サントリーホール開館40周年記念
Daiwa House Special
ホール・オペラ®
タン・ドゥン:『TEA ~茶は魂の鏡~』
稲野珠緒(打楽器)インタビュー
紙や水、陶器など“自然の素材”がそのまま楽器となり、舞台の音世界を形づくる――。タン・ドゥン作曲のオペラ『TEA ~茶は魂の鏡~』で重要な役割を担う打楽器奏者、稲野珠緒さんに話を聞きました。2002年のサントリーホール世界初演、2006年の再演に続き、「3人の打楽器奏者」の一人として出演する稲野さん。初演時の立ち上げの舞台裏から、単なる“演奏者”を超えて、“ミューズ”として舞台へ溶け込んでいく身体感覚まで、語っていただきました。
タン・ドゥン:『TEA ~茶は魂の鏡~』では、紙が舞台上で印象的に鳴る。大きな紙を揺らす、紙を口で挟み鳴らし、破く…稲野さんが手元に残している紙は、実際の上演で使われたものだという。
――これらの紙は、実際に本番で使っていたものですか?
稲野:そうなんですよ。もう黄ばんできていますが、本番で実際に使っていた紙です。
――音を重視して、紙にも「これがいい」という基準がありますか?
稲野:ありますね。紙の質で、同じ動きをしても音が変わってしまうんです。
破れやすい・破れにくい、濡れた手だと鳴りにくい、吹いたときに高い音が出る/低くなりすぎる…など、条件がけっこうシビアで。場面のイメージに合う音が出る紙を選んで使い分けています。
タン・ドゥンさんの刻々と変わるインスピレーションで、急に英字新聞を持ってきて「今回はこの紙を使って」と、紙が変わることもある(笑)。英字新聞は破れやすいし、吹いたときの音も変わるしで大変なんですけど、全部含めて面白いです。
――世界初演ならではの、試行錯誤があったと思いますが、苦労した点は?
稲野:楽器が“何なのか”すら分からなかったことですね。楽譜に指定はあっても現物は自分で探して試す必要があって。たとえば「スーパーボール」や石、水を入れる筒など。また、打楽器を置く台の作りや高さも含めて、最初は手探りでした。
――楽譜に水がにじんでいて、大きさなどにも工夫が施されています。
稲野:楽器として水を使うので、楽譜がびしょびしょになるんです。譜面はそのままだとめくる回数が多いから、演奏の邪魔にならないように自分で加工もするんですけど、濡れてしまって。譜面を見ないと、「この場所から」と言われたときに対応できないので、小さくしたり、黒くして目立たなくしたり、いろいろ工夫しています。
――「水」を使う以上、周りへの配慮という点でもご苦労があったのではないかなと。
稲野:アクションは大きく見せたいけど飛び散らせたくない、そのバランスが難しいです。ウォーターパーカッションの近くに立ててあるマイクは高価なので、そこに水を飛ばすと音響さんも心配そうで…。フィルムを貼るなど、サントリーホール専属のステージマネージャーさんがいろいろアイデアをくださって、初演はスタッフの方たちと一緒に作り上げた感覚があります。
――タン・ドゥンさんが来日してから、音作りで試行錯誤したことは?
稲野:タン・ドゥンさんが、「こうやるんだよ」と演奏しながらレクチャーしてくれるんです。すごく楽しそうに教えてくださる。打楽器が好きなんだろうな、と。
作曲者本人が指揮するので、手を見ていると「どんな音が欲しいか」が雰囲気で分かってくるし、「ここはゴースト」みたいにイメージを言葉で伝えてくださるのも分かりやすいです。こちらも“正しく叩く”というより、どういう状況で、どう音を放つかを常に意識するようになります。
――3人の打楽器奏者の舞台上の動きも含めて、難しさはどこにありますか?
稲野:冒頭、タン・ドゥンさんが手を上げたらそこから始まるんですけど、そこがもう「タン・ドゥンの世界が始まる」瞬間で。歩きながら踏み外さないようにステージに上がって、自然に譜面もめくって座って…一連の流れがある。再演は初演よりはスムーズになりました。それと、3人の息を揃えるのも重要です。お客さんに届いている音の距離感を頭に入れて、音を“耳で追う”と遅くなってしまうので、横目で動きを見ながら合わせたりします。
――打楽器奏者の役どころが「ミューズ(MUSE)」と呼ばれています。打楽器奏者=「ミューズ」としての役割は、どう捉えていますか?
稲野 :日本風に言うと巫女さんみたいな感じでしょうか。人間として前に出るというより、何かを“つなぐ”存在です。自然の一部になって音を出す、空間に溶け込ませて放つ。叩く・演奏するというより、舞台装置の一部になって、自分を消して溶け込むと、しっくり入る感じがあります。
――この作品では、踊りながら演奏しているようにみえる場面もあり、普通の演奏ではないところがこの作品の打楽器の魅力であり演奏上の難しさもあるのでは?
稲野 :叩くときも、踊りながらというか……でも“わざとらしい踊り”になったら変なので、その加減が難しい。タン・ドゥンさんがやるとかっこいいんですけど、女性がやるとまた違う見え方になるので、バレエ的な動きも少し意識しつつ、自然に舞台に馴染むよう心がけています。普段の打楽器奏者の身体とは切り替えますね。オーケストラも鳥みたいな音を出すような、通常と違う吹き方・鳴らし方が入っていたりしますね。オーケストラの方々が、楽譜をめくって音を出す場面もあります。
弓も使い、幻想的な世界を創り出す
――このオペラの好きな場面、この作品を演奏する醍醐味は?
稲野:最後、音が水だけに戻っていって、ライトが消えていって、水で終わる静けさが大好きです。あと始まりの緊張感も好き。楽器だと、大きな紙のスクリーンを揺らして音を出すところがいちばん入り込めますね。
演奏していてこれだけ楽しいから、前回見た人でも、今回は新演出で衣裳も違うし、オーケストラもキャストも変わるので、絶対楽しいと思う。自分のパートが休みの小節でも聴こえてくる音楽で「今この場面だな」と分かって、ワクワクする作品です。観ている方も五感で楽しめると思います。