アーティスト・インタビュー

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サントリーホール室内楽アカデミー第6期 開催レポート

レグルス・クァルテット インタビュー

片桐卓也(音楽ライター)

サントリーホール室内楽アカデミー ワークショップより

困難を予測することは困難だ。これは単なるトートロジーだけれど、2020年に最初の緊急事態宣言が出されてから、頭の中をこの言葉がグルグル巡り出して、未だに脳内のどこかで通奏低音のように鳴っている。2020年には、いわば混沌の中で光を求めようとするような意識が、自分の中にも、また、すべての音楽家の中にもあったように感じたが、演奏会が再開され、元の日常に戻ろうとしている過程の2021年は、混沌の質が変化して来て、私たちはより難しい状況に置かれているような気がしている。
そんな中で、若い音楽家たちはどんなことを考えながら日々、過ごしているのだろうと気になっているのだが、サントリーホール室内楽アカデミーに集まっている若い演奏家たちの姿を見ていると、むしろ音楽により集中しているようで、頼もしく感じることが多かった。2020年はすべてが無観客配信で行われた恒例の「チェンバーミュージック・ガーデン」も、2021年は観客を入れての開催となり、室内楽アカデミー第6 期の面々の素晴らしい演奏を生で聴くことが出来た。それは困難な時代の中の一筋の光明でもあった。

サントリーホール室内楽アカデミー ワークショップより

レグルス・クァルテット インタビュー

第6期のフェロー (受講生)の中から「レグルス・クァルテット」の4人に話を聞くことが出来た。レグルス・クァルテットは吉江美桜東條太河(以上、ヴァイオリン)、山本周(ヴィオラ)、矢部優典(チェロ)の4人がメンバーであり、プロジェクトQ第17章の参加を機に結成された。まだ結成してから1年ほどの若いクァルテットである。この中で東條だけは東京藝術大学に在学中で、他の3人は桐朋学園大学に在学、あるいは修了している。
「僕だけがみんなよりちょっと年上ですが、いわゆる世代差みたいなものを感じることはほとんどなくて、同じ土俵の上で会話出来るメンバーです」と室内楽アカデミー第4・5期にも参加していた山本は語る。
東條も「この中では僕が一番年下になるのですが、みんな先輩風(?)を吹かせることもなく、音楽的な会話が出来るメンバーです(笑)。それぞれにアプローチも違っていて、感覚的に音楽を捉える人と、理論的に音楽を捉える人と、それぞれが居ますが、でも、その両方の側面がクァルテットには必要かなと思います」と語る。ちなみに東條と吉江、つまりふたりのヴァイオリニストは同じ先生の門下生で、以前からお互いをよく知る間柄だそうだ。

結成してからまだそれほど時間が経っていないということだが、音楽的な会話はどのように進化して来たのだろうか? 
チェロの矢部が語る。「最初の頃はまだ手探り状態という感じでしたが、今では、お互いにどういう伝え方をすればより理解出来るかということが分かって来た段階ですね。意見を言うタイミングとか?」
それに応えて山本が「かなり気をつかってくれますよね、それに(笑)」と語る。
吉江はそのやり取りを聞き、「この中では、一番性格が悪いのは私かも? 思ったことをすぐ口に出してしまいます(笑)。でも、それを他の3人は受け止めて、理解しようとしてくれる。以前は、ひとつの解釈で色々とぶつかることもあったけれど、よくよく考えてみれば、それは物の言い方が違うだけで、結局は同じことを目指しているということが分かったりして、やはりコミュニケーションを重ねて行くことは大事だなと最近は実感します」と語ってくれた。

レグルス・クァルテット
2019年プロジェクトQ・第17章の参加を機に結成。桐朋学園音楽大学、東京藝術大学の学生により構成されたメンバーで、それぞれが小澤国際室内楽アカデミー奥志賀、サントリーホール室内楽アカデミー、プロジェクトQなどに参加。プロジェクトQ・第17章、第18章のマスタークラスを受講したほか、原田幸一郎、磯村和英、山崎伸子に指導を受ける。

