サントリーホール室内楽アカデミー第8期
2024~25年 開催レポート
サントリーホール室内楽アカデミーの第8期は、2024年9月にスタートした。今期は、クァルテット・イーリス(高麗愛子、稲田清香、鈴木双葉、宮之原陽太)、カルテット・シュトゥルム(城野聖良、松北優里、長谷山博史、髙木優帆)、カルテット風雅(落合真子、小西健太郎、川邉宗一郎、松谷壮一郎)、カルテット・プリマヴェーラ(石川未央、清水咲、多湖桃子、大江慧)、ほのカルテット(岸本萌乃加、林周雅、長田健志、蟹江慶行)、カルテット・ルーチェ(渡辺紗蘭、中嶋美月、森智明、原田佳也)、トリオ・フィデーリス(吉江美桜、佐山裕樹、百瀬功汰)という、弦楽四重奏6団体、 ピアノ三重奏1団体、計7団体が参加した。カルテット・プリマヴェーラとほのカルテットは、第7期からの継続参加であり、そのほか、城野聖良、髙木優帆、落合真子、小西健太郎、川邉宗一郎、松谷壮一郎、吉江美桜も、第8期以前にも別団体でこのアカデミーで学んでいる。
第8期は、例年に比べ、弦楽四重奏での参加の割合が多い。また、今期は、すでにプロのオーケストラの正団員として活動しているフェロー(受講生)が多いことも特徴としてあげられるだろう。松北優里(神奈川フィル)、髙木優帆(神奈川フィル)、佐山裕樹(新日本フィル)、岸本萌乃加(読売日本交響楽団)、長田健志(ジャパン・ナショナル・オーケストラ)、蟹江慶行(東京交響楽団)らであり、プロ・オーケストラのメンバーとしての多忙な日々の傍らで、真剣に室内楽の研鑽を積む、意欲ある若き音楽家たちである。そのほか、既にオーケストラと協奏曲の共演をするなど、ソリストとしても活動するフェローもいる。
講師陣は、先期と同様に、アカデミー・ディレクターは堤剛、ファカルティは、原田幸一郎、池田菊衛、磯村和英、毛利伯郎、練木繁夫、花田和加子が務めている。
ワークショップ(レッスン)は基本的に毎月2日間行われ、受講生は、取り組んでいる作品を披露し、複数の講師から指導やアドバイスを受けることができる。
毎月のワークショップに加えて、フェローたちは、ファカルティとともに毎年10月から11月にかけて開催される「とやま室内楽フェスティバル」に参加し、レッスンを受けるとともに、コンサートやアウトリーチ にも出演する。
そして年度の最後には、毎年6月に開催される「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)」で1年間の研鑽の成果を披露する。
そのCMGでどの団体が何を演奏するかを決める選抜演奏会(非公開)が、2025年4月3、4日の2日間にわたってブルーローズでひらかれた。各団体が時代や作風の違う2つの作品を全曲弾き、演奏後にファカルティがコメントを述べるというスタイルである。クァルテット・イーリスはハイドンの弦楽四重奏曲第75番とバルトークの弦楽四重奏曲第1番を、カルテット・シュトゥルムはシューマンの弦楽四重奏曲第3番とモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番を、カルテット風雅はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第6番とベルクの弦楽四重奏曲を、カルテット・プリマヴェーラはモーツァルトの弦楽四重奏曲第18番とバルトークの弦楽四重奏曲第4番を、ほのカルテットはハイドンの弦楽四重奏曲第64番とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」を、カルテット・ルーチェはラヴェルの弦楽四重奏曲とモーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」を、トリオ・フィデーリスはショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第1番とシューマンのピアノ三重奏曲第2番を演奏した。
