音楽を創るよろこびを

若きプロフェッショナルたちへ

「サントリーホール アカデミー」トピックス

オペラ・アカデミー

サントリーホール オペラ・アカデミー 2018/19シーズンの活動

サントリーホール
オペラ・アカデミー 2018/19シーズンの活動

山田真一(音楽評論家)

ジュゼッペ・サッバティーニ

ジュゼッペ・サッバティーニ

第4期のセカンド・シーズン

世界的な名テノール、ジュゼッペ・サッバティーニをエグゼクティブ・ファカルティに迎えているサントリーホール オペラ・アカデミーも2018/19シーズンで8年目となった。1期2年のサイクルなので後半の2年目である。内容は例年どおり20代若手を対象としたプリマヴェーラ・コース(第4期生)とアドバンスト・コース(第3期生)。だが、今期はアカデミー生全員が参加したオペラ上演が特筆されるシーズンとなった。
オペラでは、これまでもアカデミー生がコーラスなどに参加したり、アカデミー卒業生がソリストとしてキャスティングされることがあったが、今年はメイン・キャストを含めてアカデミー生全員が参加する、サントリーホール オペラ・アカデミーにとって始まって以来の画期的な上演となった。
そこでまず2月11日、13日にブルーローズ(小ホール)で行われたオペラ『フィガロの結婚』をレポートしたい。

ジュゼッペ・サッバティーニ

ジュゼッペ・サッバティーニ

アカデミー生全員参加のオペラ

オペラ愛好家ならずとも『フィガロの結婚』はモーツァルトの代表オペラとして知られている。またボーマルシェの原作戯曲は、18世紀後半のヨーロッパ啓蒙時代を代表する物語で、フランス革命前夜のフランスで評判となり、貴族批判の内容にもかかわらずのちに断頭台へと消えるルイ16世が最終的に上演を許したといういわくつきの作品だ。その後ヨーロッパに広まり、イタリア人の詩人で台本作家のロレンツォ・ダ・ポンテによりオペラ脚本化された。
作品の詳細をここでは触れないが、当時貴族が行使することもあった初夜権をめぐる話と、伯爵に仕えるフィガロとスザンナの結婚、及び周囲の人々をめぐる喜劇だ。
主人公フィガロ (バリトン) にはアドバンスト生の石井基幾。スザンナ (ソプラノ) には同じくアドバンスト生・金子響とプリマヴェーラ生・小寺彩音というダブルキャスト。以下、アルマヴィーヴァ伯爵(バリトン)にファカルティの増原英也、伯爵夫人初日にアカデミー卒業生の迫田美帆を除けば、すべての役でアカデミー現役生の出演だった。
アカデミー生を中心としたオペラ案は以前からあったというが、声質や配役の数の問題もあり今回初めて実現したという。特に主役を務めた石井が学生時代にも同役を歌った経験があり、サッバティーニからGOサインが出たことで今回の企画実現となったようだ。

配役

配役は内部オーディションおよびファカルティとの相談で決められた。
スザンナと伯爵夫人はダブルキャストで、スザンナ役はそれぞれ別の日にバルバリーナも務めた。
アカデミー生総出で出演できたのもソリストが多い『フィガロの結婚』ならでは、という点もある。特に今期のプリマヴェーラは男声(特にバスやバリトン)が多かったことから、員数的にもうまく配役できた。
女声に関しては今期プリマヴェーラにメゾはいなかったが、ソプラノ生がファカルティのきめ細かい指導のもと、通常はメゾが歌うことが多いマルチェッリーナに三戸はるなが挑戦した(彼女はリリコで、プロでもリリコがマルチェッリーナを歌う例はある)。実のところ、練習前彼女はかなり不安だったようだ。「自分はまだ発展途上で、普段自分が歌う声域と違うので、2か月間歌い続けて、声が崩れないかどうか」と。だが、それは杞憂だったようで、「オペラまるまる一本に出演できる機会は自分ぐらいの生徒にはなかなかない。歌の練習はもちろん、演出も本格的でこんなにちゃんとしたオペラに出演できてとても良い勉強になった」という。
オペラには様々な役があり、求められる声質も違う。だがプロになっていくにはより幅のある役をやっていく必要があり、その意味でも彼女には実践的に良い勉強ができたようだ。それを可能にしたのが質の高いファカルティ陣だったのは言うまでもない。