室内楽アカデミー ワークショップでの取り組み
室内楽アカデミーでは毎月のワークショップに合わせ、課題曲を決めて、それをそれぞれのグループが練習し、さらにファカルティ (講師)の指導を受けるというスタイルで音楽を積み上げて行く。
レグルス・クァルテットは「古典から近代までバランス良く取り上げて行こうという考えから、最初はメンデルスゾーンの第2番からスタートしたのですが、それ以降はハイドン、そしてラヴェル、バルトークへと進んで行ったという感じでしたね」と東條は振り返る。
「やりたい曲ということで言えば、やっぱりベートーヴェンの後期は取り上げたいと思っていました」と山本。それはみんな同じ想いを持っていたようだ。
「学生時代からベートーヴェンの後期はトライしてみたいと思っていますが、やはり曲の存在感が凄過ぎて、なかなか取り上げる気持ちになれないということがありましたね」と矢部。続けて「安易に自分が取り上げていいのかという気持ちもありましたよね」と語る。
それに応えて、吉江も「とりあえず演奏してみることは出来るけれど、音楽の本質に届くところまではなかなか行けない。それでためらっているということはありますね」と語る。しかし、クァルテットを結成したからには、ベートーヴェンの後期作品群はやはり一度は正面から取り組まなければならない作品とみんな感じているようだ。室内楽アカデミー第6期の2年目では、彼らのベートーヴェンが聴けるかもしれない。

室内楽アカデミー ワークショップでの指導風景

『曲への愛情が足りない』とのアドバイス
室内楽アカデミーの毎月のワークショップは公開されてはいないが、その中でのファカルティとフェローの間の様々な会話、やりとりは、かなり面白いものである。1年を経過してみて、その時間の中で印象に残ったエピソードを聞いてみた。
「1月にバルトークの弦楽四重奏曲第3番をいちおう弾ける状態にまでして持っていったら、池田(菊衛)先生に『曲への愛情が足りない』と。それがみんなの心に突き刺さったという<事件>がありました」と東條。「それ以降、なにか作品を取り上げるたびに、みんなで『曲への愛情が足りない』と言い合うようになり」と矢部。
「それまでに取り組んだ作品の中で、やはりバルトークは一番難しくて、音楽的なことを考える前に、クァルテットとして形にするにはこうする、みたいなことが中心になってしまっていたと思うのですね。曲を弾くことを楽しむとか、この曲のここが自分たちは好きなんだよね、ということを全然考えていなかったなという反省もありました。音楽を考える時に、やはりその曲のどこに共感するかを表現するのは当たり前のことなのに、それが出来ていなかったということを、本当にはっきりと先生は指摘して下さる。それでバルトークを弾く意識がとても変わりました」と吉江。
バルトークはどの弦楽四重奏曲も難しいものだが、「現代的で難しいと言われるその中にも、やはりロマンティックな要素とか、もっと音楽的な要素もあるはずで、池田先生の言葉はそうした面にも目を開くきっかけになったと思います」と吉江は続けた。

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」(2021年6月)

自分が感じたことを音楽的に表現していく
「バルトークに限らず、このアカデミーに参加する前には、どの作品もピッと合わせていなくちゃダメなんだろうと思っていましたが、実際に先生方と接してみると、『もっと、そこは自由に弾いて』とか言われることも多くて、それが意外だったと言う点もあります。音楽をよりリラックスして演奏出来るような、そんな感覚を得た1年でもありましたね」と東條。
「4人それぞれの音楽的な個性を出して行っても、この4人ならば音楽的な方向がバラバラにならない、そんな感覚を持つようになれました」と吉江も言う。「弦楽四重奏というと、どうしても合わせることが優先という感じになりますが、この室内楽アカデミーでの経験のなかで、自分が感じたことをもっと音楽的に表現しても良いのだと言うことを発見出来たと思います。それをこれからも活かして行きたいですね」

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室内楽アカデミーはこの秋から第6期の2年目に入る。世の中の状況がどうなるかはまったく分からないけれど、音楽を追究するということは、時代の流れとはまた別の世界であり、4人が集まれば、もしかしたら困難も4倍になるかもしれない。それでも、その予測のつかない展開を楽しみつつ、これからも音楽を追究して行って欲しいと思う。

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