ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を全曲演奏するチェンバーミュージック・ガーデン(CMG)恒例の「ベートーヴェン・サイクル」。アトリウム弦楽四重奏団は、ベートーヴェン生誕250周年にあたる2020年に出演を予定していましたがコロナ禍で来日できなくなり、改めてCMG2022に登場、結成20年以上のキャリアを誇るロシアの弦楽四重奏団が、満を持してベートーヴェンの全16曲に挑みます。今回は、メンバーに意気込みや聴きどころをお聞きした2020年のインタビューと、新たにいただいたメッセージを再構成してお届けします。
※クズマ・ボドロフに委嘱した新作「弦楽四重奏曲第2番」の聴きどころと演奏を紹介した動画「アトリウム弦楽四重奏団 演奏とメッセージ(2020年)」をページ下欄にてご覧いただけます。
※「アトリウム弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル」公演情報は下記リンクよりご覧いただけます。発売日以降チケット購入も可能です。
ベートーヴェン・サイクルは、演奏会5~6回の曲目構成にグループの個性が現れます。
今回の曲目構成の意図・狙いについて聞かせてください。
全体に共通するコンセプトとしては1公演を初期、中期、後期の曲で構成しています。これによって、お客様にはベートーヴェンの作曲の流れと曲の発展を最大限に知っていただけることと思います。
今回の演奏会のプログラミングは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲と私たちの関係性を示唆するようないくつかの意味を持たせて考えました。たとえば、6月13日のコンサートⅤは、アトリウム弦楽四重奏団の歴史そのものにとても重要に関わってくる曲で構成しています。第4番は私たちが初めて勉強し、演奏をしたベートーヴェンの曲です。第8番は2003年のロンドン国際弦楽四重奏コンクール(現:ウィグモアホール弦楽四重奏コンクール)で第1位を獲得したときに演奏した曲です。第12番は、私たちの新しいリーダー、ニキータを迎えて初めて演奏したベートーヴェンの曲です。ひとことで言うと、コンサートⅤはアトリウム弦楽四重奏団の歴史そのものを反映させたプログラミングになっています。
また、私たち全員、このベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番がどの室内楽曲の中でも一番優れた作品であるという考えで一致していて、一番多く演奏している曲でもあり、この曲はどこか「故郷」のように感じさせてくれる曲でもあります。なので、全体のプログラムを第15番で終わりたいと思って構成したのが6月16日のコンサートⅥです。
皆さんにとってベートーヴェンとはどのような作曲家ですか?
彼が残した弦楽四重奏曲の魅力を聞かせてください。
弦楽四重奏を演奏する多くの音楽家たちにとって 「ベートーヴェン」は「弦楽四重奏曲」の同義語と捉えています。彼はこの弦楽四重奏曲というジャンル全体を非常に発展させ、今でも弦楽四重奏曲の作品集として、後続のすべての世代の作曲家たちの素晴らしいお手本になっています。人間のドラマ、力、思想、喪失とその解決策、さらには神へのアプローチでさえ、人間についての非常に魅力的な物語を語る偉大な人文主義の聖書として在り続ける彼の音楽に私たちは非常に惹かれるのです。そして、曲にはベートーヴェン自身の作曲時の戦争や革命などの時事的なできごとや、そのときの個人的な感情も反映されています。ベートーヴェンはとても人間的であり、また、現在の私たちにとってもいまだに、「先進的」な人です。
一番好きなベートーヴェンの弦楽四重奏曲があれば、その理由もあわせて聞かせてください。
ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中から、好きな曲を1曲選ぶことはとっても難しいことです。単純にそれぞれ全ての曲に、好きな部分と、その明確な理由があるからです。たとえ、どれか1曲を選んだとしても、それはすぐに変わってしまいます。なぜなら、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲はスコアを見返すたびに、新たな発見があるからです。おそらくメンバー全員に共通しているのは、ベートーヴェンの特に、中期から後期の作品で緩徐楽章を演奏するときに特に愛をこめて演奏しているというところでしょうか。
アトリウム弦楽四重奏団の演奏を初めて聴くお客様、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を初めて聴くお客様に向けて、今回のベートーヴェン・サイクルがどのようなコンサートになるのかご紹介いただけますか?
