アーティスト・インタビュー

日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 15

横山 奏(指揮)・角野隼斗(ピアノ)対談/角野隼斗 インタビュー

日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。2020~21シーズンは、注目の気鋭指揮者と多才なソリストによる演奏をお届けしています。Vol.15に登場するソリストは、ピアニストの角野隼斗さん。チャンネル登録者数50万人超えの公式チャンネルを持つユーチューバーとしても知られています。東京大学大学院生として工学研究に勤しみ、バンド活動なども行いながら、2018年ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ受賞。この快挙をきっかけに、クラシック音楽界で本格的に活動を始められた、異色のピアニストです。

指揮者の横山奏さんとは今回初対面。まずはその現場からお届けします。

横山: こんにちは。
角野: はじめまして。
横山: YouTube見ました。すごいですねー!
角野: ありがとうございます!お会いできるのを楽しみにしていました!!よろしくお願いします。

――せっかくお二人揃ったので、さっそくですが今回演奏される『ラプソディー・イン・ブルー』のお話から伺います。角野さんは様々なジャンルの曲を演奏されていますが、この『ラプソディー・イン・ブルー』は、クラシック音楽とジャズの融合とも言うべき曲。ニューヨーク生まれの作曲家、ミュージカル作品でも人気を博していたジョージ・ガーシュウィンの20世紀初めの作品ですが、今回「とっておきアフタヌーン」で選曲された理由は?

角野: とにかく大好きな曲です。おっしゃるようにジャズ的な要素があって。(ジャズ・ピアニストの)小曽根真さんの、すごく好きな演奏があるんです。カデンツァ(独奏で即興的な演奏をする部分)の表現がものすごくて。ああいうことをやってみたいなと思っていて。自身の作曲時にも楽譜を介さず直接弾いて試した方が良いものが生まれることは多くて、今回も自分の遊びがどこまでできるか、チャレンジしてみたいなと。
横山: ソリストにとってすごく自由度が高い曲ですから、演奏するたび、それぞれの方がいろいろなことをしてくれて、そういうのが楽しみな曲ですね。角野さんも、きっと何かやってくれそうですね。

――オーケストラも、それに引っ張られて……

横山: そうですね。オーケストラはやることが決まっていますが、ソリストの演奏に対してどこまで突っ込めるか、チャレンジだと思います。ソロのところ期待しています! ……って、変なプレッシャーかけてるわけじゃないですよ(笑)。一緒に楽しくできそうです。今回、トイピアノは使わないんですか?YouTubeの演奏が凄かったから、密かに期待しているんだけれど(笑)
角野: ははは、トイピアノは……ピアニカは使えるかもしれないかな……使うかどうかわからないですけれど。
横山: ピアニカって難しいんじゃないですか?弾きながら、息も使うから。でも角野さん、息の使い方が見事。
角野: ピアニカの表現力ってすごいなって最近思っていて。めちゃくちゃ難しいです。ピアニカ奏者のレッスンを受けてみたりしたのですけれど。すごくいろんな表現、いろんな音色が出せるんです。
横山: 管楽器ですものね、オルガンと同じ。ピアノを弾く息遣いとはまったく違う。
角野: それが楽しいんです。ピアノで出来ないことが出来るんですよ。音が減衰しないので、また盛り上げられたり。
横山: なるほど。もしかしたら本当に、ピアニカ登場するかもね。これ記事になったら、やるしかないですよ~(笑)
角野: とにかく、自由な気持ちで演奏できたらと思っています。

