アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2022
プレシャス 1 pm Vol. 2 丁々発止の華麗なる妙技

工藤重典(フルート) & 吉井瑞穂(オーボエ) インタビュー
~美味しい “ランチプレート” を楽しむ60分コンサート~

高坂はる香(音楽ライター)

平日のお昼間13時からほっと一息くつろげる60分コンサート「プレシャス 1pm」。
第一人者たちによる上質な音楽と和やかなトークで、室内楽がますます身近に感じられます。
6月10日(金)の「Vol. 2 丁々発止の華麗なる妙技」では、フルートの第一人者・工藤重典さんが昨年に引き続き出演、オーボエの吉井瑞穂さんとピアノの広瀬悦子さんはCMG初登場です。
工藤さんと吉井さんに聴きどころなどお話しを伺いました。

今回お二人は、ピアニストの広瀬悦子さんと共に、平日の午後に音楽を気軽に楽しめる「プレシャス 1 pm」 Vol. 2にご出演されます。
トーク付きで1時間ほどの演奏会で、バラエティに富んだプログラムが用意されていますね。

吉井 工藤さんはオーボエとのデュオのご経験が豊富ですから、いろいろアイデアを出していただき、何度もやり取りをしてプログラムを選びました。
結果的にとてもインターナショナルな選曲になりましたね。こういう時代ですから、いろいろな国の音楽が一つの演奏会にあるのは良いことだと思います。

工藤 フルートとオーボエは、オーケストラでは真ん中に座って隣で吹くことが多く、関係性が大事です。だから、そこを取り出して室内楽をやろうとすれば、待っていましたとばかりにいろいろなレパートリーがあるかと思いきや、あまり多くないんです。

フルートとオーボエの音が合わさった時の魅力は、どこに感じますか?

工藤 どちらも高音楽器で音域が似ていますが、オーボエの方が低音部が充実しているので、その助けにより、安定した響きを創ることができます。定番レパートリーがないにもかかわらず、こういう企画のおかげで共演できてすごく嬉しいですね。お客さまにも、新しい響きを聴いて、こんなに素敵な世界があったのかと思っていただけるでしょう。

吉井 自分のオーボエの音がフルートと合わさった時にどう聴こえるかは、客席でなくてはわかりませんが、私自身はいつも、“向こうのほうで音を合わせる感覚”で演奏することを心がけています。自分のいる場所で音を合わせようとすると、実はうまくいかないことが多いように思います。

“向こうで音を合わせる”には、響いて返ってくる音を聴くことになるのですか?

吉井 これはちょっとお隣の星の話みたいになってしまうのですが(笑)、向こうで鳴っているであろう音を同時にイメージして聴く感覚です。……実際には違う音がしているかもしれないので、自己完結の作業かもしれませんけれど。

工藤 演奏家って当然ながら、どんな人でも、自分が出している音は一生ホールで聴けないんですよね。それでも、聴けていると思っていろいろトライしていく。

吉井 自分で聴けないのは本当に残念ですよね。聴いてみたいですけれど。

工藤 そうしたら一発で、これはダメだと思っちゃうかもしれないけれどね(笑)。自分のことはわからないけれど、それでも結局、頼れるのは自分しかいないんですよね。

©Makoto Kamiya  
工藤重典 (フルート) 
国際的に活躍を続けるフルーティスト工藤重典は、1979年にパリ国立高等音楽院を一等賞で卒業、恩師ジャン゠ピエール・ランパルに認められ世界各地で演奏活動を行う。2019年兵庫芸術文化センター管弦楽団との録音が話題を呼んだ。1978年第2回パリ国際フルートコンクール、80年第1回J-P. ランパル国際フルートコンクールでそれぞれ優勝。現在、東京音楽大学教授、昭和音楽大学客員教授、パリ・エコールノルマル音楽院教授。村松賞、フランス国大統領賞、フランス独奏家協議会賞、仏コルマール名誉市民賞、文化庁芸術祭賞、京都芸術祭特別賞を受賞。

お二人はこれまでにもオーケストラで共演されていると思いますが、お互いの印象は?

