<SPIRITS OF SUNTORY SPORTS>第2弾
スキーモ:上田絢加
『山が好き、自然が好き、ずっと山にいる』後半2025.12.3

#4

サントリースポーツの活動に込められた「想い」とその未来図を、様々な視点からロングインタビュー形式で掘り下げる<SPIRITS OF SUNTORY SPORTS>シリーズ。
第2弾、スキーモ:上田絢加選手へのロングインタビュー後半です。
前半: <SPIRITS OF SUNTORY SPORTS>第2弾『山が好き、自然が好き、ずっと山にいる』前半

上田選手が語るサントリー精神とは?

どうやったら実現できるか

――良い会社だと感じているサントリーから、今となって得たと感じるものは何ですか?

上田:いっぱいあると思うんですけれど、チャレンジするという姿勢、そこにいろいろな要素があると思うんです。「失敗したらどうしよう。」と思うこともゼロではないですけれど、それで辞める理由を考えるよりも、どうやったら実現できるかと前向きに考えていくという姿勢は、いちばん学んだことだと思っています。

――もともとその資質を持っていたのでは?

上田:そうでもなかったんじゃないかなと思います。どちらかと言うと私は、学生時代はあまりスポーツでは成功していなくて、大事なところでチャンスを逃すタイプでした。だから、今はだいぶポジティブ側に行きましたけれど、サントリーに入る前はもっとネガティブだったと思います。サントリーでもミスを犯したりして、営業時代のエピソードで言うと、自分自身が画面上で作った棚割り(*陳列棚のどこにどのくらいどの商品を配置するか決めること)を実際に現場で再現すると、ひとつ高さが登録されていたデータより高く、棚段に入らない商品が出てきた、それがほぼ全店、みたいな。それが発覚したときに、すぐに上司に「すみません、こういうことをしてしまいました。こういうふうにリカバリーを取ろうと思います。良いでしょうか?」みたいに言ったら、「じゃあ、手分けしようよ」と言ってくれました。

あ、そっちに行ってくれるんや、まず怒られると思って言ったのに、「じゃあ、それをカバーするためにみんなで動こうよ」という姿勢。サントリーで「そういう選択肢もあるんだ」ということを学びました。あとはコミュニケーション能力が高い人が多いので、自然と良い流れに乗って、サントリーにいたらコミュニケーション能力は自然と上がなると感じました。

――サントリーを辞めてもサポートしてもらっているというのは、どんな感覚ですか?

上田:とても嬉しいです。私は苦渋の選択でサントリーを辞めることにしたので、サントリーの人たちはみんな大好きですし、サントリーを辞めて関係が途絶えることは寂しいと考えていました。辞めてからも支援してもらえるということは、もちろん金銭面も嬉しいんですが、それ以上に心の面で、元いたサントリーの大好きな人たちに応援してもらえているという感覚が、今はとても自分の糧になっています。

――広報部にいたというキャリアは、今の自分にとってどうですか?

上田:逆に取材される側になって、「こういうところに気を遣えばよかったな」と思う点もあります(笑)。当時はここまではやっていたけれど、もっと気持ち良く取材を受けてもらえるようにさらにこうすれば良かったなとかなと思うこともあります。逆に取材する側の気持ちがわかることもあって、記者さんは「こうしたいんだろうな」とか、「たぶんキャッチーなタイトルにできるようなワードを出した方が記事にしやすいだとうな」とか、ついそういうことを考えてしまいますね(笑)。

――それは自分のためにもなりますよね

上田:なります、なります。例えば、タイアップ記事と編集記事の違いとか広報部に入るまでわかっていませんでしたが、いまはそれを知った上で取材を受けて、「ここは修正してくれるけれど、ここは難しいだろうな」ということが感覚的にわかるので、記者さんやメディアの皆さんとは話はしやすいですね。

サントリー社員時代の上田選手
サントリー社員時代の上田選手
いつからでもチャレンジ

――自分を売り込んだり、スポンサーを獲得したりすることも必要だと思うので、営業と広報の経験は活きてくるんじゃないですか?

