連載

ワイナリー便り:シャトーラグランジュ便り
2009年11月12日

大きな期待と不安の入り混じる2009年の収穫も、10月16日に無事終了しました。前回のワイナリー便りで、8月までの好天から収穫期の天候次第ではグランミレジムになる可能性がある事をご報告しましたが、収穫を終え、巷での期待感は待望論と表現出来るほどに高まっています。来月には各機関から公式の収穫情報が報告されると思いますが、フランス全土を通じてかなりのミレジムになった事は間違いなさそうです。気の早い業界通の間では、82年に匹敵、いや59年だ、などと早くも市場を煽るような発言が囁かれ始めています。経済危機で痛手を受けた業界としての期待の部分はもちろん差し引いて考える必要がありますが、2005年とは異なるグランミレジムとなる可能性はかなり高いと思います。一方で、我々生産者の、特に技術者としての立場では、結果に対しより慎重であるべきですので、今回のタイトルは意識的に『予感』とさせて頂きました。
ボルドーでの今年の特徴は、まず収穫量は少ないが、凝縮感がとてつもなく高いぶどうが収穫された事です。開花後から夏場を通してずっと乾燥が続いた事から、果粒が小さく、皮が厚い理想的なぶどう果が得られました。しかも収穫期も好天が続いた事から、腐敗の心配はまったくなく、最後の凝縮に至ってはむしろアルコール度数の上がりすぎを懸念せざるを得ないほどの状況でした。8月、もしくは収穫前の9月にもうひと雨あったならと、贅沢な悩みを言える状況にあった事も事実です。ラグランジュの例を言いますと、メルロの糖度はアルコール換算で軒並み15度近い完熟で、プティ・ヴェルドに至ってはロットによっては醗酵不良の懸念のある16度に達していたものすらありました。カベルネも13度〜13.8度と完熟の状況で、すべての品種に共通するスケールの大きさは、2005年を遥かに凌ぐレベルです。さらに、2003年のような酷暑ではなかったため、ボルドーらしい果実味も綺麗に表現されていると思います。
もちろん、表現し得ない気品とエレガンスを具え、しかも果実味の爆弾とも言える2005年とはスタイル自体が異なりますので、比較する事自体、意味がありません。しかも2009年はまだ発酵の最中ですので、『どんなワインになるかお楽しみに』とだけお伝えしておきます。

実は今年、新たな試みをしてみました。9月の上旬に、今年は特別な年になりそうな予感を感じ、9月8日から日記を付け始めたのです。面倒くさがり屋で日記とは縁遠かった私でしたが、なぜ急に? 2005年もそうだったのですが、終わってしまえば、数行で総括されてしまう収穫も、収穫期の毎日はその日その日が期待と不安の連続で、そして決断の連続であることは意外と知られていません。我々生産者が神経をすり減らす、こういった毎日の心境を少しでも文章に残す事で、振り返った時に何か得られるのではないかと考えた次第です。
今、この日記に目を通して改めて感じる事は、やはり天候の素晴らしさです。9月は15、18、20日にまとまった雨となりましたが、それを除くと快晴がほとんどでした。特に9月21日から10月4日まで連続で快晴、10月5日〜12日には日によって軽い小雨があったものの、直ぐに晴れ間が出て畑は乾燥し、病害を心配する必要はありませんでした。天気図と睨めっこをしながら決断を迫られる例年の光景は、少なくとも日記には見当たりません。もう一点、面白いと感じたのは、特にカベルネの畑でどの畑を先に収穫するかを、例年とは違う視点から悩んでいる事です。例年ですと、良い畑の収穫を出来るだけ遅くし、シャトーものの品質を上げる方策を練るのですが、今年は良い畑を長く置きすぎると過熟となるリスクが高いため、平年とは逆の発想で収穫の時期を決めなければならない悩みが、行間に表れています。通常はレ・フィエフ(※1)にしかならない畑のぶどうも、今年は素晴らしい熟度に到達していますので、どんなワインに仕上がるか楽しみです。一方で収穫量は平年の20%減となりそうです。ラグランジュでは2005年以降、意識的に収量制限を強めて来ましたので、今年のような乾燥の年には、やむを得ません。良年と言えどもすべてを望むのは欲張りというものでしょう。

収穫前に鈴田さんの訃報が届くという、忘れる事の出来ないミレジムとなりましたが、鈴田さんへの贐(はなむけ)として自信を持ってご報告できるワインになる予感がします。技術者の技量が問われる2007年や2008年と異なり、2009年のような年は、毎年畑で蓄積してきた結果がそのまま品質に反映される年であるとも言えます。そういった意味で、鈴田さんが残してくださった遺産がどういうワインを生んでくれるのか、皆さんと一緒に見守って行きたいと思います。

※1 レ フィエフ ド ラグランジュ:シャトー ラグランジュのセカンドラベル。

9月14日、快晴の早朝にセミヨンの収穫開始。
9月14日、快晴の早朝にセミヨンの収穫開始。
朝日の中、黄金色に輝く完熟したセミヨン。
朝日の中、黄金色に輝く完熟したセミヨン。
収穫を待つプティ・ヴェルドのコンパクトな果房。
収穫を待つプティ・ヴェルドのコンパクトな果房。
収穫直前のカベルネの畑。
収穫直前のカベルネの畑。
ぶどう栽培研究室、ガイゼンハイム大学留学、ロバート・ヴァイル醸造所勤務、ワイン研究室、原料部、ワイン生産部課長を経て、2004年6月よりシャトー ラグランジュ副社長。2005年3月より同シャトー副会長。  
連載トップへ戻るバックナンバー一覧へ