<SPIRITS OF SUNTORY SPORTS>第2弾
スキーモ:上田絢加
『山が好き、自然が好き、ずっと山にいる』前半2025.12.3

#4

サントリースポーツの活動に込められた「想い」とその未来図を、様々な視点からロングインタビュー形式で掘り下げる<SPIRITS OF SUNTORY SPORTS>シリーズ。第2弾は こちらの記事『スポーツの未来を共に拓く。サントリーと挑み続けるアスリートたち』でご紹介した、SKIMO(スキーモ):上田絢加選手のオリンピック最終予選直前インタビューをお届けします。

サントリーで働きながら山のスポーツに取り組んでいた上田選手。サントリーから飛び出して“やってみはなれ”の精神を発揮しながら、新しいスポーツに挑戦中です。

【上田絢加】
1993年大阪府生まれ。SKIMO(スキーモ)オリンピック強化指定選手。中央カレッジグループ所属。
2016年にサントリーホールディングス株式会社に新卒で入社し、2023年1月にアスリートとしてのステップアップを志し退社するまで、約7年間サントリーで働く。サントリー社員時代にスカイランニング、スキーモに出会い、2018年にスカイランニングアジア選手権で3位になったことをきっかけに、スカイランニング選手として本格的に活動を開始。現在はスカイランニングも続けながら、スキーモを主軸に2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪を目指して活動中。

スキーモの“モ”って何?…マウンテニアリング

――「スキーモ」という競技名を聞いたとき可愛くて親しみやすいなと思ったのですが、上田選手は初めて聞いたとき、どうでしたか?

上田:夏に山を走るスカイランニングやトレイルランニングといったスポーツもやっているんですが、夏の種目で強くなるために練習としてはじめたのが「スキーモ」だったんです。親しみやすそうな名前だとは思いましたが、それよりも「最後の“モ”って何なの?」って思いました(笑)。スキーは知られていると思いますが、何のモなんやろうって。登山を英語で言うとマウンテニアリング(Mountaineering)ですが、それの頭文字のMOを取っての“モ”だと教えてもらって、「あー、スキー登山なんやなー、けれど、名前だけではようわからんなー」って思っていました(笑)。

――実際にやってみるとスキー登山という感覚はあるんですか?

上田:あります。オリンピック種目になったスプリントという種目は、見ていても登山要素はしっかりとわかりづらいのですが、そもそものスキーモの起源であるクラシックレースはスキー登山だと感じます。例えば昨年エントリーしていたレースは、アンザイレン(*登山者がザイルで互いに体を結び合う)をしてクレバス(*氷河にできる深い割れ目)に誰かが落ちたとしても救済できるような形で滑ったり、氷で登れないところをブーツにクランポン(*靴底に着ける金属製の爪)を着けて登ったり、レースによってはピッケルが必携になっていたりと、雪山をできるだけ速く走破するスポーツというイメージです。

――登山要素が多く含まれる種目もあるということですね。

上田:はい、もともとはそういうスポーツです。それを観客にとって見やすくしたのがオリンピック種目になったスプリントやミックスリレーという種目です。

雪山と上田選手
雪山と上田選手
いろいろなところを旅行しながらウルトラマラソン

――そのようなハードなスポーツとの出会いは、どこでどのように?

上田:遡ると、中学・高校と陸上をやっていて、大学ではスキーをやりたかったんですが、やってみたかった種目はサークルにしかありませんでした。それでサークルに入ったんですけれど、すぐに辞めてしまって、残りの3年間はウルトラマラソンを趣味でやっていました。旅行も好きだったので、いろいろなところを旅行しながらやっていました。

――旅行が好き?身体に厳しいハードなスポーツが好き?どちらでしょう?

上田:旅行が好きで、ついでに身体をいじめていた感じですかね(笑)。ウルトラマラソンは普段、なかなか行かないような田舎でやることが多いんですね。日本では四万十とか白川郷でやっていたり、大学の頃は海外旅行の行程の間にマラソンを入れたりもして、そんな感じで楽しんで趣味でやっていました。それでサントリーに入って東京に来たときに、1年くらいスポーツから遠ざかっていたんですけれど、社会人1年目は初めてのひとり暮らし。初めての東京で1年目の最後、必死に仕事をこなしていた状態から、若干周りを見ることができるようになってきたときに、「私は自分が考えているよりも仕事ができていないんじゃないかな」と思ってしまったんです。

――それはなぜですか? 

