています。フランスはジョブディスクリプションに書かれていない業務をさせる事は禁止されているのですが、現在の危機的状況下では政府も雇用を守ることを最優先していますので、こういったシフトが特別に許可されているのです。閉鎖した部門では秘書やガイドの女性も畑での作業を志願してくれており、その他の従業員には政府の補助を前提とした一時的失業として、自宅待機をしてもらっています。

4/15まで延期された外出制限はまだ再延長の可能性も残りますが、皆が持ち場に復帰して、この体験を笑顔で語る事が出来る日が一日も早く来ることを祈りたいと思います。

写真1:明け方4時頃から霜害対策用蝋燭に着火。1ha当たり300個着火で約2℃上昇。
写真1:明け方4時頃から霜害対策用蝋燭に着火。1ha当たり300個着火で約2℃上昇。
写真2:燃やす前の蝋燭。缶の蓋を開け着火すると8時間程度燃え続ける。
写真2:燃やす前の蝋燭。缶の蓋を開け着火すると8時間程度燃え続ける。
写真3:林に近い低地部分では、昔ながらの藁束を燃やし空気の循環を促す事も併用。
写真3:林に近い低地部分では、昔ながらの藁束を燃やし空気の循環を促す事も併用。
写真4:佐藤シェフは畑で剪定した枝の回収作業に(復帰後には薪として調理に使います)。
写真4:佐藤シェフは畑で剪定した枝の回収作業に(復帰後には薪として調理に使います)。
シャトー ラグランジュ
椎名敬一

葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。

 
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