オペラを歌うということ

「オペラで一番注意したことは、普段のレッスンで言われていたことです。特に言葉について。発音もそうですし、言葉の一つ一つの意味を理解して歌うということです」
と別の出演者は語る。本アカデミーでの、特にサッバティーニの指導は非常に細かく、時に生徒がなぜそこまで指導するのか困惑することもあるほどだが、基礎に忠実な普段のレッスンがオペラでも大いに生きたという。実際、本番を聴いた筆者にもどんな役のプリマヴェーラ生でも、それぞれの役に合った自然な歌い方で、その役になりきっていたと感じられた。
この結果は普段の厳しいレッスンを過ごしてきた成果。「難しい歌曲のレッスンからみると、 ある意味オペラは役のキャラクターがはっきりしているので、内容が掴みやすいと感じました」とさえ思ったという。これこそアカデミー生全員をオペラに参加させた狙いだったに違いない。
別のプリマヴェーラ生は、「このオペラは重唱も多いので、その点でもとても勉強になりました。アンサンブルの大事さを初めて実感できました」と語る。
ソロあり、重唱あり、そしてレチタティーヴォも多いオペラだけに、特にプリマヴェーラ生には大きな挑戦だったに違いない。が、本番の出来はそんな苦労を感じさせない仕上がりになっていたのは、やはりサッバティーニとファカルティによるきめ細かい指導の賜物だと感じた。

演出も本格的

参加したアカデミー生全員が口を揃えて話していたのは、今回のプロダクションの質の高さだ。ブルーローズ(小ホール)での公演は、舞台こそ簡素だったが(背景はスライドによる演出)、衣裳はオペラの時代に合わせた本格的なもので、出演者には通常のオペラ同様、舞台にたつ緊張感と刺激を大いに与えたようだ。
筆者も演出のゲネプロを見学する機会があったが、田口道子による指示は実に細かく、立ち位置から手の動き、歌わないときの動きまで、一つ一つの動きには意味があり、それは『フィガロの結婚』という物語の解釈に深く関わっていることを理解させながらのものだった。さながらサッバティーニ同様、言葉の一つ一つに注意を払ったもの。その点で今回のオペラ上演は、音楽面でも演出面でも同じ方向を目指していたことが完成度をあげたように思う。
一方、多くのアカデミー生には、歌はもちろんのこと、「舞台に出る」ことの意味、そこでなすべきことを「初めて知った」機会になったのではないかと思う。
『フィガロの結婚』のような名作であれば見る側も出演者も結末までよく理解しているが、物語の中の登場人物は違う。登場人物はまだ物語の先を知らない。そんな状況や人物の心情を、どのように仕草で表現するか、そのことに関する注意が演出側からはギリギリまで飛んでいた。
ちなみにこのオペラではズボン役(女声の男役)が登場するが、ケルビーノ役のアドバンスト生はとりわけ苦労していたようだ。しかし本番では彼女を含めて自然な動きになっていたのは演出家の成果でもあったと思う。

プリマヴェーラ・コースの2年目

プリマヴェーラ生の2年目の力点は曲作りにあり、 発声に関する変わらぬ基本レッスンに加えて、歌詞の言葉について、文字通り一語一語解体して理解を深めるやり方は今年も同様だった。そのため「歌曲の勉強にこそ様々な発見があった」と前期からの継続ですでに4年目となる受講生でさえ話す。
曲づくりに移行はするが、1年目のレッスン内容についても、できていない時にはサッバティーニやファカルティから厳しい指摘があるのは例年どおり。
「1年目は何をやっているかわからないことが多かったが、2年間過ごして、ようやく1年目のレッスンの内容からすべてを理解できました」と語る受講生も多い。
そして2年間のコースだからこそ、イタリア語を同時並行して勉強するよう奨励された重要性を噛みしめていたようだ。
「ここのレッスンはまるでイタリアにいるよう。サッバティーニ先生はもちろん、ファカルティの先生方もイタリアやヨーロッパの経験が有り、イタリア語で会話が進む。実際にイタリアへ行くのは準備期間も要することも多いが、このアカデミーでは行かずに現地でレッスンを受けているようでした」と語る受講生もいる。
サッバティーニ自身、英語は流暢で、日本語の単語も知っているが、敢えてそれを封印しているのは、イタリア語の構造やニュアンスを正確に理解させたいためだ。実際、イタリア語の勉強が進んでいる受講生のほうが、レッスンの進み具合が速いのは、単にレッスンでサッバティーニと直接会話できるから、というより歌詞をより深く理解できているからだろう。
サッバティーニは「歌の世界観を理解しなさい」と口を酸っぱくしていう。言葉を単に発音する、それに音程をつけるのではなく、言葉がつくりあげる情景、心情を理解して、それを歌うように促す。それは短い歌曲の中にもオペラ同様の世界があり、オペラに参加した今シーズンではそのことをより深く理解できたのではないだろうか。

