アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
特集ページへ

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2026
ホルショフスキ・トリオ ピアノ三重奏の核心

相沢吏江子(ピアノ)インタビュー【後編】

渡辺 和(音楽ライター)

ホルショフスキ・トリオのピアニスト 相沢吏江子さんへのロングインタビュー。後編では、いよいよホルショフスキ・トリオ結成へ。
恩師の名を冠した経緯をはじめ、常設のピアノ・トリオとして追求し続けるアンサンブル、固い信頼関係から生まれるグループサウンドの魅力について、さらには今回演奏するシェーンベルク、ハイドン、レベッカ・クラークのプログラムに込められた深い情熱と作品の核心に迫ります。

◆ホルショフスキ・トリオ結成

――常設団体を本気でやろうと思ったのはどうしてですか?
 私たちのトリオの前のチェリスト、ラーマン・ラマクリシュナンのアイディアだったんですよ。彼がダイダロス四重奏団で演奏に出た時に、ある主催者が勘違いして、「ラーマン、あなたは吏江子とトリオも持ってるよね?」って訊いたんですって。後日彼がうちに遊びに来たときに、冗談で、ヴァイオリニストで私の夫でもあるジェシーと3人でトリオやらないか、って話になったんですよ。ラーマンとジェシーはたまたま中学生の頃からの幼馴染でしたので、このトリオの結成のきっかけは、意外な形で突然来ました。(笑)
 でもいざ名前を付けるときに、もちろん人に覚えていただき易い名前がいいけど、自分たちにとっても意味のある名前がいいよねと。尊敬できる人とか、なんか大切なメッセージが秘められている方がいい、って。だから私は例えとして「ホルショフスキ」みたいな、そういう心に響くような名前がいいな、って言ったんですよ(笑)。そしたら2人も、他にこれ以上の良い名前を思いつかない、って。自分たちもホルショフスキの演奏をすごく好きだし彼はとにかく人間的に謙虚で、誠実で素晴らしい音楽を作った人として有名。私たちが彼のレガシーを繋げるという意味で、最も意味のある名前だよ、っていうことで、この名前になりました。

ホルショフスキ・トリオ
(左より)ジェシー・ミルズ(ヴァイオリン)、相沢吏江子(ピアノ)、オーレ・アカホシ(チェロ)
ニューハンプシャー州に新しく完成したコンサートホールのこけら落としにて(2026年1月、本人提供)

――ホルショフスキさんでピアノ・トリオというと、カザルスとやっているホワイトハウスの録音などがまず思い出されます。ピアノ・トリオ奏者としてのレガシーをどのように意識なされるのでしょう?
 名前に対する責任はすごく大きく感じています。今もホルショフスキさんの奥様を訪ねに行ったりコンタクトもありますし。でも実際にトリオとして音楽を作るとなったら、それはもう私たち3人の声です。ホルショフスキさんがシュナイダーさんやカザルスと弾いていた時の音の再現ではない。でも精神的には、私達が尊敬するホルショフスキさんの音楽家としてのインスピレーションは反映していると思います。私たちはトリオだけど、We are the Trio of four peopleという感じ。ヴァイオリン、チェロ、ピアノでも、4人目は作曲家です。作曲家に対する敬意を、私たちの音楽作りの中ではすごく大切にしています。ホルショフスキさんがそういう音楽作りをされていました。

――ピアノ・トリオという形態の特殊性はありますか?
 他の弦楽四重奏と比べて違う魅力があるのは、まず音域の広さですよね。それからもちろん、ピアノ・トリオは3人のソリスティックな部分もあります。でも私たち常設トリオができるピアノ・トリオのグループサウンドという意味では、あるときはピアノが弦楽器の中に入っているような音作り、ときには弦楽器が私のピアノの中に入っているような音作りなどが出来る。ブラームスのトリオとかシンフォニックなスタイルだったら、時にはピアノが金管楽器のような響きも作り出せたりとか。そういう意味で、いろいろな音作り、音の綾も含めて、幅広いテクスチャーも作れる。それがピアノ・トリオの魅力だと思います。

――ピアノ・トリオって、ピアノばっかり聴いてしまうんですよね。
 難しいのは、やっぱりバランスです。毎回会場によって与えられるピアノが、全く違う。私も与えられたピアノとの一体感が持てるように調整しないといけないし、同時に私と一緒に弾いている弦の人たちも、与えられたピアノにいかに反応できるか、自分の弦の音を生かしながらもピアノの音とのニュアンスにいかに溶け込められるかという、そして3人がどう耳を使いこなして融合されたトリオの響きを作り出せるか、それがチャレンジングな部分ですね。

ホルショフスキ夫人のイタリアの自宅にて(2023年8月、本人提供)
テキサス州の大学図書館に収蔵されているラヴェル:ピアノ三重奏曲 イ短調の自筆譜とともに(2024年7月、本人提供)

――相沢さんも最近はコンクールの審査員とか教育とかなさっていますけど、そういう立場からするとピアノ・トリオって何が大事なんでしょうか?
 私は、特にアメリカに来てからすごく先生に恵まれていた思うんですよね。やっぱり、ホルショフスキさんを始め、非常に人間味に溢れた方でした。ホルショフスキさんが亡くなられた後はピーター・ゼルキンさんと勉強しましたが、ピーターさん自身もホルショフスキさんについた方だったので、2人のスタイルは違うけれども、根本的に音楽に対する姿勢は同じだった。やっぱり、いいアーティストであるには、それなりの創造力、頭脳も技術も感性も必要だけども、最終的には誠実な人間性が非常に大事だと思うんです。
 ソロを弾くにあたっても、楽器の値段とは関係なく、出す音の質から人間性も現れてしまいますよね。特に室内楽は、共演者をサポートし、そしてサポートしてもらう。いい人間性がないと、いい音楽も最終的には作れないと思いますね。

