アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2021

「フォルテピアノ・カレイドスコープ Ⅱ」
クレシミル・ストラジャナッツ(バス・バリトン) インタビュー

クレシミル・ストラジャナッツ(バス・バリトン)

現代のモダンピアノとは趣向の異なるオンリーワンの響きが魅力のフォルテピアノ。
小川加恵(フォルテピアノ)と共演するクレシミル・ストラジャナッツ(バス・バリトン)は、今年ベルリン・フィルとの共演も予定されるなど、世界から注目を集める歌手です。
今回、フォルテピアノの音色と共に、シューベルトやシューマンを中心とする歌曲を披露します。
フォルテピアノと共演する魅力や聴きどころなど、お話しを伺いました。

クレシミル・ストラジャナッツ(バス・バリトン)

今回のコンサートのコンセプトは、1835年製のピアノ、シュヴァルトリンクのピアノ伴奏で歌唱されることです。こうしたフォルテピアノの伴奏によるリサイタルは、これまでにご経験がありますか? モダンピアノで歌うこととの違いや難しさ、フォルテピアノと共演することの魅力などをお伺いさせてください。

今回のコンサートでは、あえて作品が書かれた時代の楽器を用いて演奏を行うことにしました。現代では、ピアノ演奏のあるコンサートではたいてい、20世紀か21世紀に製作されたモダン・グランドピアノが使用されることが一般的です。けれども今回は、作曲家たちが作品を書いた19世紀半ば当時にできるだけ近い音を再現し、そのオリジナルの形で聴衆の皆様にお聞かせすることを目指しています。
昨今、音楽界で見られる、作曲された各時代の楽器や、それと同等のスペックで製作された新しい楽器に立ち返る流れは素晴らしいと思います。この良い例に当たるのがバロック音楽の演奏です。40年くらい前は、歴史的な楽器を目にすることはそれほど多くありませんでしたが、今日ではたくさんのオーケストラで、作曲時に使われていた歴史的な楽器を使用しています。今の時代、モダン・オーケストラと歴史的な楽器を用いて演奏を行う非常に質の高いオーケストラという二つの種類のオーケストラが存在し、その事実は双方にとって意義のあるものです。バロック・オーケストラはモダン・オーケストラから多くを学びましたが、同様にモダン・オーケストラも学ぶところが多く、現在のバロック音楽の演奏法は、20世紀半ばから末にかけての演奏法と比較すると明らかに異なっています。
私自身はこれまでにもフォルテピアノの伴奏で歌った経験があり、とても楽しんでいます。古い楽器の生み出す音色と音の温かみは、他では出せません。たしかに現代の楽器は、より大きなホールで音を聞かせることを目的に製作されています。特に今日のグランドピアノは大編成のオーケストラに「切り込める」ような音量が期待されています。それでいて、柔らかで温かみのある音色を奏でられる楽器もたくさんあります。声楽家としては、歴史的な楽器もモダンな楽器もそれぞれの良さと役割があり、双方からふさわしい楽器を選べるのは恵まれていると感じます。フォルテピアノでシューベルトを弾くのは、現代の「ハイテンションな」楽器で「リスト後」のロマン派作品や、ロマン派の歌曲を演奏するのと同様に、自然なことだと思います。

©Patrick Vogel
クレシミル・ストラジャナッツ(バス・バリトン)
クロアチア出身。シュトゥットガルト音楽演劇大学で学び、数多くの国際コンクールで優勝。2007~13年チューリヒ歌劇場に所属し、現在はコレギウム・ヴォカーレ・ゲントのソリストとして活躍。これまでにサンティ、フェドセーエフ、ハイティンク、ヘレヴェッヘなど世界的な指揮者と共演。日本では16年、ノット指揮、東京交響楽団とブラームス:『ドイツ・レクイエム』で高評を得た。21年にはペトレンコ指揮、ベルリン・フィルとモーツァルト:『戴冠式ミサ』を予定しており、現在、世界で最も注目される若手歌手の1人である。

ストラジャナッツさんは、世界第一線のモダンのオーケストラと共演する一方で、コレギウム・ヴォカーレ・ゲントのソリストとして、バロック作品も積極的に歌われています。こうした様々な作品の時代を行き来することは、ストラジャナッツさんにとって自然なことなのでしょうか? また、バロック音楽に取り組むことで、古典派やロマン派の作品に取り組むアプローチ方法は変わりましたか?

