アーティスト・インタビュー

日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 16

出演者インタビュー(1) 岡本誠司(ヴァイオリン)

日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。“クラシックの「今」をシェアする”をテーマに、2021-22シーズンが始まります。6月7日開催のVol.16には、ヴァイオリニストの岡本誠司さんが初登場です。数々の国際コンクールで栄冠を手にし、現在はドイツで学びを続けながら、ヨーロッパと日本を中心に演奏活動をされています。「王道を歩む天才肌」と注目される若きソリストは、どんな人物なのでしょうか?お話を伺います。

――今はベルリンで暮らしていらっしゃるのですね?

はい。(東京藝術大学を卒業後)2017年秋から、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学の修士課程に留学しました。どうしてもレッスンを受けたい先生(アンティエ・ヴァイトハース先生)がいらしたので。修士課程を修了し、今は演奏活動を行いながら、クロンベルク・アカデミーで学んでいます。

練習やマスタークラスの合間によく散歩をするクロンベルクのヴィクトリア公園

――世界屈指の弦楽器奏者を輩出しているアカデミーですね。錚々たる指導者陣と聞いています。

もともとは世界的チェロ奏者ロストロポーヴィチさんがプライベートに始めたアカデミーで、今は弦楽器と、最近ピアノ科もできて、全部で30人ほどが世界各国から学びにきています。特定の先生に師事して、個人レッスンを受けるほか、世界的な演奏家や指揮者、レジェンド的存在の音楽家がいらして、マスタークラスを行ってくれるんです。とても恵まれた環境で、刺激を受けています。アカデミーは、フランクフルト郊外のクロンベルクという町にあるので、月に2~3度はベルリンから片道5時間以上の電車旅を楽しんでいます。
[参考]クロンベルク・アカデミーについて(チェンバーミュージック・ガーデン2020特集ページより)

――コロナ禍では、どのような状況ですか?

ヨーロッパでは演奏活動もままならず、という状況がまだ続いています。が、逆に言えば、学校は教師陣も生徒も演奏活動がない分、時間があって、マスタークラスの機会も増えました。自分でも日々、音楽を深めようと探究していますが、先達から学ぶことはとても多いです。

Kronberg Academy ©Andreas Malkmus
コロナ禍においてドイツで行えた数少ないコンサートの一場面。クロンベルクでの演奏会

――日本とドイツの往来も、しばらくはまだかなり不自由ですね。

でも、日本では聴衆の皆さんの前で演奏できる機会があるので、天国です!
今回の帰国(3月に取材)でも2週間の自宅待機期間を経て、各地で演奏会を行う予定です。昨年はドイツと日本を3、4回往復しましたから、70日間以上は家に缶詰になっていたことになりますね(笑)。まあでも、家に籠もって練習をするのは、いつものことなので。

――昨年から3年計画で開催しているリサイタルシリーズはバッハの作品で始まったそうですね。今回の「とっておきアフタヌーン」でも、J. S. バッハ『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調』を演奏していただきます。

はい、もともとバッハが好きということもあり、2014年にドイツ・ライプツィヒのJ. S. バッハ国際コンクールで優勝したことがきっかけで、演奏の機会も多くいただけるようになりました。「とっておきアフタヌーン」で初めて僕の演奏を聴いていただける方にも、知っていただく良い機会かなと思いまして。バッハのヴァイオリン協奏曲としては日本では演奏される機会の少ない作品を、あえて選びました。『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 BWV 1052R』、とても力強い作品です。短調ではありますがブリリアントで、かっこいい。実はチェンバロ協奏曲第1番として知られている曲なのですが、もともとヴァイオリン協奏曲として作曲され、バッハ自身がチェンバロのために編曲し直し、そちらの方がポピュラーになったんですね。でも、バッハの頭の中で最初に鳴っていた音はヴァイオリンとオーケストラ。その楽譜は失われていたのですが、後世の人が再構築し、楽譜にしたという作品です。

Kronberg Academy ©patriciatruchsess.com
クロンベルクでの演奏会

――もう1曲弾いていただくのは、ヴィエニャフスキ『華麗なるポロネーズ第1番 ニ長調』。岡本さんは、ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンクール(2016年)でも受賞されていますね。

ヴィエニャフスキはポーランドの国民的作曲家で、ピアノのショパン、ヴァイオリンのヴィエニャフスキと並び称され、愛されています。『華麗なるポロネーズ』は、日本でもヴァイオリンの学生だったら一度は必ず弾く曲です。ピアノ伴奏で演奏されることが多いのですが、オーケストラ版がめちゃくちゃかっこいい。金管のファンファーレで華やかに始まり、ヴァイオリンの魅力をたっぷり詰め込んだ、技巧的に魅せる部分もあり、ポーランドらしさに富んだ叙情的メロディーもあり、ただただ楽しい7分ほどの曲です。

――広く演奏活動をされている岡本さんですが、サントリーホールでのソリストとしての演奏は、実はこの「とっておきアフタヌーン」が初めてと伺いました。

ソリストとして大ホールに立つのは初めてになります。一昨年の夏、ピアニスト反田恭平くんと若手管弦楽器奏者16名で創設した「MLMナショナル管弦楽団(現在はジャパン・ナショナル・オーケストラに改名)」のツアーで、初めて大ホールの舞台に立ちました。アンサンブルと、ソロでも1曲。それ以来で、オーケストラとこの舞台で共演させていただくのは初めてです。そして、日本フィルの皆さんと共演させていただくのも、指揮者の川瀬賢太郎さんとも初共演、お会いするのも初めてなので、本当に楽しみです!