――角野さんのYouTube LIVEなど拝見していると、その場で思いついたり視聴者からリクエストされた曲を、かなり即興的にアレンジして弾かれていますね。

角野: その場ならではの雰囲気というか、例えば喋りでも、台本を事前に決めておいてもその場で変わってきたりしますよね。演奏も同じです。
横山: 息をするように、まさに呼吸するように弾いていらっしゃいます。どんどん曲も変えていったり。そのまま出てくる感じですよね?ある程度事前に、調の展開などは決めているんですか?
角野: LIVEで流す時は、事前に決めている時と決めていない時があります。その時たまたまの流れになって、これはどこに行くんだろうって弾きながら思っていて、あ、辿り着いたみたいな。それを録音しておいて、後からアレンジの参考にしたりもします。
横山: 考え方がモーツァルトみたいですね! 
角野: やっぱり弾いてみた方が、いろいろアイディアが浮かびますね。
横山: 鳴った音が導いてくれる、音が進みたい方向に、みたいな。

――『ラプソディー・イン・ブルー』は、楽曲自体が本当にかっこいいですし、様々な楽器の音色が物語っているようです。クラリネット独奏の出だしからすでに、胸がキュンとします。

横山: ですよねー。僕としてはあそこが一番イヤなんですけれどね(笑)。どのタイミングで棒を振ればよいのか、指揮者泣かせです。クラリネット奏者も、すごい上手な人でもあれは得意不得意があって、緊張して本当にやりたくないという人もいるぐらいです。でも、あの始め方はよく思い付いたなって感じですよね。確か最初はガーシュウィンがビッグ・バンド用に書いて、それをオーケストラ用にアレンジしたのではなかったかな。

――お二人の共演が本当に楽しみです。

横山: そういえば、中学時代の同級生から最近LINEが来まして。一緒に吹奏楽をやっていた友人で、今は音楽とは関係ない仕事をしていますけれど、実は角野さんの大ファンらしいんです。熱烈な。「いつか奏が角野さんと共演できる日があればと夢見ていたら、今度一緒にやるんだね! 絶対行くから!」と。札幌から聴きに来てくれるらしいです。
角野: わー、それは嬉しいですね。
横山: 僕も、角野さんとの共演を楽しみにしています。カデンツァどれぐらいやりますか? オーケストラに戻ってくるところ、ちょっとわかりやすくしてくださいね(笑)
角野: 楽しみにしています。

――では引き続き、角野隼斗さんにお話を伺っていきます。「とっておきアフタヌーン」の前に、12月13日にはサントリーホールでソロリサイタルを行われました。ご自身が作曲された「ピアノソナタ第0番『奏鳴』」も初演され、ストリーミング配信では圧倒的な角野ワールドとともにサントリーホールの新たな可能性も伝えていただいた気がします。オンライン上ではずっと音楽発信を続けられてきたと思いますが、聴衆を前にしての生演奏は久しぶりでしたか?

リサイタルは久しぶりでした。2020年はコロナ禍で全国ツアーも見送らざるを得なくて、あれが最初で最後のリサイタルでした。サントリーホールでソロリサイタルを開催できるというのは、自分の中で本当に大きいことで、すべてをそこに賭けました。憧れのホールというだけでなく、2年前に自分の人生を変えさせられた場所なので。

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サントリーホールでのリサイタル
2020年12月13日有観客公演

――国内最大級のピアノコンクール「ピティナ・ピアノコンペティション」本選のファイナルが、サントリーホールだったんですね。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を日本フィルと共に演奏されて。そしてグランプリを受賞され、本格的にピアニストの道を。

受賞した当時はまだ、音楽の道に進めるかどうかもわからなかったですし、大学院在学中でしたので、研究者としての道も探っていました。ピアノは幼い頃からずっと好きで弾いていて、音楽は続けたいけれどこの先どうやって続けていこうかなと迷っていた時期に、コンクールに出場したのです。グランプリを受賞したことで、ただの趣味ではなくなったというか。コンサートの機会もいただけるようになって、ピティナのグランプリ受賞者としての責任も伴いますし、頑張らなければとは思っていました。

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2020年12月13日Streaming+配信

――ユーチューバーCateen(かてぃん)さんとして、すでに50万人を超えるファン(チャンネル登録者)がいらっしゃるんですね。今回の「とっておきアフタヌーン」も、クラシック音楽界全体でも、今までとはまた違った層の皆さんがコンサートホールに集まってくださるのではないかと、楽しみにしています。生のコンサートと、ご自宅でカメラを前にしての配信ライブとは、演奏される気分は違いますか?