私たちはいつも、自分たち自身のことをストーリーテラーが語るかのように表現することを心がけています。そして初めてアトリウム弦楽四重奏団のコンサートに来たお客様に、ベートーヴェンが楽曲にこめた想いを、言葉を使わずに、私たちの演奏で、また、魂によって伝えることができればと思っています。
皆様をベートーヴェンの世界と歴史を辿る、非常に興味深い旅へお連れしたいと思います。
アトリウム弦楽四重奏団はこれまでに、ショスタコーヴィチやチャイコフスキーの全曲を1日で演奏するなど、意欲的なプロジェクトに取り組んできました。今回初めて全曲演奏するベートーヴェン弦楽四重奏曲との共通点や違いについて考えを聞かせてください。
また、ロシアの作曲家とベートーヴェンとの違いをどのように感じていますか?
その通り! ショスタコーヴィチやチャイコフスキーのプロジェクトはお客様にとってもそうであったと思いますが、私たちにとって大変なチャレンジ企画でした。一人の作曲家の全曲演奏会というのはその作曲家の人生に沿って、その作曲スタイルや音楽的な言語、美学や彼自身の人生そのものに深く関わり、飛び込んでいくようなものなのです。そして私たちとお客様がその作曲家の人生をつかの間、ともに生きてみる、という体験を提供するものです。そして、もちろん、弦楽四重奏曲の名曲の数々に長く浸っていただけるという素晴らしい機会にもなります。
ベートーヴェン全曲とショスタコーヴィチ全曲の違いですか・・・ベートーヴェンのほうが長い準備期間を要するので、その分集中するし、消耗もするというシンプルに肉体的な違いはありますが、ベートーヴェンとロシア人作曲家の、作曲家としての違いを見出そうとは思いません。たとえばベートーヴェンとショスタコーヴィチは生きた時代が1世紀も違い、生きている文化や歴史的背景、それによって形成される精神的な部分はすでに大いに違うのですから。ただ、1つ言っておきたいのは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、常に、ショスタコーヴィチが弦楽四重奏曲を作曲するときのお手本になっていた、ということです。
今回ボドロフさんに委嘱された新曲を演奏されます。ボドロフさんとアトリウムが知り合ったエピソードや関係性、委嘱のきっかけや、どのような作品なのかご紹介ください。
出会いは今回メンバーに加入したニキータとクズマ・ボドロフに公私に渡る友好関係があったことにあります。彼らは二人ともモスクワ音楽院を卒業していて、15歳くらいのときからの知り合いです。ニキータは、クズマのヴァイオリン、チェロ、ピアノのトリプルコンチェルトを含む何曲かの新曲を初演しています。2020年はアトリウム弦楽四重奏団の結成20周年と、ベートーヴェンの生誕250周年の記念イヤーにあたり、なにか新しい曲を委嘱したいと考えていたときに、ニキータが彼に打診をしてくれ、ありがたいことに、快く引き受けていただきました。
新曲に関してはいつもそうですが、新曲は作曲家自身の魔法の力によるものなので、出来上がるまで、どんな曲になるのか私たちが想像することは難しいのですが、この新曲は旋律的で誠実な、彼そのものを反映させた素晴らしい曲で、もちろん、ベートーヴェンにささげる曲としてふさわしい1曲となっています。
前回の来日時からメンバーが変わり、現メンバーでの音楽づくり、作品へのアプローチなどに何か変化はありましたか? また、グループとしての活動方針やプログラムなどは、普段どのように決めているのですか?