吉井 工藤さんは、ダジャレがすごいです。

工藤 演奏の話より先に、あの人はダジャレがすごかった、ってなるのか(笑)。

吉井 当時の私は日本語で仕事をする機会が多くなかったので、パリに住んでいらっしゃる方がこんなに堪能な日本語のダジャレをおっしゃるなんてと、びっくりしたんです(笑)。こういうふうに頭の回転が早い方だからこそ、すばらしい音楽家でいらっしゃるのだなと思いました。緊張感のあるプログラムでしたが、おかげで和やかな気持ちで演奏に臨むことができました。

工藤 僕の吉井さんの印象は、最初に音を出した瞬間からぱっと音が合って、さすがドイツの現場で演奏している方だというものです。柔軟性があり、音質や音色の幅が広いので、こちらを許容してくれる。これはすごいなと思いました。そういう相手とは、最初から音楽的な部分を追求することができます。

吉井 ……私はダジャレの話をしたというのに、すみません(笑)。

工藤 いえ、みなさんそのような感じですから、大丈夫。想像はしていましたよ(笑)。

©Marco Borggreve
吉井瑞穂 (オーボエ)
甘美な音色と豊かな音楽性で世界の聴衆を魅了するオーボエ奏者。東京藝術大学入学後、渡独。カールスルーエ音楽大学を首席で卒業。日本音楽コンクール優勝。バルビローリ国際コンクール(英国)、日本管打楽器コンクールで入賞。アバドに認められ、2000年からマーラー室内管首席奏者として欧州を中心に演奏活動を行う。ソロや室内楽でも精力的な活動を展開し、N響、神奈川フィル、新日本フィル、九響、テツラフ・カルテット、アンスネスらと共演。ルツェルン祝祭管設立メンバー。東京藝術大学准教授。第49回JXTG音楽賞奨励賞受賞。

二つの管楽器とピアノによるアンサンブルの魅力は、どこに感じますか?

工藤 オーケストラで演奏していると、音楽的なことを突きつめる以前に、音程やバランスなど多方向に気を配らなくてはなりません。フランス語でメチエといって、職人技というような意味ですが、それだけでやらなければいけない仕事がたくさんあります。
でも今回はピアノと管楽器2本ですから、その段階は越えたところからスタートできます。おもしろくしようと思ったら、際限なくいろいろなことができそうです。お互いの感性をあわせて、新しい音楽ができたら良いですね。

吉井 あと、ピアノとの共演では、ピアノの弾いていない弦も管楽器の音で振動して響き、共鳴板のような役割を果たしてくれます。それによって音を合わせるポイントが変わって、おもしろいですね。

工藤 そうですね。今回のピアニストは広瀬悦子さんで、彼女はソリストとしても活躍しています。そういう方が本気で室内楽をやってくださると、やっぱりすばらしいんです。
彼女もフランス在住なので、僕は以前、フランスもののプログラムで共演しました。例えばプーランクのフルート・ソナタなど、今まで聴こえてこなかった音が聴こえてとても新鮮でしたね。
広瀬さんにとって初めて演奏するレパートリーばかりだったようですが、とてもうまくいって意気投合しました。それで演奏の後、「フルートが入ったら、一人で弾いているときよりとっても良い曲になりますね!」って言うんですよ。一人で弾いているほうが良かったと言われなくてよかったですよね(笑)。おもしろい感想だなと思いました。

©Michel Restany
広瀬悦子 (ピアノ) 
ヴィオッティ、ミュンヘン両国際コンクールに入賞後、1999年マルタ・アルゲリッチ国際コンクールで優勝。同年パリ国立高等音楽院を審査員全員一致の首席で卒業し、あわせてダニエル・マーニュ賞を受賞。世界各国でリサイタルや音楽祭に出演し、デュトワ指揮N響、バイエルン放送響ほか国内外のオーケストラと多数共演している。CDも多数リリースし、2021年には最新盤『ヴラディゲロフ作品集』をリリース。情熱的でスケールの大きな音楽作り、美しい音色、幅広いレパートリーが高い評価を集め、世界に次々と活躍の場を広げるピアニストである。