どの団体もよく練り上げた演奏を披露した。堤氏に「脱帽!」と言わしめた団体、原田氏が「第一級の演奏」と褒めた団体、池田氏が「完成度がすごく高いと思う。ありがとう」と賛辞を贈った団体もあった。その上で、4人が自分の役割を考えること、楽章トータルを意識すること、演奏会場であるブルーローズの響きを考えること、などのアドバイスがあった。とりわけハイドン、ベートーヴェン、バルトークの弦楽四重奏曲に関しては、まさに東京クヮルテットの中心的レパートリーであり、同クヮルテットの元メンバーである、原田氏、池田氏、磯村氏からのコメントはあとの世代に受け継いでいかれるべきものであると思われた。また、テンポについて、ファカルティによって「速すぎる」「遅すぎる」と正反対のコメントが出ることもあり、それについては、フェローにとって自分たちで考えるべき課題となったとなったに違いない。筆者個人としては、第1ヴァイオリンの求心力が素晴らしかったカルテット・ルーチェのモーツァルト、激しくも美しいカルテット風雅のベルク、完成度の高かったほのカルテットのベートーヴェンが特に印象に残った。
落合真子、小西健太郎、川邉宗一郎、松谷壮一郎
石川未央、清水咲、多湖桃子、大江慧
また、サントリーホール室内楽アカデミーの活動にフェローとして参加する団体もあった。11月には、サントリーホール アカデミーの協賛会社であるヤマヒロ株式会社のLegare三鷹店でのコンサートにカルテット・プリマヴェーラが出演。2025年2月には、5つの文化施設(東京文化会館、東京芸術劇場、ほか)が支援する若手アーティストたちによる東京文化会館小ホールでの「アフタヌーン・コンサート」に、サントリーホール室内楽アカデミーを代表して、カルテット・ルーチェが出演し、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第10番「ハープ」より第1、3、4楽章を弾いた。そして、7月には、サントリーホールの地元である、東京都港区の赤坂区民センターの主催する「赤坂ふれあいコンサート」にトリオ・フィデーリスが出演し、ショスタコーヴィチのピアノ三重奏曲第1番、シューマンのピアノ三重奏曲第2番などのプログラムを披露した。
そのほか、7月に開催された宗次ホール弦楽四重奏コンクールでは、カルテット風雅が第1位に、クァルテット・イーリスが第3位に入賞した。8月には、ほのカルテットがブルーローズで第1回定期演奏会を開催した。
渡辺紗蘭、中嶋美月、森智明、原田佳也
サントリーホールの6月の恒例となっている、室内楽の祭典「チェンバーミュージック・ガーデン」は6月7日から22日まで開催された。そのなかで、室内楽アカデミー・フェロー演奏会は、6月14日と21日の2回にわたってひらかれた。
カルテット・プリマヴェーラはバルトークの弦楽四重奏曲第4番より第4、5楽章とブラームスの弦楽四重奏曲第2番より第1、4楽章を演奏。激しく、ノリがよいが、粗野なところはない。チェロの活躍が印象に残った。
カルテット・ルーチェはベートーヴェンの弦楽四重奏曲第10番「ハープ」より第1楽章とラヴェルの弦楽四重奏曲より第1、2楽章を弾いた。ベートーヴェンでは第1ヴァイオリンがアンサンブルをリードし、ラヴェルでは4人の良いバランスが作られていた。
カルテット風雅は、シューマンの弦楽四重奏曲第1番より第3、4楽章とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第6番より第1、4楽章を披露。4人とも積極的で、楽器間でのコミュニケーションもよく、ベートーヴェンでのちょっとしたユーモアも楽しい。
トリオ・フィデーリスは、シューマンのピアノ三重奏曲第2番より第2、4楽章とベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」より第1楽章を取り上げた。シューマンではヴァイオリンとチェロが艶のある音で魅力をたっぷりと披露。「大公」では、格調高く、美しい演奏を繰り広げた。
吉江美桜、佐山裕樹、百瀬功汰
城野聖良、松北優里、長谷山博史、髙木優帆
カルテット・シュトゥルム はシューベルトの弦楽四重奏曲第12番「四重奏断章」とシューマンの弦楽四重奏曲第3番より第1、3楽章を弾いた。シューベルトでは第1ヴァイオリンがリード。シューマンではロマンティックな音色が印象的。