上田:めちゃくちゃ活きていると思います。成績だけなく、私にしかない「自分の魅力はどこだろう」と考えて、それを上手く伝えるように心掛けています。いまスポンサードしていただいているスポンサーの皆さんは、私の成績だけじゃなく、チャレンジ精神といった想いに共感して応援いただいているのでとてもありがたいです。

――自分の魅力は、自分ではどう考えていますか?

上田:オリンピックを目指す選手やオリンピックに出た多くの選手は、小さい頃からそのスポーツをしていて素晴らしいと思います。でも私は小さい頃そういった選手に対して、違う世界の人みたいな見方をしていました。でも「私なら違う気づきを感じてもらえるんじゃないか」と思ったんです。普通に会社員として生きて、その間もできる限りのことをやりながら競技は続けていましたけれど、29歳にしてスポーツ選手という道を選びました。いまでも「なんでサントリーを辞めたんですか?」と聞かれますが、みんながそう思うくらい良い会社を辞めてまでやりたいことに突き進むことになりました。「いつからでもチャレンジしても良いよね」、「やれることをやって、環境を作って、ベストなものを作り上げれば、目標は達成できる」、そういうことを伝えられる経歴を歩んできているのは、自分の中で強みだと思います。だから、いろいろな引き出しがあると思っていて、スポーツだけをやってきたわけではないですし、仕事だけやってきたわけでもないですし、挫折をした経験もありますし、いろいろな方向から見ることができる視野はあると思っています。

――今は群馬県にある会社に所属しているんですね?

上田:はい、中央カレッジグループという専門学校や高等専修学校を運営する会社に所属しています。

――そこではどういう業務をやっているんですか?

上田:広報本部にいて、入社した1年目は午前中に練習して、午後に出勤していました。去年の夏場からは理事長に相談して、「できるだけトレーニングしたい」とお願いをして、今はトレーニングがメインの生活を送りながら、取材対応や高校や専門学校でお話をする機会もいただいています。

――それは授業として話をするんですか?

上田:そうです。授業の1コマをもらって、先ほどお話したような、私はこういう経歴を歩んできて、だからこそ感じること、目標を決めたときにどう組み立てて目指していっているかとか、そういう内容です。

――教えることは面白いですか?

上田:私は前で話すことが苦手で、話しているときは「伝わっているかな」とか、とても不安です。でも学校によっては感想文を集めてくださるのですが、そこには感じたことや、「明日からこういうふうにしようと思います」、「学級委員に立候補するかとても悩んでいましたが、立候補することに決めました」というような内容も書いてあって、何かに踏み出すきっかけになっている様子も見られて、それを聞く瞬間はめちゃくちゃ嬉しいですね。

高校生に向かって話す上田選手
高校生に向かって話す上田選手
ずっと山と一緒にいられる

――さてオリンピックですが、オリンピックにはまだ出場が決まっていないんですよね?

上田:はい。12月の今シーズンのワールドカップの1戦目が、オリンピックの最終予選になります。

――そこで絶対に勝たなければいけないんですね?

上田:そうですね。周りの順位にも左右されますが、ライバルの国よりも上に行かなければいけません。今回新種目採用ということもあり、世界で男女18人ずつの枠しかありません。ですので、各国非常に厳しい国枠争いが繰り広げられています。

――自信の程は?

上田:日本が国枠を取るためには、次の大会で相当良い成績を取らないと難しいです。選考基準がとても複雑なんですが、現状リレーランキングで日本は15位にいますけれど、10位以内に浮上しないと厳しいと思います。それは結構大変なことなので、日本チームでミスをしないベストな走りをした上で、チャンスが巡ってくることを待つという感じです。

――もしダメだった場合、5年後はどうするんですか?

上田:目指したいと思っています。ただ、自分の人生としてどういう設計をするかということは女性にとっては難しい問題でもあります。私はどんな人生の節目があっても「もう一回アスリートとして戻ってきたい」と。そこはブレません。

――そういう選手もいるんですか?