それぞれ、ピアノとのデュオでも演奏されます。

吉井 私はグラナドスの「4つのスペイン舞曲」からの2曲を演奏します。原曲はピアノですが、オーボエで演奏してみたいとずっと思っていました。グラナドスは48歳で亡くなっていますが、私も今年で同じ歳なので、今吹いておきたいという想いもあります。
スペインは、植民地を多く持った大きな国で、グラナドスが生きたのは政治的に難しい時代でした。それでも、曲想には常に明るい光が見えます。沸き立つようだけれど、地に足もついている陽気さを感じるのです。私はラテン系の国、とくに大西洋側のスペインやポルトガルの暑くてちょっと汗臭いような、脂っこいような雰囲気がたまらなく好きなんです。
そのあと最後に『ウィリアム・テル』でロッシーニによる爽やかな音楽が流れる、という構成です。
いろいろなディッシュが出るランチのような演奏会になればと思います。

サマーフェスティバル2018 ヴィトマン「五重奏曲」の演奏
クラリネット:イェルク・ヴィトマン、ピアノ:キハラ良尚、ホルン:福川伸陽、オーボエ:吉井瑞穂、ファゴット:小山莉絵

フランスもラテンの国ではありますが、スペインとはまた違いますね。

工藤 そうですね。フランス音楽って、皮膚に触れる風の感触やほのかな香り、自然の光の移ろいのような、ある意味で表層の感覚を大切にしているところがあります。もちろん、しっかりしたテクスチャーが根幹にあってのことですけれど。
僕が演奏するプーランクのフルート・ソナタは、パリジャンの生活を表すような、そしてその中で、人生について言いたいことがあるという想いが伝わってくる作品です。例えば第2楽章は、夜の街のムーランルージュで働く女性たちの哀しみを表す歌だし、第3楽章はフレンチカンカンです。プーランクは、そういうほとんどポピュラーのような音楽をクラシックに取り込んで、1曲のソナタとしてまとめたのです。
悩みや人の生き様がそのまま音の配列で示されているので、音色を変化させながら、人間の声で話すように演奏することが大切です。そうでないと、ただのソノリティ(楽器の響き)の練習のようになってしまいます。
我々が若いころは、洒落てモダンなこの作品がフルート曲の中では一番有名でした。演奏される回数も多いので、20世紀の作品でありながら古典のような扱いで、みなさんの中にイメージがあると思います。それだけに、一層良い演奏を目指さなくてはいけませんね。

CMG2021では、若いソリストたちとモーツァルト「フルート四重奏曲」全曲を演奏しました
フルート:工藤重典、ヴァイオリン:辻彩奈、ヴィオラ:田原綾子、チェロ:横坂源

フルートとオーボエのデュオによるモーツァルトの『魔笛』より「恋人か女房か」や、『ウィリアム・テル』の主題による華麗なる二重奏曲など、生で聴ける機会が少ない作品も楽しみですね。

工藤 モーツァルトの人気オペラは、世に出るといつも誰かが編曲して、当時の人々が家庭で演奏できるようにしていました。これもそうして書かれた編曲者不明の作品で、どんな楽器で演奏しても良い形になっています。

吉井 このデュオですと、内声部パートを担当するなど、オーボエの使い方がオペラ内とは違います。いつもとは別のアングルから演奏できるので、楽しみです。

工藤 それにしても自分で話していて、いいプログラムだし聴きに行きたくなりましたね。誰か演奏してくれないかな(笑)。

最後に、公演を楽しみにしているみなさんに一言お願いします。

吉井 こういうご時世なので、一つの空間で音楽を楽しめること自体が幸せだという想いが強くなるばかりですが、この日は、あまり真剣になりすぎず、気軽にお昼のコンサートを楽しんでいただけたらと思います。みんな、毎日一生懸命生きていますから。ちょっと美味しいランチプレートを食べたような感覚で、1時間を楽しんでいただけたらいいですね。

工藤 僕もそう思います。管楽器の色彩ある音色を楽しめますので、気軽に立ち寄って、心も体もリフレッシュしてお帰りいただけたら嬉しいです。音楽って、そういう力を持っていると思いますから。おしゃベリも、一生懸命がんばります!

吉井 私はずっと笑って終わりそうです。以前共演した時も、リハーサル中から笑いっぱなしで大変でした(笑)。

工藤 そういう時には、無視するのが一番いいですよ(笑)。我々管楽器は、笑ってしまうと演奏に影響しますからね。では今回は少し真面目にしようかな。

トークも含め、当日を楽しみにしています。本日はありがとうございました!

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