主催公演

特集ページへ

サントリーホールでオルガンZANMAI!
真夏に響くパイプの歌声

オルガン:冨田一樹 聴きどころ紹介

「オルガンってなんだか難しそう」という方にはこのコンサート。演奏は30代のオルガニスト、冨田一樹。2016年に“音楽の父”バッハの名前を冠した世界的コンクール、ライプツィヒ・バッハ国際コンクールのオルガン部門で日本人初の優勝を飾り、「情熱大陸」でも紹介された、大注目のオルガニストです。演奏する曲目は、バッハはもちろんのこと、ヴァヴィロフの『アヴェ・マリア』(伝カッチーニ)など、クラシックやオルガンに詳しくなくても聴きなじみのある名曲もプログラム。
「機会がなくて…」と今までオルガンのコンサートに足が向かなかった方、「私でも楽しめるかな?」と不安な方におすすめ。まさに「ここからはじめる、オルガン・コンサート」です。

演奏者本人が演奏曲目について解説します。

曲目解説

J. S. バッハ:前奏曲とフーガ ハ長調 BWV 545
 オルガンと言えばヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)、バッハと言えばオルガン。それもそのはずで、バッハは当時ドイツで最も優れたオルガニストとして知られていました。それだけでなく、新しく建てられた楽器が正しく機能するか、といった検査員の仕事もしていたほどの専門家だったのです。今回のコンサートではこの楽器を熟知した王道の作曲家、バッハから聴いて頂きましょう。
 オルガンには足で演奏する鍵盤がありますが、この前奏曲は足鍵盤の華やかな旋律から始まります。音楽の幕開けをパイプ自身が喜んでいるかの如く、手鍵盤からは輝かしいハーモニーが生まれ、16分音符の快活なフレーズで埋め尽くされます。フーガでは明朗な旋律が1パートずつ増えていき、巨大な合唱曲のような存在感を放ちます。

ハンフ:『哀れみたまえ、おお主よ』
 コラールというのは、宗教改革で知られるマルティン・ルターをきっかけとして広まったプロテスタント教会の賛美歌を指しています。ヨハン・ニコラウス・ハンフ(1665~1711/12)は北ドイツで活躍したオルガニストで、コラールの旋律を基に編曲した美しい作品をいくつも残しました。懺悔のコラールと呼ぶべきでしょうか、その中の1曲「哀れみたまえ、おお主よ」は自分の罪を再認識し、悔い改め、赦しを求める内容です。

J. S. バッハ:『シュープラー・コラール集』より「 目覚めよと呼ぶ声あり」BWV 645
 中部ドイツで活躍したバッハもルター派プロテスタント教会に属するクリスチャンであり、オルガンのためのコラール編曲作品を数多く書きました。結婚式や学校の行事等で演奏される事もある「目覚めよと呼ぶ声あり」は、その中でも最も有名な作品かも知れません。弦楽器風の右手が軽やかで親しみやすい旋律を見せ、左手のテノール声部が朗らかなコラール旋律を歌います。

パッヘルベル:『我らの神は堅き砦』
 『カノン』で有名なヨハン・パッヘルベル(1653~1706)ですが、実はオルガニストとして活躍した作曲家で、多くのオルガン曲を残しました。バッハ家とも親交があったため、バッハはパッヘルベルの作品からも強く影響を受けたと言われています。『我らの神は堅き砦』はルターの宗教改革に関わるコラールで、神様は我らの城のように確固な存在で、強い力、助けとなるという内容です。前半はコラール旋律を使ったフーガ、後半では足鍵盤がその旋律を受け継ぎ、堂々と歌われます。

ヴァヴィロフ:『アヴェ・マリア』(伝カッチーニ)
 クラシック音楽には数多くの「アヴェ・マリア」が存在しますが、「カッチーニのアヴェ・マリア」ほど感傷的で心を揺さぶられる作品は他に無いでしょう。聖母マリアの感じた不安を見事に表現しています。この作品はロシアのギタリスト、ウラディーミル・ヴァヴィロフ(1925~73)によって書かれたのですが、何故か意図的に作者不詳として発表されました。そこから更に奇妙な事に、イタリア・バロックの作曲家ジュリオ・カッチーニ(1551~1618)の作という不実の説が出現し広まったという、なんとも不思議な経緯を持っています。

モーツァルト:『アヴェ・ヴェルム・コルプス』K. 618
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~91)が晩年に作曲した『アヴェ・ヴェルム・コルプス』。原曲は合唱と弦楽、そこにオルガンが加わるという古風な編成で書かれています。透明感に溢れる繊細な表情が人気で、演奏会でも良く取り上げられる合唱曲です。交響曲やオペラを多く書いたモーツァルトですが、この曲の他に『レクイエム』や『ハ短調ミサ』など、教会で演奏するための音楽も残してくれました。これらは美しいだけでなく芸術的にも洗練された内容で、真に「アマデウス(=神に愛されし者)」という意味に相応しいのかも知れません。

ヘンデル:オペラ『セルセ』HWV 40 より「オンブラ・マイ・フ」
 バッハと同じく1685年にドイツで生まれたジョージ・フリデリック・ヘンデル(1685~1759)。地元に留まったバッハとは対照的に、イタリア、イギリスへ渡り、人気作曲家としての地位を揺るぎないものにしました。「オンブラ・マイ・フ」は紀元前のペルシャを舞台にしたオペラ『セルセ』の冒頭で歌われます。主人公がプラタナスの樹の魅力に酔いしれるシーンで、劇中最も人気のあるアリアです。

J. S. バッハ:フーガ ト短調 BWV 578「小フーガ」
 バッハの若い頃に書かれた作品で、「小フーガ」という愛称で親しまれています。歌や対位法の祖先が集まるイタリアは多くの作曲家の憧れだった場所で、バッハも関心を深めていました。美しくも息の長い旋律を持つこの作品は、そのような研究背景から作曲され、典型的なフーガの形を代表していることから、学校の音楽の授業では観賞用教材としても使われています。

J. S. バッハ:コレッリの主題によるフーガ BWV 579
 この作品もまたイタリア音楽の研究過程で書かれました。イタリアの作曲家アルカンジェロ・コレッリ(1653~1713)が作曲したトリオ・ソナタの旋律を用いている事から『コレッリの主題によるフーガ』とも呼ばれています。歌唱的な旋律と器楽的な旋律があり、この2つの主題が絶妙に絡み合いながら自由に進行する二重フーガ、という形式を見事に体現しています。

J. S. バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV 538「ドリア調」
 「ドリア調(旋法)」という愛称は古い教会旋法の名前から由来しています。現在のニ短調はフラット1つの調号で書かれますが、当時は教会旋法に基づく書法が伝統的に残っていたため、調号無しで書かれていました。トッカータはヴァイオリン風のジグザグとした旋律が主体となり展開します。鍵盤交代による独奏部と合奏部の対比がユニークで、イタリア協奏曲の形式を意識した作品です。一方フーガは巨大な石造りのアーチのような主題で、厳格な合唱音楽を意識した対位法でありながらも、劇的な表現、壮大なクライマックスを見せ付けます。バッハが極めて高度な作曲技法を習得していた事は、特にこのような作品から裏付けられているのです。

特集ページへ