主催公演

「サントリーホールのクリスマス 2024」曲目解説

アンダーソン:『舞踏会の美女』『そりすべり』

まずは、アメリカの作曲家ルロイ・アンダーソン(1908~75)の作品を2曲お届けします。アンダーソンは、当時盛んに使われていたタイプライターの音や、紙やすりをこする音を主役にするなど、遊び心満載の親しみやすい作風で知られ、現在でもCM曲などで耳にする機会があります。

1曲目の『舞踏会の美女』は、華やかな弦楽器のサウンドにいざなわれ、ホルンやトランペットの金管楽器隊がファンファーレを奏でたら、舞踏会の幕開け。ドレスで着飾った美女が優雅に踊る様子が、まざまざと浮かびます。

2曲目の『そりすべり』は、クリスマスの時期に街中のそこかしこで流れるお馴染みの曲。「シャンシャン」という鈴の音に乗せて、心が浮き立つようなメロディーが奏でられ、後半はジャズ風のリズミカルなバージョンへと発展します。ウッドブロックによる馬の足音や、スラップスティック(2枚の長い板を勢いよく合わせて音を出す楽器)によるムチの音など、様々な打楽器の活躍にご注目。そして、曲の終わりにトランペットが馬の鳴き声を模倣する見せ場もお聴き逃がしなく!

今年も豪華なクリスマス装飾がお客様をお迎えします

チャイコフスキー:バレエ組曲『くるみ割り人形』作品71a

続いては、ロマン派の時代を生きたロシアの作曲家、ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~93)によるクリスマスのクラシック音楽の定番、『くるみ割り人形』です。バレエの舞台はクリスマス・イヴ。少女クララはくるみ割り人形をプレゼントされますが、その夜、クララが眠りにつくと、夢の中で人形は邪悪なねずみの王様に攻撃され、戦いを繰り広げます。戦いが終わると、人形は王子に変身!王子はクララをお菓子の国へと連れていき、二人は妖精たちの踊りで歓迎され、夢のようなひとときを過ごす…という物語が描かれます。

今回のコンサートでは、チャイコフスキーが、バレエなしの音楽だけでも楽しめるように印象的な曲を組み合わせた「組曲」をお届けします。軽快な序曲に始まり、クリスマス・パーティーでのこどもたちの楽しげな様子を描く行進曲と続いた後は、お菓子の国に舞台を移します。チェレスタという鍵盤楽器の繊細な響きが魅力の「金平糖の精の踊り」、目まぐるしい速さのロシアの踊り「トレパーク」、妖艶な「アラビアの踊り」、お茶の妖精が可愛らしく舞う「中国の踊り」、フルートが愛らしい旋律を奏でる「葦笛の踊り」と続き、最後は「花のワルツ」で華やかに締めくくられます。

チャイコフスキーといえば、『白鳥の湖』『眠りの森の美女』『くるみ割り人形』が「三大バレエ」と呼ばれてよく知られていますが、『くるみ割り人形』が素敵だなと思ったら、ネクストステップとしておすすめなのが交響曲です。特に第4~6番の交響曲は、オーケストラの演奏会で取り上げられる機会も多く、人気があります。奏者全員から湯気が出るかのような迫力の熱量から、息ができないほどの切なさまで、実に展開がドラマティックなので、聴き終わった後は、まるで1本の映画を観たかのような気持ちになるかもしれません。

2023年の公演より

リムスキー゠コルサコフ:交響組曲『シェエラザード』作品35

最後はお待ちかね、プロのオーケストラの定期演奏会でも、メインのプログラムとして配置されることも多い名曲、『シェエラザード』です。
シェエラザードとは、『千一夜物語(アラビアンナイト)』の中で、王へ物語を語って聞かせる女性の名です。「船乗りシンドバットの冒険」や「アラジンと魔法のランプ」など、私たちにも馴染みのある物語も登場します。
彼女がなぜ、おびただしい数の物語を読み聞かせるに至ったのか……実は、こんな背景が。妃の不貞によってすべての女性を憎み、毎晩のように女性を呼びつけては、残虐な仕打ちをするようになってしまったシャフリアール王。そんな王を見かねて、聡明なシェエラザードが思いついたのが、とある作戦。世にも不思議な話を聴かせて、夜が明けるころになると、「今日はここまで。続きを聴きたければまた明日」と告げるのです。シェエラザードの思いやりにあふれた献身に王は心を打たれてゆき、遂にはそれが千一夜にも及ぶころ、二人は夫婦として結ばれるのでした。

そんなストーリーをもとに4つの曲から編まれたのが、交響組曲『シェエラザード』。まず聴きどころとしてご紹介したいのは、第1楽章の冒頭のシャフリアール王の怒りと憎しみを思わせるかのような力強いフレーズ、そして、コンサートマスターのソロによるシェエラザードを表す美しくも切なげなフレーズです。この2つのフレーズは、形を変えながら度々登場しており、王が次第に物語に聞き入っていく様子、そして強い決意で王の頑なな心を丁寧に解きほぐしていくシェエラザードの様子を思わせます。

第1楽章「海とシンドバッドの船」では、木管楽器がシンドバッドの旋律を奏でながら、雄大な海を航海する場面が描かれます。第2楽章「カランダール王子の物語」は、諸国を巡礼する王子のテーマを、まずはファゴットが演奏します。なんだか哀愁を帯びていて、「旅が続いて疲れているのかな?」など想像が膨らみますが、このフレーズが楽器を変え形を変え、様々に登場することで、旅の場面の移り変わりが描かれてゆきます。中間部では、不穏な弦楽器の響きにトロンボーンとトランペットが緊迫感のあるフレーズを絡ませ、「何か事件に巻き込まれたのかも⁉」とハラハラする一幕も。第3楽章「若き王子と王女」では、弦楽器と木管が柔らかに二人の愛を描きます。第4楽章は「バグダッドの祭り、海、青銅の騎士のある岩での難破、終曲」。最初はフルートのソロで祭りのテーマが演奏され、徐々に楽器が増えて盛り上がっていきます。そして再び、第1楽章の海の場面が戻ってくると、嵐に巻き込まれ、船は大破。静かな波だけが残る中で、穏やかなヴァイオリン・ソロによるシェエラザードのフレーズと、低弦楽器の柔らかな音色による第1楽章冒頭のフレーズが重なり合い、まるでシェエラザードと王の心の結びつきを表すかのように、美しく透き通った響きで曲は閉じられます。

石田衣良さんのエッセイにもあるように、リムスキー=コルサコフは海軍で働いていました。そのときの経験が、迫力ある海の描写に活かされています。また彼は、『管弦楽法原理』という名著を残すほど、オーケストラの楽器を使いこなして曲を書く技法に長けていました。各楽器が、あるときはソロで、あるときは全員で縦横無尽の活躍を見せ、まさにオーケストラの“格好良さ”を120%体感できる名作です。

(2023年の公演より)
大友直人(指揮)が生み出す極上の音楽を、森川智之(ナビゲーター・語り)が「物語」とつなぎます