上田:本来、気にしなくても良いところまで気にしてしまっていたのかもしれません。「周りに迷惑をかけてしまっているかも」と。周りからは全くそういうことは言われていなかったんですが、そう思ってしまって気分がグーンと落ち込んだ時期がありました。そのときに「もう一回、走りださなアカンかもしれん。身体を動かさないといけない」と直感的に思って、ちょっと家の周りをジョギングしたら、とても気持ちが晴れて、そこからまた走り始めました。

関西ではあまり聞かなかったんですけれど、東京で走っている人に「山を走ることも楽しいよ」と聞いて、「じゃあ、山を走ってみよう」と思って、まずトレイルランニングを始めました。その1年後くらいに、「山を走る練習があるから行けへん?」と誘われて行ったら、スカイランニングというスポーツの練習会で、そこの講師がたまたま今のコーチの星野さん(和昭/スカイランニング&スキーモ選手・パラ陸上&山岳スポーツコーチ)だったんです。そして「大阪出身だけれどスキーもやっていた」と言ったら「スキーモというスポーツもあるけれど、やらない?」と誘われたんです。そのときはよくわからなかったですけれど、直感的に面白そうと思ったので即「やります」と(笑)。

スカイランニングで大会に出場する上田選手
スカイランニングで大会に出場する上田選手
いきなりレース

――ではパイオニアですね?

上田:そうですね。夏に山を走って、冬に山スキーをやるというスタイルのアスリートだったので、「あんまり聞いたことのないスポーツだけれど、何となく直感的に面白そうだな」と思って、何もわかっていなかったんですが、その場で「やります」って言いました。それで翌月の練習会などに誘ってもらえると思っていたら、いきなりレースに誘われて、レーススタート前10分くらいで道具の説明を受けてスタートしたというのがスキーモとの始まりです(笑)。

――いきなりスタートして、どうだったんですか?

上田:「ちょっと無理あるやろ」と思ったんですけれど(笑)、キツかったけれど楽しくて、自然の中で身体を動かすということが、自分にとってはとても良い影響を与えてくれるスポーツだと思いました。

――初めてだったけれども、それなりにできたんですか?

上田:一応、ゴールはできました。

――かなり根性が要りましたか?

上田:そうですね。ランニングと違って、雪の上をスキーで登りますが、最初のレースにしては雪が大きく凸凹しているとことが多かったり、難しいコースでした。「これはどうクリアすれば良いんだろう」と考えながらやってみて、合っているかわからないんですけれど、それも含めて楽しかったですね。

――陸上やトランポリンもやられていたそうですが、球技系より自分で身体を動かす個人スポーツ系がお好きなんですね?

上田:そうですね。本当は、なんとなく球技をやろうかなと思っていました。体験入部に行ったんですけれど、球技はどれもダメで「向いてない」と思って、最終的に消去法で陸上部に入りました。高校でも球技に再チャレンジと思って体験入部に行ったんですけれど、バレーボールでサーブレシーブしたボールが後ろに飛んで行ったときには「もうアカンな」と思って、結局、「一応、陸上をやっていたから陸上部の体験入部にも行ってみるか」と思って行ったら、顧問の先生に「陸上をやっていたなら陸上やったらええやん」って言われて、そのまま陸上部に入ってしまいました。大学でもスキーをやろうと思っていたんですが、結局走っていました。個人スポーツが好きというよりは、消去法で個人スポーツになってそのまま続けているという感じです。

陸上トレーニングに励む上田選手
陸上トレーニングに励む上田選手
自分って無力だな

――自然が好きなのでは?

上田:はい、体育館などでやるスポーツよりも、外に出てやるのが好きです。

――それには何か理由があるんですか?

上田:小さい頃から漫画、アニメ、ゲームを本当にしなくて、やっていたゲームは『どうぶつの森』くらいでした。外に出て友だちと虫を捕まえに行ったりするタイプだったので(笑)、やっぱり外にいるときが自分らしくいられると感じていました。あとは山をやるようになってからですけれど、自分ではコントロールできない、例えば天候などの自然を相手にして、それに直面したときによく言われる言葉ですけれど、「自分って無力だな」ということを感じます。

そして、平日の良い環境で仕事をしていたとしても、何かしらストレスはあります。それを休日に山に行くことで帳消しにできて、また1週間、仕事を頑張れるという、そういう力が山にはあると思っています。だからサントリーで働いていたときも毎週末、山に行ってリセットするということがルーティンになっていて、そういう意味では自然は私にとって必要なものだと思います。

――突き詰めていくと、「山」なんですか?