上田:海外ではいっぱいいます。選手生命がとても長いスポーツなんです。日本のスポーツ界全体で見れば、そこを切り拓くという意味でもチャレンジをしたいという想いもあります。それもひとつの「やってみなはれ」だと思っています。海外の選手はたくさんいますが、日本ではあまり実現していないところを、「こういうやり方だったらできるよね」と、自分のやり方で示していきたいと思っています。

――オリンピックを抜きにしても、山は一生ものですか?

上田:それは一生だと思います。山は走れなくなれば歩けばいいし、高い山に登れなくなれば低い山に登れば良いし、関わり方を変えればずっと、極論を言えば死ぬまで、山と一緒にいられると思うので、ずっと山にいると思います(笑)。死ぬその日の朝まで山に登れたら幸せなんじゃないですかね。

一生ものの競技を楽しむ上田選手
一生ものの競技を楽しむ上田選手
心地よいプレッシャーと感謝

――サントリーとの未来は?

上田:サントリーは会社にいるときも思っていましたが、辞めてからも本当に「やっぱり良い会社だな」と思います。スキーモをやらなければ良かったという思いはないんですが、特に辞めてからの方がそう思います。良い人ばかりですし、1を伝えたら10まで理解してくれるし、何なら「これはどう?あれはどう?」みたいな方が多くて、人間関係で本当に悩みませんでした。周りの方々が良い人ばかりだったと思います。

そんな会社に引き続き応援してもらえることは嬉しいですし、サントリーに応援してもらっているからこそ、今いる社員の皆さんからもレースが終わったらLINEが来たり、インスタで「応援しているよ」って言ってくれたりします。実際に皆さんとのやりとりも続いていますし、辞めた年には私の同期と先輩が発起人となって、「上田さんは退職するけれど応援しましょう」と、私と関りがあった社員さんに呼び掛けてくれて、会社とは関係なく有志からカンパを集めてくれました。

最初は所属先に入社する前でしたし、本当にその資金に助けられました。本当に多くの方に応援していただけて、会社の業務がたくさんある中で、追加してこれもやろうと思ってくれるサントリーの人たちは素晴らしいなと思います。

多くの方の貴重な時間と資金をいただいて恐縮する気持ちが強かったですが、「絶対に気負わないで。私たちがやりたいだけだから」と言ってくださったり、「プレッシャーになるかもしれないけれど、感じないで」という言葉まで添えてくれ、心地よいプレッシャーと感謝にかわりました。本当にありがたかったです。

他の人と違うところ

――海外のレースでは山のてっぺんに人が応援であふれかえっているそうですね?

上田:何千メートルのところに花道ができるみたいな感じです。アルプス周辺の人たちは熱くて、スポーツとして応援するという土壌があるので、そういうところは日本でも継承できたら良いなと思います。個人的には、そもそもサントリーが自然環境の保護にも力を入れていますし、「逆にサントリーのために私に何かできることはあるかな」と日頃考えているんですが、例えば山の保全活動など、何か一緒にできたら良いなと思っています。

――将来のひとつの方向性として、リーダーが向いているんじゃないでしょうか?

上田:今まで見てもらった上司の方々は「上田はリーダーじゃないよな」と言うと思います(笑)。どちらかと言うと、下の方でゴニョゴニョやっているタイプです(笑)今は自分でやっているわけですが、でも私がリーダーというわけではないんですよ。周りの方がしっかりしてくださっていて(笑)、最近はアスリート・ファーストじゃなくて、アスリートを中心に据えていろいろな方々、マネージャー、フィジカル、栄養士さんがいて、「アスリート・センター」という言い方をします。私がやりたいことを伝えて、それに対して「ここならできるよ」、「じゃあ、それをお願いします」みたいな感じなので、私がリーダーではぜんぜんない感覚です。

――スキーモのリーダーの一人ではありますよね

上田:私の中では、できるだけ取材してもらってスポンサードしていただいている会社に恩返しすること、そしてリザルトを出すこと、そのふたつが大きなものだと思っていているので、取材に来てもらえるように、インタビューしていただいた際にはできるだけ記事にしやすいキャッチーなことを話したり、「他の人と違うところはここです」という部分をできるだけ出すようにしたりしています。インタビューされる側になって、インタビューをされるほど、記者さんの反応を見て、「自分はここは普通だと思っていたけれど、そこが面白いんや」みたいなところもわかってくるので、それはトライ&エラーで学べていると思います。

インタビュー中の上田選手
インタビュー中の上田選手
リアル感のある「頑張れ」

――サントリーの他のスポーツはどんな印象ですか?

