オルガンの名曲たち坂崎 紀(音楽学)

バッハJOHANN SEBASTIAN BACH

オルガン音楽は、ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)なしには語れません。
バッハはさまざまなジャンルの作品を残しましたが、生前は「大作曲家」としてではなく、「名オルガニスト」として知られていたほどでした。

現存するオルガン作品は非常に多く選択には迷いますが、荘厳な短調の作品なら『前奏曲とフーガ ホ短調』 BWV548、『幻想曲(前奏曲)とフーガ ト短調』BWV542、『パッサカリアとフーガ』ハ短調BWV582をおすすめしましょう。
いずれも、バッハの音楽の構築性と、妥協のない厳しい音楽を聴くことができます。

長調の作品なら『前奏曲とフーガ』変ホ長調BWV552、『トッカータ、アダージョとフーガ』 ハ長調BWV564、『トリオ・ソナタ第5番 』ハ長調BWV529がおすすめ。短調の作品とはまったく違った明朗さと躍動感を聴くことができます。

バッハのオルガン作品には、この他、ルター派の賛美歌(コラール)の旋律を用いた作品群があります。『目覚めよと叫ぶ声が聞こえ』 BWV645、『主よ、人の望みの喜びよ』のオルガン編曲(原曲は《カンタータ147番》中の合唱曲、『バビロンの流れのほとりにて』BWV653などが比較的、よく演奏されます。

次にバッハの先駆者、同時代人、そして後継者と位置付けられる作曲家と作品を、時代を追ってみていくことにしましょう。

ルネサンスRENAISSANCE

この時代、オルガン音楽はかなり広範囲に作られていましたが、現代人の感覚からすると、いかんせん、古色蒼然としたものに感じられるでしょう。簡単に言えば、渋くて地味。しかし、そこには、たとえばフラ・アンジェリコのフレスコ画に通じるような味わいもあります。この時代からは、スペインのカベソンの『「騎士の歌」による変奏曲』を挙げておきます。

バロックBAROQUE

バロック時代は、オルガンの黄金時代といえます。
初期から中期には、イタリアのフレスコバルディ、オランダのスウェーリンク(「わが青春はすでに過ぎ去り」による変奏曲)、ドイツのフローベルガー、パッヘルベル、シャイト、ブルーンス、ブクステフーデなどの作曲家がオルガン曲を書いています。

中でも北ドイツのオルガン音楽は足鍵盤の技法が高度に発達した点が重要で、特にブクステフーデはバッハの直接の先駆者といえます。また、この時代に、フランスでは独自の響きのオルガンとオルガン音楽が開花しました。F.クープラン、グリニー、クレランボー、バルバトル、ダカンの作品があります。バッハ・ファンなら、ブクステフーデの前奏曲とフーガト短調BuxWV148前奏曲とフーガイ短調BuxWV153を、またフランス音楽に興味があるなら、まずはクープランの『全ストップによる奉献唱』(小教区のミサより)を聴いてみるとよいでしょう。

古典派CLASSIC

バッハの死後、オルガン音楽は一時的に低迷期を迎えます。
この背景には、音楽の趣味の変化と、啓蒙思想の発展によるキリスト教の社会的影響力の衰退があります。そのため、古典派の作曲家は、概してオルガンには関心が薄かったようです。
モーツァルトはオルガン演奏は巧みでしたが、オルガン作品はほとんど残していません。なお、現在、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの作品として演奏されるオルガン小品(たとえばモーツァルト:幻想曲 へ短調K608)は、多くの場合、当時流行した機械時計や自動オルガンのために書かれたものです。

ロマン派ROMANTICISM

この時代では、まずメンデルスゾーンのオルガン作品を挙げることができます。
『前奏曲とフーガ 』op.37などは、明らかにバッハの精神を受け継いだものといえます。音サンプルとしては6つのオルガン・ソナタより第6番『天にいます我等の父よ』を挙げておきましょう。また、あまり知られていませんが、シューマン、ブラームス、ブルックナーも、オルガン作品を残しています。