上田:そうです。やっぱり山が好きです。だから、ランニングもスキーも、山を楽しむための手段というか、やっぱり山、自然が好きという気持ちがいちばんのベースにあります。

――その楽しむというところは、生物と触れ合ったり自然を見たりという部分もよりも、どう克服していくかという部分の方が大きいんですか?

上田:両方じゃないですかね。自然と向き合うこともとても楽しくて、競技で壁にぶつかったところを乗り越えるということも楽しいです。自然の中で思い通りに行かないところをどうしようかと考えることも楽しいですし、「今日はここまで行こう」と決めて登り始めたけれど、天候が悪くなってどうしようという判断をして「今日は下山しようか」となったら、また上に行くという課題は残って、そんな感じで思い通りに行かないところも含めて楽しいと思います。

「山」を楽しむ上田選手
「山」を楽しむ上田選手
もっと冬に山で遊べるかもしれない

――基本的にポジティブですね

上田:・・・ハハハ(笑)。

――あれ?違っていますか?

上田:自分自身、昔からぜんぜんポジティブだとは思っていないんです。だから、ポジティブでいようとはしています。外に対して発信するときはポジティブであり続けようと気にしていて、ネガティブ要素はめちゃくちゃ省いています。

――ひとりでいるときはネガティブなんですか?

上田:めちゃくちゃ不安が多いタイプだと思います。「あーこうなったらどうしよう」とか、イレギュラーなことが起きるとパニックになっちゃうタイプで、だからそのために「そうなったらこうしよう、こうなったらこうしよう」というQ&Aみたいなものを準備していくタイプです。

――自然の中だったら、そんなことばかりですね

上田:そうですね。「それが起こる?」みたいなことが起こったりしますけれど、そこは対処するしかないという強い気持ちで、自然の中ではいられるかもしれません。

――その両面があるんですね。初めてスキーモのレースに出て、面白いと感じたところは?

上田:雪山ってハードルが高いと思うんです。夏山登山に行く人はたくさんいると思うんですが、雪山になった瞬間にとても減りますし、リスクも高くなります。だから、私は冬も山に行きたかったんですけれど、ちょっとハードルが高くて、ひとりで知識もないまま行くのは難しいとその頃思っていたんです。その中で、こんなに素早く動けて、素早く降りて来て、雪山は時間がかかるものと思っていた中で、「こういう手段、こういう選択肢があるんだ」ということにまず感動しました。

「この道具だったら、もっと冬に山で遊べるかもしれない」という出会いが嬉しかったことと、私は追い込んで山に行くことが好きなんですけれど(笑)、綺麗な景色を見ながら行くというよりは、グーッと集中しながら登って、最後にパッと見る景色が好きなんです。花とか自然を見ることも好きなんですけれど、練習中はそれが見えないくらい集中して行って、山頂で最後に見える景色が好きなんです。「あ、このスポーツなら、冬場も味わえるな」と。

――今まで見た中で、いちばん印象的な景色は?

上田:夏は日光白根山に初めて登ったときで、冬は至仏山に登ったときです。海外はブライトホルンという4000mオーバーの山に去年の春に登って、そのときは「富士山よりも高いんやー」って。良い天気でもあったので、周りの山とかマッターホルンとかも見渡せて、とても景色が綺麗でした。

雪景色の中の上田選手
雪景色の中の上田選手
ゾーンに入って、ほっぺがめちゃくちゃ熱くなって

――エクストリームスポーツは危険性を伴うので、先ほどのお話にある集中力が増すと思いますが、ゾーン(*超集中状態)には入りますか?

上田:特にレースのときとかはゾーンに入っていると思います。

――そのときはどんな感じですか?

上田:ゾーンに入ったときは、一回、音とかが聞こえにくくなって・・・。ゾーンに入っているときって、あまりゾーンに入っているなって考えないですよね(笑)。スカイランニングの日本選手権のとき、景色がきれいだと思えたんですが、それがゾーンに入る直前かもしれないです。入る前はとても心に余裕がありました。

普段のレースは自分の位置とか相手との秒差とか、そういうことに気を取られがちなんですけれど、いちばん入った感覚のとき、ゾーンに入って良い成績が出たときには、山の危険なセクションに入る前、一回ゲレンデに出たときに、雲海がバーンと広がったんですよ。普段だったら、あまり気にも留めないんですけれど、「あ、綺麗」ってレース中に思ったんです。隣にいた競っている選手に、「見て、めっちゃ雲海が綺麗」って。いま考えると、めっちゃ迷惑だったと思うんですけれど(笑)、「このくらい、余裕があるのは珍しいな」とそのときは客観的に思いました。

ゾーンに入っているときは、入っているとは思わないのですが、根っこや岩があっても絶対に転んだりしないんです。そのセクションが終わって、イージーなゾーンに出たときに頭や顔が一気に火照るんです。ほっぺがめちゃくちゃ熱くなって、頭の部分に熱がガーっと行っていたと、終わった後に感じます。

――その日は勝ったんですか?