クァルテット・イーリス はドヴォルジャーク の弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」より第1楽章とベートーヴェンの弦楽四重奏曲第3番より第1、4楽章を披露した。4人がそれぞれに主張し、 熱のこもった演奏を聴かせてくれた。
高麗愛子、稲田清香、鈴木双葉、宮之原陽太
ほのカルテットのメンバー(岸本、長田、蟹江)はモーツァルトのディヴェルティメントK. 563より第4、6楽章を演奏した。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3つの楽器が対等に活躍。
そのほか、フルートの上野星矢とフェローとの共演(モーツァルト:フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K. 285)では、カルテット・ルーチェの渡辺紗蘭、原田佳也、そして普段はヴァイオリンを弾く中嶋美月がヴィオラとして参加した。チェロ以外が立奏で伸びやかなモーツァルト演奏を楽しむことができた。
筆者は、どのグループも2024年秋から室内楽アカデミーのワークショップでその演奏を聴いているが、彼らは、この1年間を通じて、明らかにバランスが良くなり、まとまりが向上したように感じられた。若い演奏家の進化・成長には驚くべきものがある。
左から上野星矢(フルート)と
渡辺紗蘭、中嶋美月、原田佳也(カルテット・ルーチェ)
6月22日のCMGフィナーレでは、トップ・バッターとして、カルテット風雅がシューマンの弦楽四重奏曲第1番より第1楽章を演奏した。4人のコミュニケーションが十分に取れていて、アンサンブルが緊密。各自の音楽的能力の高さも示された。続いて、ヴァイオリンの渡辺玲子を中心としたバルトークのピアノ五重奏曲より第1楽章の演奏に高麗愛子、鈴木双葉、宮之原陽太、秋元孝介が参加。若い3人がベテラン渡辺を懸命にフォロー。室内楽アカデミー修了生である秋元がアンサンブルを支える。葵トリオ(3人とも室内楽アカデミー修了生)と森智明とのピアノ四重奏は、細川俊夫の「レテ(忘却)の水」を演奏。恒例のCMAアンサンブル(16名)は、芥川也寸志「弦楽のための三楽章(トリプティーク)」を指揮者なしで演奏。岸本萌乃加がコンサートマスターとして良いリーダーシップを発揮し、ソロも披露した。ファカルティ陣(原田、池田、磯村、毛利、堤)はシューベルトの弦楽五重奏曲より第2楽章を演奏。原田と堤の対話と、全員での高揚が感動的であった。
葵トリオと森智明(ヴィオラ/カルテット・ルーチェ)
ソリストであれ、室内楽奏者であれ、オーケストラ奏者であれ、今の器楽奏者は様々な能力が求められている。室内楽を専門としていなくても、様々な機会に室内楽を高いレベルで演奏することが要求される。
近年、サントリーホール室内楽アカデミーには以前にも増して優秀な若手奏者たちが集まってきている。そして優秀な音楽家ほど、様々な演奏の場が与えられ、多忙である。若い彼らは、それを自覚しながら、切磋琢磨して、室内楽に取り組んでいる。
アカデミーのフェローたちの演奏水準が以前よりも上がっているのは確かである。でも、アカデミー全体の雰囲気が以前よりも慌ただしくなっているのも事実である。
サントリーホール室内楽アカデミーの修了生からは、葵トリオやクァルテット・インテグラのような国際レベルで活躍するアンサンブルも輩出されている。もちろん、それを目指すのは大きな目標であろうが、たとえ室内楽の専門家にならなくても、アカデミーで研鑽を積むことが、若い彼らにとってかけがいのない財産となることは間違いない。
音楽家としてどういう道を進むかのまさに分岐点に立つ年代の彼らにとって、室内楽を最高レベルで学ぶことのできるサントリーホール室内楽アカデミーの意義は大きい。第8期の2年目となる2025/2026シーズンでのフェローたちの一層の進化/深化を期待したい。
室内楽アカデミー選抜フェローが
芥川也寸志:弦楽のための三楽章(トリプティーク)を演奏
原田幸一郎/池田菊衛/磯村和英/毛利伯郎/堤 剛