しかし、この時代オルガン音楽の最大の巨匠といえば、ベルギー生まれでフランスにわたったセザール・フランク(1822-1890)でしょう。19世紀のピアノ音楽がショパンなしでは語れないように、19世紀のオルガン音楽もフランクなしでは語れません。この二人に共通しているのは、それぞれ、ピアノとオルガンという鍵盤楽器の長所を最大限に生かし、欠点を最小限に抑えることによって、すぐれた作品を生み出したことです。特にフランクは、ともすれば一本調子になりがちなオルガンを用いて、微妙なニュアンスを表現したところに特徴があります。静かで淡々とした前奏曲が印象的な『前奏曲、フーガと変奏曲』op.18、大作『3つのコラール』(第1番)はぜひ、聴いておきたい曲です。また、『カンタービレ』のような瞑想的な作品も、味わい深いものです。ちなみに、フランクはリード・オルガン(ハルモニウム)のための小品も作曲しています。

この他、リストの『バッハの名による前奏曲とフーガ』、レーガーの『バッハの主題による幻想曲とフーガ』op.46、『序奏、バッサカリアとフーガ 』ホ短調op.127、ヴィドールの10曲の『オルガン交響曲』ヴィエルヌの6曲の『オルガン交響曲』(第1番)、ロイプケの『オルガン・ソナタ=詩編94』ハ長調といった、重厚長大で名人芸的なオルガン作品もロマン派特有のものです。ちなみに、リストやレーガーが用いたバッハの名による主題」とはシのフラット、ラ、ド、シの4音からなる主題のことで、バッハB-A-C-Hの4文字をドイツ音名として読み、音に置き換えたものです。

近・現代MODERN

フランスのマルセル・デュプレ(1886-1971)は、知名度は低いですが、オルガンを縦横無尽に駆使する、という点では、バッハやフランクをしのぐといっても過言ではありません。

『古いノエルによる変奏曲』op.20は、いわばオルガンの音色と演奏テクニックのカタログ。この曲を一曲聴くだけで、オルガンの多様な響きをほとんどすべて、体験できます。このほか『前奏曲とフーガ 』op.7もおもしろい響きを聴かせてくれます。

デュプレの弟子にあたる、同じくフランスのジャン・アラン(1911-1940)とオリヴィエ・メシアン(1908-1992)も、オルガン音楽には大きく貢献しました。アランは、その短い生涯の間に個性的なオルガン作品を残し、中でも『連祷(リタニー)』op.79がよく演奏されます。長生きしたメシアンは、膨大な数のオルガン曲を残しましたが、ここでは『主の降誕』を挙げるに止めます。この2人の作品は、いずれも独特の不協和音と複雑なリズムの点で、従来のオルガン音楽から一歩踏み出したものとなっています。

この他、オルガン音楽に力を注いだ作曲家には、ラングレ、デュリュフレ、ペータースがいます。またシェーンベルクの『レシタティーフによる変奏』op.40、 リゲティの『ヴォルーミナ』も一度は聴く価値があると思いますが、この時代の音楽、いわゆる現代音楽は、概して難解というか、心の休まるような音楽ではなく、一般にはなかなか受け入れられないようです。ただ現代曲でも、長大な曲は聴きづらいですが、小品ならば聴きやすいものもあります。ペータースの『演奏会用小品』op.52a、ラングレの『対話をミクスチュアで』は、現代的なオルガン音楽の入門として適した小品といえるでしょう。

19世紀以降、大オルガンを設置したコンサートホールが作られるようになると、オルガンは管弦楽曲の中でもしばしば用いられるようになります。代表的な例としては、サン=サーンスの交響曲第3番、R.シュトラウスの交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』op.30があります。また、ホルストの『惑星』やエルガーの『威風堂々』にも、オルガンが使われています。オルガンのための協奏曲も重要です。これはヘンデルに始まり、ハイドンも礼拝用のものをいくつか残していますが、大規模なものが作られるようになるのはロマン派以降のこと。ラインベルガーの『オルガン協奏曲』第1番 ヘ長調、デュプレの『オルガンと管弦楽のための交響曲 』ト短調、プーランクの『オルガン・弦楽とティンパニのための協奏曲 』などがあります。