YouTubeでのライブもチャットで反応がいただけるので、何らかのインタラクションがあるという意味では意外とそんなに変わらないものです。聴いている人の環境もそれぞれでスマホで聴いている方も多い。自由に音楽を楽しんでいただいていると感じます。でもやはり、ステージ上で聴衆を前にした本番でしか出ないアドレナリンというのがありますね。アコースティックなホールの響きと迫力についてももちろんです。

――「とっておきアフタヌーン」では、どんなところを聴いてもらいたいですか?先ほどの横山さんとのお話の中でも語られていましたが、あらためて。

そうですね、自由に音楽を楽しんでいる様子をお伝えできたらなと思っています。『ラプソディー・イン・ブルー』は、カデンツァと言っても譜面はあるのですが、ピアノソロのところで、かなり自由な気分でやりたいんです。すごく寄り道して寄り道して、戻って、寄り道して、また戻るみたいな。小曽根真さんの演奏も、それがすごくかっこいいんです。

――角野さんとジャズとの出会いは?

ジャズっぽいものをコピーして弾いてみるみたいなことは小さい頃からやっていました。大学でバンドのサークルに入って、ジャズやパンクを中心に演奏していたので、4年間、本当にたくさんのジャズの曲をコピーしたんです。700曲ぐらい。そこであらかた覚えて、そうは言っても独学なので、その解釈が正しいのかどうか不安だったので、ジャズの先生に習いに行ってみたりして。そこで、「自分が感覚的に理解していたのはこういうことだったんだ」と知るという感じで、学びました。大体僕はそういう勉強方法が多いですね、なんでも。

――大学では、バンド活動と並行して、「東京大学ピアノの会」にも入られていたそうですね。ジャズとクラシック音楽、演奏するときの違いは何でしょう?

マインドですかね。クラシック音楽のマインドは、「伝統を守る、素晴らしいものを後世にちゃんと語り継いでいく」ということだと思います。ジャズも歴史が長くなりつつあるから、スタンダードジャズとコンテンポラリーなジャズとではまた違って、スタンダードジャズは、クラシック音楽的なマインドだと思います。自由度の幅が少し違うだけで。一方、最近のジャズを見ていると、ブラックミュージックとかヒップホップとか他のジャンルと融合した新しいジャズをつくろうとしていて、面白いものがたくさんありますね。どんなジャンルでも、クラシック音楽だろうとジャズだろうとメタルだろうと、歴史が長いものは、クラシックな世界とコンテンポラリーなものがあって。新しいものは常に「こんなのジャズとは言わない」とか言われたりして(笑)。ジャンルというのは便宜的なもので、本質ではないですよね。

――大学でのご専攻は情報理工学。卒業後は、現代音楽界に大きな影響を与えてきた「フランス音響音楽研究所(IRCAM)」に留学され、研究を深められてきたというご経歴です。どういう研究をされてきたのか、詳しく、というか簡単に、伺えますか?

音楽情報処理の研究です。例えば、他の楽器の音色をピアノでどのように再現できるか。オーケストラの音源を人工知能AIが自動的に処理して、ピアノ譜に変換することができるのか、というような自動採譜の研究です。その頃よく考えていたのは、音色とは何なのか。同じ楽器、特にピアノは鍵盤を押すという動作だけなのに、それぞれの奏者によって出る音色が違う。押す力の強さとか音量とかタイミングとか、いろいろなものが合わさって音色になる。ちょっと遅くすれば少し重いように聴こえるし。そんなことをいろいろ考えていました。

――演奏者として、ピアノという楽器の可能性を追求するということにも繋がりますか?