ドイツ各地にて全19公演のツアーを開催(2022年3~4月、本人提供)

◆演奏曲について

――チェンバーミュージック・ガーデンで演奏する曲についてお話くださいますか。まず、アメリカの作曲家のレベッカ・クラークですが。
 クラークはとてもいい曲、作曲家のバックグラウンドも面白いんです。彼女は女性として活躍しにくい時代に生きていた人でした。この曲を彼女がコンクールに出し、賞を取ったんですよね。でもコンクールには男性の名前を使って参加したというエピソードがあるんですよ。数年前にこの曲をニューヨークで弾いたときに、レベッカ・クラークの甥が聴きにいらしていて、「他にも彼女に関しては色々なエピソードがある中、実は謎も多い」って仰っていました(笑)。でもその甥の方にお会い出来たのは、私たちにとって大きな思い出です。

――位置づけとしてはロマン派ですよね。
 そうですね。イギリス系アメリカ人だけれども、彼女のスタイルは、東欧のような印象に残る独特な音楽言語があって、ドラマチックだけど繊細な音色も多く、何度も聴きたくなるような音楽だと思います。彼女はもともと書き残した作品はあまりなく、でもヴィオラ・ソナタとこのピアノ・トリオはやはり、名作です。

――シェーンベルクはアレンジ作品なのですね。
 はい、2024年がちょうどシェーンベルクの生誕150年でしたよね。私自身、《月に憑かれたピエロ 》とかシェーンベルクがすごく好きなんですよ。ヴァイオリンのジェシーはグラミー賞を2回ノミネートされていますが、それは全部シェーンベルクの作品の録音からです。だから、私たちも記念の年をきっかけに何かシェーンベルク のものをプログラムに入れたいと考えてたんです。でも、シェーンベルクはピアノ・トリオを書いていなくて、作曲家自身でない他人がアレンジした《浄夜》しかない。私自身は、正直、元々、アレンジものの曲は好きではないんです。やっぱりオリジナルがいいんですよね。でもこのソロのピアノ曲、作品19に限っては、トリオの3つの楽器を通すからこそ、ピアノ一台以上に、オリジナルの音のニュアンスとその音の綾を、自然な形で生かせられる可能性を強く感じられたので、編曲することに成功できたと思います。ジェシーはこの曲の中で、ヴィオラに持ち替える部分も所々あります。

レベッカ・クラーク(1886-1979)
レベッカ・クラーク作品を聴きに来たクラークの甥(写真左)と(2023年7月、本人提供)

――ずっと相沢さんの頭の中で鳴っていたのを、ピアノ・トリオの形で表に出したみたいな感じですか。
 そうですね、シェーンベルクの作品11(「3つのピアノ曲」)をピーター・ゼルキンと勉強した時に、お父さんのルドルフがこの曲をシェーンベルク自身に弾いた時のエピソードを教えてくれました。シェーンベルクに「もっともっと情熱的に、もっともっと激しく!」と言われたそうです。そう聞いて、アカデミックではない、ものすごい感情、色が豊かな音楽なんだなと確信しました。
 ウィーンで弾いたときに、近くにシェーンベルク・センターがあって、そこでたまたまカンディンスキーとシェーンベルクの友情関係の展示会を訪ねることができました。シェーンベルクもたくさんの絵を残している。カンディンスキー以外にも、あのガーシュウィンはシェーンベルクの弟子入りすることは断わられたけど、お互い絵が得意だから、絵を通しての交流で友情を築こうとしたとか。そういうエピソードを聞けば聞くほど、ああ、やっぱりシェーンベルクって人間味あふれた作曲家なんだな、って。この作品19は、曲としては小さいけれども、内容は深くて、6つの小さい絵がひとつのセットとして美術館に飾られているというイメージを持っています。

――ハイドンのピアノ・トリオは、ピアニストとしてはどう感じますか?
 実際に書かれている作曲法としては、私の左手とチェロは同じ音であることが多いんです。ですから私にとってのチャレンジは、いかにチェロの音を生かせるか。ハイドンを弾くときは、私の右手と左手は、かなり違うことをしてますね。左手は常にチェロとの一体感を大事にしています。
 私が初めてマールボロ音楽祭にいったときに、ルドルフ・ゼルキンさんがこの曲を弾いていらっしゃっていて、ヴァイオリンはクリスチャン・テツラフでした。ルドルフはリハーサルも本番もすべて、いつも私に譜めくりをさせてくださっていた んですよ。リハーサル中に3人がああだこうだ論議している中、言葉があまりわかってない中学校2年生の私にまで「ここどう思う?」って質問されたり。”What do you think? Do we sound better?”って(笑)いつも、そういうふうに私を輪の中に入れてくださっていました。だから私としても、子どもなりに、音楽に接するときは、真剣に責任を持って聞かないといけない、という心構えもゼルキンさんに教わった感じでした。「どう思う」って言われても、あえて答えは言えませんでしたけれども、それを訊いてくださるだけでも、ものすごく刺激が大きかったですよね。

(左)アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)
(右)フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)
  • メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第2番 ハ短調(ホルショフスキ・トリオ公式YouTubeチャンネルより)

  • レベッカ・クラーク:ピアノ三重奏曲(ホルショフスキ・トリオ公式YouTubeチャンネルより)

チェンバーミュージック・ガーデン
特集ページへ

ページ上部へ

チケットに関するお問い合わせ

サントリーホールチケットセンター

0570-55-0017

サントリーホール・メンバーズ・クラブWEB新しいタブで開きます