サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2026
プレシャス 1 pm
Vol. 2 日本音楽トランジション
本條秀太郎・本條秀慈郎(三味線)インタビュー
チェンバーミュージック・ガーデンの「プレシャス1pm」は平日午後の時間帯に、彩り溢れる音楽をぎゅっと凝縮して提供する、特別な「庭」のコンサート。その中で、今年は「日本音楽トランジション」と題して、邦楽アンサンブル「J-TRAD Ensemble MAHOROBA」の公演が行われる。「プレシャス 1 pm」で邦楽器を中心にした公演は初めてとなる。そのアンサンブルの中心として活躍する本條秀慈郎さん(三味線)、そして彼の師であり、三味線の世界を広く開拓していらした巨匠・本條秀太郎さんも特別ゲストとして参加されることになった。おふたりに公演の詳細と意気込みなどを伺った。
J-TRAD Ensemble MAHOROBAについて
——今回の公演に参加される邦楽アンサンブル「J-TRAD Ensemble MAHOROBA」について、どんな団体なのか、教えていただけますか?
本條秀慈郎 このグループは2020年に結成しました。一柳慧先生の作品を演奏する機会がありまして、その時に僕が一緒に演奏したいと思ったメンバーに声をかけて集めたのがきっかけです。「MAHOROBA」という名前は私の師である本條秀太郎先生につけていただきました。
メンバー全員が邦楽器を学んで来た演奏家であり、それぞれの楽器での研鑽を積みながら、結成当初から日本の現代音楽と伝統音楽を融合した音楽性を目指して、同時に世界の文化のなかでの日本音楽のあり方という相互性も探しつつ、様々なスタイルで演奏活動を行っているグループです。クラシック音楽でも邦楽でも最初のスタート地点は同じで、音楽の言葉は共通しているのではないか、それが次の世界へ移行して行く未来、という想いから、今回の企画をサントリーホールさんに提案したところ、「日本音楽トランジション」という素敵なタイトルを付けていただきまして、今回の公演が実現することになりました。
2021年の最初の公演では、一柳さんの作品の他にもスメタナ「モルダウ」を演奏したのですが、そうしたスタイルが私たちの基本のスタイルとなりました。メンバーも近代邦楽器を演奏する6人による編成で、これまで演奏活動しております。近代邦楽器というのは、例えば雅楽で使われる楽器などとは違い、筝、三味線、尺八、胡弓、邦楽囃子という楽器です。本條先生が常に言われるように、「傳燈の灯を灯して行く」、つまり常に新鮮な演奏をすることで伝統を絶やさないようにして行こうと考えております。
——現代の作曲家というと、日本だけでなく世界にもたくさんいらっしゃる訳ですが、これまでに委嘱された、演奏された作品の数で言うと、日本の作曲家と海外の作曲家の比率はどのくらいですか?
本條秀慈郎 最近では海外の作曲家の作品のほうが多いくらいですね。日本の文化に興味を持つ海外の作曲家の方が多くて、支倉常長の物語をテーマにしたいとか、けっこう日本文化に詳しい方、興味を持っていらっしゃる方が多いようです。
本條秀太郎 名付け親の私の気持ちからすると、日本には「音色」という言葉があるじゃないですか。その「音色」をもっと追求して行って、民族性のある音を追求させたいな、という想いがあります。それを海外に持って行ったら、日本の音楽として聴いていただけるだろう、と。
現代音楽と邦楽を両方演奏される方も増えて来ていると思うのですが、そこでも楽譜の表面だけを音にするということではなく、もっと深い部分で日本の音を追求して行ってほしい。西洋の音楽でも、楽譜に表現されたものだけでなく、作曲家がもっと心の奥で思い描いている音のイメージというものがあるはずです。それと同じように、日本人としてもそうした奥深い音の世界を表現できるのが「MAHOROBA」のメンバーであると思っています。
特に三味線という楽器は音色という部分を出しやすい楽器ですが、お琴でも尺八でもその音色の部分でもっと追求できるだろうと思います。それが出来れば、海外の作曲家にとっても、もっと新鮮な音の体験というものがあるだろうし、そこから新しい音楽が出てくることを期待しています。西洋の作曲家の興味津々な好奇心が、日本の音楽にも新しいものをもたらすだろうし、それを引き出せるのが「MAHOROBA」だとすれば嬉しいです。日本人の「間」の感覚、西洋人にはない「音感」が出て来ると良いですね。
三瀬和朗:『暁月夜』(三味線とチェロによる)
CMGフィナーレ 2024より
演奏曲目について
——さて、今回のコンサートの作品について教えて下さい。まず森円花さん作曲の「三番叟」からですね。
本條秀慈郎 これは「MAHOROBA」の演奏作品のなかで人気があって、結成当初から大事にしている作品です。日本の普遍的な儀礼の雰囲気を現代に呼び戻したいという意義のある作品でもあり、お祝いの意味を込めた作品でもあり、今回はサントリーホール40周年という節目の年でもありますので選びました。
続いて、J. S. バッハの「シャコンヌ」ですが、これは二十五絃筝の木村麻耶さんが、シャイトというギター奏者の編曲をもとに、ご自身で二十五絃筝のために補作して演奏しています。色々な場所で演奏されていて、人気があります。木村さんの演奏を聴くと胸が熱くなるというか、確かにあの難しい「シャコンヌ」を筝で弾くとこうなるかという驚きもある作品ですね。