私たちは、結成して20年超で2度しかメンバーチェンジをしていません。メンバーが変わる際、元からいるメンバーたちは、自分たちが音楽を作り上げていく上での音楽的な考え方や個性を変えてはいけないという考えで、常に新しいメンバーを探してきました。2017年のリーダー(第1ヴァイオリン)というポジションでの変更は、長年彼と一緒に取り組んできた結果を維持するという考えが第一にありました。今回加入したニキータはそういう意味で、アトリウム弦楽四重奏団の思想に完全に適合していて、その強い個性とスタイルで、クァルテットを音楽的にもテクニック的にもより良くサポートしてくれる存在となりました。
活動方針や計画は、メンバーそれぞれのソロ活動も含めて、かなり前から入念に決めていきます。通常は年に何度か、コンサートに向けての練習や新しいレパートリーを練習するための期間を設けています。コンサートのときは本番の数日前に集まって、成すべき作業を仕上げていきます。プログラムはいくつかのポイントに沿って決めていきます。たとえば、自分たちの音楽的な志向をキープできるものであるか、ロシアの作曲家の紹介などを大事にし、その曲に人気があってみんなに知られている曲かどうかや、今流行りの曲かどうかを気にして選ぶことはありません。そして私たちはいつも、あまり知られていなかったり、人々から忘れ去られたような曲を演奏することはすごく楽しみです。そういう曲をとりいれると、プログラム自体がとても特別で個性的なものになりますから。
2020年で結成満20年を迎えましたが、これまでの活動を振り返り、ベートーヴェン・サイクルを経て、今後どのような活動をしていきたいですか?
もう結成して20年にもなるなんて、本当に信じられません。本当に、ついこないだ始めたばかりのような気もしますが、それぞれの年を振り返ってみると、世界中のたくさんの人々に、私たちの音楽を聴いていただき、たくさんの結果を残せていることを大変誇りに思います。決して簡単なことではありませんでしたが、私たちの団結力が糧となって、少なくとも次の20年は迎えることができると確信しています。
次の私たちの目標は、あまり知られていない、また、忘れられてしまったロシアの作曲家の名曲を取り上げ、世界有数のホールでたくさんのお客様に聴いていただくことです。また、それらの曲のレコーディングも視野に入れています。それから、これは夢ですが、自分たちのことを紹介するとともに、たくさんのお客様に弦楽四重奏の魅力を知っていただけるような、アトリウム弦楽四重奏団のフェスティバルを開催できたらと思っています。
音楽の楽しみ方が多様化する中で、生演奏を味わうコンサートの魅力について、どのようにお考えですか?
また、室内楽(弦楽四重奏)ならではの魅力についても教えてください。
生の演奏会と、CDやインターネットのライブ配信のコンサートを比べることはできません。生の演奏会には、その時のそのホールにだけしか起きない、演奏家とお客様で作り上げる魔法のような空気がうまれるのです。これは演奏中にだけ生じる知識とエネルギーによる芸術なのです。それは人間同士の愛情のようなもので、決してヴァーチャルでは叶えられないものなのです。
コンサートは演奏家の演奏を聴くだけでなく、お客様の反応をこちらが感じ取るという相互のやりとりがあり、そのときに生じる奇跡なのです。
昨年からのコロナ禍ではどのような生活をされていましたか? また、2年ぶりに実現する来日公演に向けて、お客様にメッセージをお願いします。
いまだに、新型コロナウィルス感染拡大防止策の制限は解かれてはいませんが、国際的なコンサート事情に目を向けると、ゆっくりではありますが、通常のリズムに戻ってきています。
コンサートでの対応は開催する国によって様々です。ロシアは、2020年の秋頃にはほとんど全てのコンサートホールが観客を入れてのコンサートをスタートさせていたため、音楽家にとってはもっとも活動しやすい国だったかもしれません。
西ヨーロッパのコンサートホールも、ロシアと大体同じくらいに再開しましたが、コンサートが実際に開催されるかどうかは、毎回、最後のギリギリのタイミングで下される判断を待たなければいけなかったため、それはやはりストレスが大きかったです。
2021年は、予定されていたコンサートは延期されることも多く、いつものように忙しい年ではありませんでした。
そして今、私たちは、日本で延期されたコンサートが今年開催されることが、もう待ちきれないほど楽しみです。長らく間が空いてしまった日本でのコンサートがサントリーホールでのベートーヴェンのプログラムでお客様をお迎えできることにこの上ない幸せを感じています。
全てのお客様とそのご家族にとって、2022年が健やかな年となりますように。健康であること、これは今はもっとも大事なことです。
私たちもそしてお客様も、心と身体の健康をキープして、2022年6月に、必ずお会いできることを、そして素晴らしいコンサートの日々を共有することを心より楽しみにしています。