そうですね。1年前ぐらいは、AIは音楽をつくれるのか、作曲ができるのか?というようなことを、いろいろ考えていて。芸術を機械がつくるなんてナンセンス……という視点もありますよね、きっと。でもまあ、めちゃくちゃすごい傑作はさておき、人間がつくった曲か機械がつくった曲かわからないぐらいのレベルにAIがなれたとしたら、聴く側にその情報を伝えなければ、普通に音楽として受け取るわけじゃないですか。でも音楽自体は変わらなくても、誰がどういう背景で、どういう人生の中で、どういう文脈でこの音楽をつくったかという情報が、ある意味バイアスとして入って、聴いている人の感情に影響してくるんですよね。どういう人間がつくったか、あるいは機械が自動的につくったのかで感動の度合いが変わる。結局、人というのはそういうふうに物事を捉えるわけで。多くのミュージシャンは、音楽だけでなく、立ち居振る舞いとかヴィジュアルとか、時に考え方までをも提供しているんですよね。それは演奏する者としてよく理解しなければいけないと思っています。聴くのが人間だから、人が演奏すれば、人にダイレクトに届く。人は人に感動する。だからこそ、何が本質かというのをちゃんとわかっていなければならないなと。

――ピアニストとしての演奏活動も伴って、YouTube(Cateenチャンネル)がものすごい規模になっていますが、始められる時はこんな現象になると予想していましたか?なぜこれだけの人が注目するようになったと思われますか?

なんだか質問に答えようとすると自己分析っぽくなりますね(笑)。YouTubeで大事なのは、誰ともかぶらないことと、誰にも真似できないことをすること、かつ面白くて、ちゃんと価値を感じてもらえるようなものをすること、だと思います。誰にも真似できないぐらい突き詰めなければ埋もれてしまうし、突き詰めてもそれを理解してもらえなければどうしようもないので、ちゃんとたくさんの人に価値を感じてもらえるようにと。それはずっと意識していました。

――これから、どういう音楽家を目指していかれますか?

僕は、クラシック音楽でジャズのマインドをしたいんです。今、ジャズの第一線で活躍されているような人たちは、ちゃんと学んでいるし、でも、自分の個性、他のジャンルと組み合わせたり、新しい音楽、オリジナリティをどんどん出していってる。そういうのにすごく憧れるんです。自分が一番できるのはクラシック音楽なので、クラシック的なところを生かして、そういうことをやっていきたいなという気持ちがあります。人とは違うことをやりたい性格なので。

――共演する日本フィルハーモニー交響楽団について、どのようなイメージを持っていますか?

新しいことに取り組んでいくことが好きなオーケストラなのかなと思っています。僕も新しいことが好きなので、フィーリングはきっと合うと信じています。

――最後に、「とっておきアフタヌーン」にちなんで、あなたのとっておきは何ですか? という質問を皆さんにさせていただいているのですが。

……何も思いつかないんですけれど。もともと、趣味はピアノって言っていたので(笑)。音ゲー(音楽ゲーム)も最近やってないし。

――YouTube Liveの時にいつも、お酒を飲みながら演奏されていますね。

ウイスキー好きです。ステイホームになって家でお酒を飲むことも増えて。強くはないので、ちょっとだけ飲みたいからウイスキーが便利、というところから入って、めっちゃハマっちゃったんです。スコッチをよく飲みます。『ラフロイグ』の味が好きで。あ、筋トレを始めました。体力と筋肉をつけたくて。でもこれは、とっておきではないですね(笑)。

――12月にサントリーホールで行われたリサイタル(配信)の最後に角野さんは、
「2020年はすごく大変な年で、僕自身もコンサートがまったく出来ない中で、自分の目指す先をすごく考えていました」と語りました。「自分は人と違うことがやりたくなる人間なんです。クラシック音楽をやりながらも、新しいことがやりたい。人と違うことをするのはすごく怖いこと。受け入れてもらえるかわからないし、めちゃくちゃ怖い。でもその中で、自分はこうしたいんだという気持ちを持つことが大事なのかな」とお話されました。
「とっておきアフタヌーン」では、そんな角野さんが目指す“新しいクラシック音楽”を感じることができるかもしれません。『ラプソディー・イン・ブルー』、楽しみです!