――川瀬マエストロは後ほどここにいらっしゃいますので、初対面の場となりますね。初めてづくしのフレッシュな演奏会、とても楽しみです。サントリーホールとの出会いはいつだったでしょうか?初めていらしたときの印象は?

初めてがいつだったかはあまり覚えていませんが……小学生になるかならないかの頃から何度も演奏会を聴きに来ています。両親は音楽家ではありませんが、僕は縁あって3歳からヴァイオリンを始めたので、海外や日本で大活躍されているプロの演奏家の演奏を小さい時から聴かせておこうという、親の思いや先生のアドバイスもあったのでしょうね。
学生の時には、ウィーン・フィルの公開リハーサルを聴かせていただいたことも強烈に印象に残っています。日本のオーケストラの定期演奏会も、いろいろなタイミングで聴かせていただきました。オーケストラの生音を聴くだけでも、何か新しいインスピレーションがわきます。ヴァイオリン以外の楽器の演奏会を聴くのも、とても好きです。自分の知らない作品や縁遠かった作曲家の作品に巡り
合えたり、いろいろなインプットができるのが楽しいですね。

川瀬賢太郎さんと合流後のインタビュー風景より
対談は、下部のリンク「出演者インタビュー(2)」からご覧ください

――コンサートを聴くことが、新しいインプットになるんですね。

もちろん文学や絵画など音楽以外からのインプットもありますが、なにしろ、自分が演奏する時に作品から何を受容できるのか、受け手側の中身も豊かであればあるほど、より多くのものを作品から受け取れて表現できると思うのです。作曲家の全体像を掴むためにも、室内楽や交響曲、ピアノ作品や様々な楽器の協奏曲まで聴いてはじめて、どういう表現をしたかった人がどんな表現のレパートリーの中でこういう曲を書いたのかと、表現のイメージや音のイメージが見えてきます。このサントリーホールでは本当にいろいろ聴きました。その経験から、きっとこのステージで弾くのは最高に気持ちいいんだろうなと思っていたところに、2019年に初めて弾かせていただいて。

――演奏された印象は?

2000席を超える会場ですが、なにかとても親密な空気を、舞台上でも、客席とも感じることができました。ホールの佇まいや、その場の空気感から、自分がとてもナチュラルな状態でいられる。「こう弾かなければ」みたいなストレスがなく、何も無理することなく、いちばん自由な状態で演奏表現をすることができると感じました。今度の「とっておきアフタヌーン」でも、同じように演奏を楽しめたらと思っています。

――ソロでのリサイタル、室内楽、オーケストラとの共演と、幅広い演奏活動をされていますが、それぞれの演奏に違いがありますか?

マインドは一緒ですね。本質的なところは何も変わりません。誰かに何かを伝えたいという想い。作品や楽器は、その媒体です。クラシック音楽というのは、ひとりの作曲家が人生をかけて、人生のいろいろなタイミングで書いた曲、そうやって何十人、何百人もの作曲家たちが紡いできた作品が、楽譜という形で現代に残っているわけです。それを、よりストーリー性をもって演奏し皆さんと共有できたらと、いつも思っています。自分が今この作品を弾く意義はなんだろう、と考えます。
音楽に対する考え方も、作品から見えてくる景色も日に日に変わっていきます。初めて取り組むときのフレッシュな発想とインスピレーションのまま弾くのも素敵だし、日々音楽を深めようと探求し、巨匠の方々のように何十年も積み重ねた先にある熟成されきったひと雫……そんな魅力的なひと雫が出せるような音楽家になりたいなあと思っています。

――同じ曲でも同じ演奏は2度とないですものね。

それが生の演奏会、ライブの良さですよね。同じ演奏家が同じプログラムを演奏しても1日目と2日目では違いますし、聴かれる方の体調や気分などの状態によっても全然変わるでしょうし。演奏者ひとりひとりが作品から何を得て何を伝えたいのか。アンサンブルは、イメージをどう共有するかが面白いところ、そして難しいところでもあります。指揮者とソリストとオーケストラとの三位一体で、ひとりでは思いもつかなかった、成し得なかった領域まで昇華していけるのがコンチェルト(協奏曲)の楽しさです。

ベルリンでの散歩の定番コース、近所のシャルロッテンブルク宮殿の庭園

――ますます楽しみになってきました。日々音楽の探究に精進されている岡本さんですが、音楽から離れる時間はどのように過ごされていますか?「とっておきアフタヌーン」にちなんで、岡本さんの“とっておき”を教えていただけますか?

ひとつは、何も考えずに散歩している時間かな。ベルリンは都会ではありますが、ちょっと歩けば公園も森もあって、宮殿の庭園も散歩できるし、自然が近く、歴史との距離感も近いんです。頭の中が煮詰まった時には、よく散歩するようにしています。あとは、料理とかも好きで。とくにドイツに留学し始めて、日本で食べていたようなご飯が食べたくなって。餃子とか手巻き寿司とかいろいろ作ってみてます。キーマカレーも定番です!料理は、自分の中のムードを変える時間でもありますね。夜ゆっくり、ウイスキーを飲む時間も好きです。この間、『響』の新しいボトルを買いましたよ!

とある10日間のベルリンでの自炊の記録

――お気遣いいただき、ありがとうございます!では、川瀬マエストロが到着されたようなので、引き続きお二人でお話しいただければと思います。(出演者インタビュー(2)に続く)