アドバンスト・コースのレッスン

今回は『フィガロの結婚』の上演もあり、そのキャスティングと歌いぶりから、改めてアドバンスト生の力量を感じたプリマヴェーラ生は多かったようだ。そこでアドバンスト生のレッスンぶりを改めて紹介したい。
通常のレッスンであっても、プリマヴェーラ生とアドバンスト生の違いはすぐにわかる。声量が違い、音の伸びが違う。アドバンスト生がフォルテで歌うと、リハーサル室の壁がバリバリと響く。彼等彼女たちも僅か3年前にはプリマヴェーラ・コースで基礎練習に労していた筈だが、同じ生徒とは思えないほどの成長ぶりに驚かされる。
アドバンスト生の場合、サッバティーニ学校の基礎はマスター済みということで、ファカルティにも安心感があり、冗談も多く飛び出しながらレッスンは見かけ和やかに進む。しかし、準備が整っていないとプリマヴェーラ生同様に、鋭い指摘が次々と飛ぶ。受講生のほうもその理由がよくわかるだけに、表情は真剣だ。
受講生に言葉の意味を解説させ、歌詞の解釈をさせるのは、プリマヴェーラ・コースと同じだが、当然その解答はアドバンスト生のほうがよく出来ているものの、曲が長く、オペラのアリアだと物語も長く大きくなるので、答えるのは決して簡単ではない。上げられたより高いハードルを上回る解答をしていかねばならないので、アドバンスト生といえどもレッスンを気楽に受けることはできない。
サッバティーニにしてみれば、自分が何を目的に質問をしているのか理解しているだろうという期待があるので、くどい説明抜きに、指導はより実践的になっていく。
「今の歌い方、テンポがおかしいとは思わないか。そのテンポで歌っていくと、この後歌詞と表現とが合わなくなるだろう」
と悪い事例を自ら真似てみる。そして、受講生にどのように歌うべきか自分で考えさせる。彼は自分なりの解答を持っているが、受講生の解答に筋が通っていればそれを認めていく。
「自分の歌い方を見つける。それが一番の目標」
とはいえそれは簡単ではない。オペラ・アリアの難しさは当然、音楽的技巧の高さにあるのでアドバンスト生も準備を十分にしてこなければレッスンがムダになる。
「アドバンストに進んだ以上、今後のキャリアを考えてコースを受けています」
という心構えはもうベテランの域だ。

