連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2019年12月6日 1粒重が語る気候変化と品質

師走に入り、フランス恒例の大規模なストが始まり、パリでは自宅勤務も増えているようです。収穫からかなり時間が経ってしまいましたが、8月の前号以降の総括をしてみたいと思います。

前号では、7月23日に41.2℃というボルドー観測史上最高気温を記録したことや、7月の異常乾燥など、以前であれば異常気象の言葉で語られてきた事象の常態化が進んでいる事に触れました。8月以降はと言いますと、一言で言えば、ぶどうに最適な高温・乾燥が収穫まで継続しました。7〜10月の平均気温は平年比+1.5℃と高温で、降水量も7〜9月は平年の約半分で乾燥していました。10月は、記録上では131oと平年の約1.8倍と多かったのですが、大半の雨は収穫最終日の10月14日夕方から始まり、月末にかけて122oと集中しています。月の前半はわずか9.1oと極度の乾燥で、しかも10月13日には30℃を記録して、完熟への最後のひと押しをしてくれるなど、まるで収穫終了に合せたかのような気候でした。

この夏から収穫までの完璧に近い気候は、ぶどうの1粒重に如実に反映されています。2019年のぶどうの特徴は、過去最も1粒重が小さい年であることです。ぶどうの粒が小さいという事は、醪の中での皮や種の比率が高まるという事ですので、必然的にタンニンの強い、力強いスタイルになると言えます。一般論として、偉大と言われる年の1粒重は、極端に平年を下回るものです。直近では2016年がその代表例ですが、2016年はカベルネ・ソーヴィニヨンは過去最小であったものの、メルロとプティヴェルドは平年より少し小さめ程度でした。2019年は、まずカベルネ・ソーヴィニヨンは2016年をも凌ぎ過去最小、そしてメルロ、プティヴェルドも揃って過去最小と、3品種が過去最小の揃い踏みをした事は特筆に値します。しかもその小ささも半端ではありません。3品種とも、過去15年平均値より15〜20%も小さいのです!もちろん1粒重だけで空騒ぎしても意味がありません。完熟していなければ荒々しいワインになってしまうからです。ラグランジュでは15年ほど前から、収穫をぎりぎりまで待ち、ピンポイントでの収穫を心掛けてきましたが、今年は更に精度を上げて行えましたので、発酵終了時点でのワインは、豊富なタンニンを感じさせない旨味と柔らかさをも兼ね備えています。27日かけた収穫は、これも過去最長記録を更新しました。タンニンの質の良さに確信がありましたので、醸造ではマセレーションの温度を少し高めにして期間も長く取り、抽出を例年より強めに行いました。ラグランジュにとって過去最高のヴィンテージと言える2016とも一味違うヴィンテージに仕上がるかもしれません。ここ数年、階段を昇っている手応えを毎年感じてきましたが、今年も今からアサンブラージュが待ち遠しい気持ちです。

さて、今回も少し経済に目を向けてみましょう。輸出が生命線でもあるボルドーワインにとって、米国と中国、そして英国が、3大重要市場と言えます。今年、その3つともに暗雲が垂れ込め、懸念されました。ただ、英国のブレクジットはおぼろげに出口が見えてきたように思います。ハードランディングの可能性もまだ残っていますが、関係者それぞれが、落しどころと考える輪をかなり縮めた感があります。

中国経済の減速も懸念されましたが、底を打った可能性も出てきました。米中の摩擦はしばらく継続すると思いますが、ともに振り上げた拳は名目を付けて下ろし、制御不能な悪化にはつながらないように思います。

残る最大の懸案はアメリカ市場です。トランプ大統領がGAFAへの課税の報復として、フランスワインに対する追加関税(最大100%)の導入を示唆し、1月に最終決定するとアナウンスしたからです。単なるブラフかは予断を許しませんが、ネゴシアンとアメリカのインポーター間では、発効された場合に税額をどちらが負担するかの交渉が既に始まっているようです。トランプ大統領に攻め込まれたマクロン大統領に、イギリスが同様の課税をGAFAに対してかけると明言し、援護にまわりました。アメリカにラブコールを送る一方、この機を利してフランスに貸しを作るやり方に、ボリス・ジョンソン首相のしたたかさが表れています。差しでマクロンに圧を掛け続けようとしたトランプ大統領がどう出てくるのか、次の一手に注目が集まります。いずれにしても、春のプリムールまでにはこの問題にも出口が見えてくることを祈りたいものです。

写真1:収穫まで最適な高温と乾燥が続き、砂礫土壌の区画では葉焼けが発生するほど
写真1:収穫まで最適な高温と乾燥が続き、砂礫土壌の区画では葉焼けが発生するほど
写真2:収穫をぎりぎりまで待ってピンポイントで収穫し、色濃く着色の進んだ房
写真2:収穫をぎりぎりまで待ってピンポイントで収穫し、色濃く着色の進んだ房
写真3:発酵終了時のカベルネ・ソーヴィニヨンは、フィエフクラスでも色の濃さが際立つ
写真3:発酵終了時のカベルネ・ソーヴィニヨンは、フィエフクラスでも色の濃さが際立つ
シャトー ラグランジュ
椎名敬一

葡萄栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。

 
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