上田:私が関わりが多かったのはラグビーのサンゴリアスです。同じ部に真壁(伸弥)さんもいたし流(大)さんもいましたし、入社して間もない頃は石原慎太郎さんと同じ企業を担当していましたし、その後は田村煕(現 浦安D-Rocks)とペアを組んでいました。当時、ラグビーにはあまり親しみがなかったんですが、先輩や同期が試合に出るというので何度か見に行っていました。あの場で見ると、当たり前ですが皆さんフィジカルがめっちゃ強いじゃないですか。煕に「あれ、怖くないん?あんなでっかい選手が向かって来て」と聞くと「いや、怖いよ」って言っていて、「あ、同じ人間なんや」って(笑)。そういう関わりがあったので、ラグビー部に関しては試合で見ると強くてカッコいい感じですけれど、みんながめちゃくちゃ優しくて、とても良い人たち、優しい人たちというイメージです(笑)。

――バレーボールのサンバーズについてはどうですか?

バレーは大阪が拠点なので、大会を見に行くタイミングがなかったんですけれど、藤中くん(謙也/現 ジェイテクトSTINGS愛知)が同期ですね。“やってみはなれ”をいろんな角度からサントリーは取り上げていて、そのひとつがスポーツだと思います。内側目線になってしまうかもしれませんが、逆にいま外に出て、サンゴリアスやサンバーズは社員とスポーツ選手の関係性が近かったんだなと感じることがあります。サントリーの場合は、私がいた頃は距離がとても近くて、会社で会ったときに「頑張れよ!」みたいなノリで応援できるし、それが良い循環になっていると感じていました。サントリーにいるとサントリーしかわからないので、それが普通の感覚になっていたんですが、私も含めてですけれど、選手の頑張りが他の社員の皆さんの「じゃあちょっとやってみようかな」という気持ちにしっかりと繋がっていて、そして会社の方からの距離感のある「頑張れ」じゃなくて、リアル感のある「頑張れ」ももらえるので、選手もまた頑張れる。その循環が綺麗にできているのではないかと、外に出てから思いました。

――選んだ競技にも壁がないんですね

上田:私は最初、サントリーを辞めた年に海外遠征にひとりで行って、ひとりでオーストリアの氷河を登っているときに、たまたまオーストリアチームが合宿していたんですよ。私のことなんて一切知らないけれど、「ひとりで日本から来たから合宿に混ぜてもらえませんか」って言って、オーストリアチームのコーチに直談判して、「良いよ」って言ってもらいました。当時はぜんぜんついていけなかったんですが、そこで一歩踏み出して、一緒に練習できたからこそ感じられた部分や、「この部分が足りていない」と感じることができました。オーストリアは表彰台にも登る強いチームなので、最初はあまり良いように思っていないなと感じていましたけれど、私が頑張ってついていくもんだから、「大丈夫か?」って気を遣ってくれるようになってくれました。

――その切込み力というか開き直りは、サントリーを辞めたからこそじゃないですか?

上田:サントリーを辞めたことはめちゃくちゃあると思います。ここまで良い会社を辞めて、やり切らなければいけないという、良いきっかけをある意味いただいたと思います。あとはサントリーの営業のときの「とりあえず顔出しに行ってこよう」みたいなこともありますよね。そういうダメもとで一回言ってみるみたいな、そういうところもサントリーで学びました。

――本日はお忙しいなかありがとうございました。オリンピック最終予選はもちろん、上田さんの活動をずっと応援していきたいと思います

上田:ありがとうございました!

インタビュー後、久しぶりのサントリー社内で撮影
インタビュー後、久しぶりのサントリー社内で撮影

(インタビュー&構成:針谷和昌)

サントリーは、チーム競技や大会運営だけでなく、個々の選手の支援にも取り組んでいます。上田選手のますますのご活躍を応援しています!


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