重唱のレッスン

本コースでは一人一人が一曲の歌を作っていくのが通常だが、今回、オペラ同様、重唱のレッスンを見学する機会もあったので少しレポートしたい。
曲はマスネのオペラ『ウェルテル』の「こんにちは、お姉様…」(第三幕冒頭)。主役のウェルテルと愛し合うシャルロット(シャルロッテ)と妹のソフィー(ゾフィー)による、メゾとソプラノの二重唱。
レッスンは12分ほどの二重唱を2時間掛けて丁寧に進んでいく。サッバティーニは自らオケ伴奏部分を歌いながら指揮もして曲の表情付けを伝えていく。
二重唱が始まるまでのオペラの状況をサッバティーニが説明するだけでなく、受講生にも説明させ、理解を深めさせる。
歌のジャンルや国籍に関係せず共通するのは、歌詞の字面だけを追って理解してはならないことだ。曲中、シャルロットはウェルテルへの想いで落ち込んでいる。一方、ソフィーは姉を心配してクリスマスの晩餐へ誘い出そうとして明るく振る舞うが、それぞれが歌詞の字面を追って歌うだけだと、お互いの本当の気持ちは決して交わらない。シャルロットには夫がいて新婚だ。しかし婚約時代に出会ったウェルテルに想いを持ってしまった。ソフィーもウェルテルに恋心を抱いていたので、姉の気持ちは理解している。だからこそ元気付けようとしている。しかし、そうした深層部分は歌詞にはない。
オペラとはかくも複雑な背景と展開を持つことが多く、重唱となれば互いの気持ちの交錯も考えねばならないので、理解すべきことは非常に増える。
そして、さらにサッバティーニは歌詞にある言葉は心情表現なのか、それとも人の行動を写実的に示しているだけなのか、と踏み込ませて、どう歌うか考えさせる。
『ウェルテル』の原作ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』は、発表された当時、自殺者が続発したほど大きな衝撃を読者に与え流行した。サッバティーニ自身も「初めて読んだ時は泣いた」と原作を解説し「その深みを理解するように」と説明する。18世紀後半のシュトゥルム・ウント・ドラング時代を代表する原作は、実際のところ21世紀に読むと、時代背景を理解した上でないと簡単に心奪われるものではない。
歌い手が作品を原作にまで戻ってどこまで理解すべきかはケース・バイ・ケースだが、プロのアーティストは学究肌が多く、自分のレパートリー以外のことにも関心が広い。
単純に悲しい、嬉しいを超えた心情や情景、そして名作と呼ばれる古典作品をどう歌うか、つまり聴衆に聴かせるか、というプロ的指導がレッスンではされている。
もちろん純粋に音楽的な部分、テンポの作り方の細かい指導や、器楽的な要素としての歌のテクニック、フランス語の発音への指導もある。だが、例えば曲のクライマックスでのフレージングや発音は、心情をどう表現するかという点と深く結びついており、この重唱のシャルロットのように切羽詰まった表情づけは、単に暗いとか悲しいとかではないことが明白なだけに、やはり作品への理解が必要不可欠になる。
そして2時間のレッスンの終盤には受講生の歌が見違えるように良くなるのは、受講生自身の対応力の高さでもあるだろう。

「サントリーホール オペラ・アカデミー 修了コンサート」 2019年5月

「サントリーホール オペラ・アカデミー 修了コンサート」 2019年5月

修了コンサート

5月28日、第4期アカデミー生の修了コンサートが行われた。今回のコンサート・タイトルは「イタリア室内歌曲およびオペラ・アリア」。
昨年は受講生の歌の前に、受講生による合唱が披露されたが、今年は以前のようにプリマヴェーラ・コースの生徒から一曲ずつ歌い、アドバンスト・コース受講生は二つのオペラ・アリアまたは上記の二重唱を披露した。出演者はプリマヴェーラ・コース第4期生のソプラノ6名、テノール2名、バリトン3名、バス1名、ピアノ1名の計13名(1名欠席)。アドバンスト・コース第3期生のソプラノ2名、メゾ・ソプラノ1名、バリトン1名、およびファカルティのピアニスト1名だった。
プリマヴェーラ・コースでは、多くの受講生が『フィガロの結婚』のソリストも務めただけに、余裕を持って歌えているように見えた。
コンサート終演後の修了式では、今回はプリマヴェーラ・コースでの「成績優秀者」はピアニストと発表された。本アカデミーの「成績優秀者」は、修了コンサートの出来ではなく、2年間のレッスンでの参加内容に基づいて決めているということで、サッバティーニ指導のアカデミーでは初めてのことではあった。
もっとも、サッバティーニから「修了しても門戸は開いているのでいつでも勉強をしに戻って来て欲しい」という言葉があり、今回のプリマヴェーラ受講生のさらなる成長は十分期待できるように感じられた。

「サントリーホール オペラ・アカデミー 修了コンサート」 2019年5月

「サントリーホール オペラ・アカデミー 修了コンサート」 2019年5月

  • 2018年の開催レポートはこちら
  • 2017年の開催レポートはこちら
  • 2016年の開催レポートはこちら
  • 2015年の開催レポートはこちら
  • 2014年の開催レポートはこちら
  • 2013年の開催レポートはこちら
  • 2012年の開催レポートはこちら

Page Top