上田:そのときは日本選手権で優勝しました。サントリーにいたときだったので、当時の上司が家に花束を送ってくれたりしました。

2020年の日本選手権出場時の様子
2020年の日本選手権出場時の様子
四季に合わせて道具を変えて山を楽しむ

――「せっかくオリンピック競技になったんだから私が出なければ」というコメントを拝見しましたが、スキーモが私のスポーツだと思ったのはいつ頃ですか?

上田:最初から「これは私に合っている」と思いました。最初はガッツリやろうという感じではなく、夏がメインだったので、夏のトレイルランニングやスカイランニングのオフシーズンのトレーニングとして、スキーモを始めました。どちらかと言えばスキーモで成績を上げるというよりも、夏場のための冬場のトレーニングという感じでした。その頃から両方、夏はシューズで走って、冬は雪が降ったらスキーに、四季に合わせて自分の使う道具を変えて山を楽しむというスタイルは、自分に合っていると感じて、自分のアイデンティティとしてそこは崩したくないとずっと思っていました。その頃から夏と冬のバランスを取りながら続けていくスタイルが自分には合っていますし、これが自分のスタイルだなと思っています。

――オリンピック種目になった瞬間に「出よう」と思いましたか?

上田:ぜんぜん思いませんでした。むしろ「あーオリンピック種目になったんや」くらいに思っていて(笑)。というのも、当時はサントリーに勤めていて、東京にいながら冬のスポーツでオリンピックを目指すということは、はっきり言って「“やってみなはれ”とはいえ、それは無理やろ」と思っていました(笑)。「夏のスポーツであれば行ける」とずっと思ってやっていて、ある程度のところまではいけましたが、冬のスポーツでオリンピックを目指して良いのか。目指すとなったら、サントリーを辞めるのか。両立することは、さすがの私も困難だと思っていたので、そのままオリンピック競技になったことを無視していました。

――自分の気持ちを無視していたということですか?

上田:最初は他人事でした。1年くらいはずっと「これで本当に良いのかな」とハッキリ考えようとはしませんでしたが、ずっと頭の片隅にスキーモがいるんですよ。これだけ気になっていると自覚したときに、挑戦しない、目の前にあるチャンスに挑戦しないということに、「絶対に後々、後悔しちゃうな」と思いました。

サントリー時代、最初の6年間は営業で、最後の約1年は広報にいたんですけれど、営業でも広報でも、「私はこれがしたいんですけれど、どう思いますか?」と上司に聞いたときに、否定から入る人に出会ったことがないんです。サントリーは本当に良い会社だからこそ、迷った部分がありました。私もチャレンジに対して肯定的と言うか、「失敗したらどうしよう」というよりも、「まずやってみないと分からない」という思いがあり、それをサントリーで学んできて、「だからチャレンジしたい」と思っちゃったというか。

そのきっかけもいろいろあるんですけれど、その中のひとつに、広報部のときにウェブ・雑誌の担当をしていたことがあって。2023年の夏に、工場やワイナリーのつくり手への取材が立て続けにあって、その方々と話したときに「本当に良いものとお客様に届けたいと思って、めちゃくちゃ試行錯誤しながら本気でやっているんだ」ということを強く感じました。そのときに、「私にはチャンスがあって、そこに本気で向かっているかな?目を逸らしていないかな?」と、自分を投影してしまったんです。そして「私もやらないといけない」と思っちゃったんです。それも自分の中で大きなきっかけでした。

――やらなければいけないと思った後、「辞めます」と伝えることには相当な勇気が要りましたか?

上田:要りましたが、決めた2日後には課長に言っていました。考え続けても意味ないと思って、ここまで自分がやらないといけない、気が済まない状況になっていて、それを先延ばししても何も変わらないと思ったんです。

サントリー社員時代の上田選手
サントリー社員時代の上田選手

[続く]

(インタビュー&構成:針谷和昌)


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