そのバッハと繋がって、次は本條先生の演奏で「鳥の歌」ですが、これはバッハの作品と、カザルスが編曲して演奏していたカタルーニャ民謡をセットで聴いていただくことに意味があると思っております。
そうした普遍的な意味のつながりの世界の後に、日本音楽入門のような形で、中村匡寿さんにブリテンの「青少年のための管弦楽入門」をベースにして「青少年のための日本音楽入門」という作品を書いていただくことになりました。日本の楽器の音色の魅力を、伝わりやすい形で書いていただくことになるのですが、中村さんとは僕がはじめてチェンバーミュージック・ガーデンに出演した時からのお付き合いもございます。
最後には本條先生作曲の「花の風雅」を演奏します。これは隅田川界隈の風情を描いたものですが、隅田川といえば無病息災を願う<川開き>もこの時期だったそうで、その季節感もぴったりですし、現代におけるパンデミック、また戦争の経験も歴史の1ページとしてありますし、そうした意義を込めた作品として演奏できればと思います。「祈り」とか「営み」などを重ねた世界がその音楽のなかにも隠されていると思います。今回は邦楽器だけではなく、桑原ゆうさん編曲による弦楽四重奏のパートを付け加えたバージョンで演奏いたしますので、そこで邦楽器と西洋の楽器の対比なども感じでいただけるのではと思います。
——かなり濃密な1時間になりそうですね。
本條秀慈郎 1時間というなかのぎゅっと詰め込んだ形になりましたが、楽しんで頂けると思います。
中村匡寿:「ミミック」バルトークの『中国の不思議な役人』のモチーフによる(世界初演、本條秀慈郎委嘱)
CMGフィナーレ 2024より
CMG 2022より
MAHOROBAメンバーについて
——それぞれのメンバーの方の活躍するシーンも、それぞれの作品のなかで違った形で見えて来るような感じもしますね。
本條秀慈郎 先ほど木村麻耶(二十五絃箏)さんの「シャコンヌ」についてはお話しましたが、単に演奏技術だけではなく、そこに確信があるという点が特別な印象をもたらしてくれます。筝だけではなくて歌も歌われる方です。それもジャンルにとらわれない歌唱法で、アンサンブルのバランスという点から見ても、重要な存在だと思います。
堅田喜三郎(邦楽囃子)さんも歌舞伎、舞踊の公演などで忙しい方なのですが、MAHOROBAの結成前から現代邦楽の演奏会に行くと必ずそこで演奏されていました。色々な試みに柔軟に取り組んでいただき、悪戦苦闘されている姿もひとつグループの柱となるような存在と言えるかもしれません。
川村葵山(尺八)さんは邦楽だけでなくポップスなどの演奏にも参加されていて、忙しい演奏家のおひとりですが、音がぶれない、純正な尺八の音を持っていらしていて、アンサンブルに柔軟性をもたらしてくれます。
吉澤延隆(十七絃筝)さんは演奏家として独立している方で、音楽と社会の関わりとかを俯瞰して考えていらっしゃるように思います。理性とか知性のようなものをアンサンブルにもたらしてくれます。
本條秀英二(三味線)さんは本條先生の弟子です。先生の繊細な一面を大切にされていて、アンサンブルに品格を与えてくれる存在です。近江胡弓という、本條先生が考案された楽器がありますが、その演奏家でもあります。
——「MAHOROBA」のメンバーは大体が同じ世代なのですか?
本條秀慈郎 意外とバラバラなのですが、そんなに離れてもいないという感じです。
「鳥の歌」について
——本條秀太郎さんが歌われる「鳥の歌」ですが、これは作詞が松岡正剛(注)さんで、どういう経緯で松岡さんが作詞なさった、そしてそれを本條さんが歌われるようになったのでしょう?
本條秀太郎 ずいぶん前の話になりますが、私の本「三味線語り」(平成18年初版 淡交社)を松岡さんの書評「千夜千冊」の中で取り上げていただいたことがきっかけで、その後「千夜千冊」の行事で端唄を演奏する機会に恵まれたのです。そこから2014〜16年にかけて6回に及ぶ日本を遊ぶ「三味三昧」が始まりました。それは松岡さんと私で、たくさんの歌を紹介したのですが、その第1回目「日本いろいろ遊び」で披露したものでした。
その「鳥の歌」の歌詞が出来るのは、作曲家でもある井上鑑(あきら)さんが関わっておられました。2013年に井上さんが立ち上げた「連歌・鳥の歌」(WEBサイト)のために、井上さんが松岡さんに依頼したものだそうですが、松岡さんは幼少時から身近にあった三味線の音楽を愛していたそうです。また「千夜千冊」のなかでも「鳥の歌」を取り上げていらしたそうで、それが繋がって井上さんからの松岡さんへの詩の依頼ということになったそうです。
単にひとりのチェロの演奏家というだけでなく、人道主義者、平和主義者であったカザルスの想いを、たくさんの歌手の方に歌い継いでいって欲しいという想いが松岡さんの中にあったそうです。それを引き継いで、私も松岡さんの「鳥の歌」を歌って行きたいと思います。今回は三味線とチェロの共演という形でお届け出来ますので、詩人としても活躍した松岡さんの言葉をじっくり味わって頂きたいと思います。
注/松岡正剛(1944〜2024) 京都府出身。早稲田大学中退後、工作舎を創設。雑誌『遊』(1971〜82)を刊行し、あらゆるジャンルを融合した「オブジェマガジン」として多大な影響をアート・メディア・思想の世界に与えた。2000年から書評サイト「千夜千冊」の執筆を開始し、2004年に「良寛全集」で千夜に達したが、その後も亡くなる前まで継続し、松岡のパソコン内に書かれたメモなどを、彼の死後も「絶筆編」として継続された。