私は常に、特定の時代や音楽様式に偏らないように心がけてきました。あらゆる音楽様式や時代を大きなまとまりとして捉え、声のために書かれたいかなる言語や音楽様式ででも理解しようと努めています。
私の声種(バス・バリトン)は現代音楽からロマン派やバロック、ルネサンスに至る音楽様式までかなり自然に対応できます。また、オペラやコンサート・レパートリー/芸術歌曲(リート)/室内楽も自由に行き来できます。大事なのはそれぞれの音楽様式やオーケストラやアンサンブルといった演奏形式に合わせて、どの程度のダイナミックさを持ち合わせ、どのような表現をしていくかです。おそらく私自身の声質が、バスとバリトンの声域を自在に行き来するのに合っている、ということもあると思います。シュトゥットガルト大学の学生時代には、あらゆるスタイルの音楽を網羅する教育を受ける機会に恵まれましたから、どんな楽譜を渡されても喜んで対応します。
私にとって「音楽」というものはただの音楽というだけでなく、人間の存在を反映したところに根差しているものだと言えます(人間はここ500年くらい、恐らく大きく変わっていません—現代ではテクノロジーの進化は果てしないのですが!)。
私を高めてくれるのは間違いなく世界中のすばらしい音楽家たちとの演奏活動です。その中でもいちばん影響を受けている仲間の一人がコレギウム・ヴォカーレ・ゲントの首席指揮者であり、世界中のオーケストラで客演指揮者を務めるフィリップ・ヘレヴェッヘです。彼はルネサンスおよびバロック音楽から始めましたが、今やロマン派の作曲家の作品を頻繁に扱っていることからも、彼の多才ぶりがわかると思います。
私自身は学業を修めた後、最初は(チューリヒ歌劇場で)オペラに出演し、ルネサンスおよびバロック音楽へ幅を広げてから、念願だった現代音楽にも関わるようになりました。ある様式や時代にこだわるのは、人生を生きる上で一面的になってしまうと感じますし、音楽家として完成されているとは感じないでしょう。

© Suzanne Schwiertz
R. シュトラウス:オペラ『ナクソス島のアリアドネ』
(チューリッヒ歌劇場公演)
© Hans Jörg Michel
P. エトヴェシュ:オペラ『三人姉妹』
(チューリッヒ歌劇場公演)

今回のプログラムは、シューベルトとシューマンを軸としていますが、小川さんと共にどのような過程で決めたのでしょうか? また、あなたにとって、ドイツ・リートは特別に思い入れのあるジャンルだと聞いていますが、シューベルトやシューマンの歌曲は、どのような存在でしょうか? その魅力についてお伺いさせてください。

小川加恵さんと私は、このコンサートをどういうコンセプトで展開するか今まで話し合ってきました。使用楽器の選択も、もちろんレパートリーを決める上での大切な要素です。私たちがフォルテピアノで演奏する予定の曲目は、できるだけフォルテピアノで演奏されていた時代に近いものにしたいと考えました。
さらに私たちが決めたことは、声楽、ピアノ、ヴァイオリンのための素晴らしい歌曲集、ルイ・シュポーアの『6つのドイツ語の歌曲』をプログラムに入れることでした。この歌曲集はめったに演奏されませんし、プロによる録音も、私が確認する限りこれまでに2回しかありません。この歌曲集で、私たちの音楽仲間であり、東京交響楽団のコンサートマスター、水谷晃さんが参加します。
シューベルト、シューマン、ベートーヴェンなど他の歌曲については、(すべてではありませんが大半を)フェイスブックを通じて仲間の音楽家たちにお薦めの歌曲を挙げてもらうように頼み、集まったものから選びました。ソーシャルメディアをそうやって建設的に使うのはすごくいいことですよね!
私は芸術歌曲をその純粋さと親密性から本当に愛しています。オーケストラでは時間が限られてしまってなかなかできないリハーサルも、ピアニストと歌い手の二人なら何度も行うことができる点も気に入っています。
私のレパートリーはかなり多いので、その中からよく演奏する数曲を選ぶこともできましたが、今回は何か新しいことに挑戦しようと思い、30曲くらいの候補を挙げた長いリストを小川さんに送って、そこから2人で約20曲を選び出しました! ですから、今回のプログラムは私の仲間の音楽家の選択眼に叶い、さらに小川さんと私がお客様のことを考えて選び抜いた「最高の芸術歌曲」で構成された内容となっています。著名な作品が集まりましたので、サントリーホールにおいでになるお客様であれば、きっとその多くをご存知でしょう。しかし一方で、これまでに耳にされたことのない珠玉の名品に出会う機会にもなると思います。

小川加恵(フォルテピアノ)
    水谷 晃(東京交響楽団コンサートマスター)

初めてストラジャナッツさんの歌声を聴く方も多いと思いますが、今回のコンサートを通じてストラジャナッツさんが伝えたいこと、感じてほしいことなどがあれば、お聞かせください。

そうですね、どんな音楽家も作品の持つ情感をいちばん良い形で、聴き手のひとりひとりにお届けすることを目指していると思います。情感を込めることで音楽(だけでなく他の芸術作品もですが)に人間らしい息づかいが生まれます。もし、芸術がそういうものでなければ、コンピューターが演奏家に取って代わり、同レベルでシューベルトやシューマンを演奏できるでしょう。でも明らかにそうはなりえないものです。
私は自分の人生で好きなことができて、とても幸運だと思っています。そしてステージで他の演奏家たちと共演する音楽を通じて、聴衆の皆さんが幸せになり、音楽によってこの地球上のありとあらゆる人がつながることができることを思いだしてほしいと願っています。私にとってクラシック音楽は娯楽というよりも、人生で何が大切かに気づかせてくれるもの、演奏家や聴衆に学びの機会を与え、感情を整えてくれるものなのです。

ブラームス:ドイツ・レクイエム 作品45
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団第639回定期演奏会
(2016年4月 サントリーホール) ⒸN.Ikegami/TSO

新型コロナウイルスの影響で生活様式や音楽の楽しみ方が多様化するなかで、生演奏を味わうコンサートの魅力についてどのように捉えていますか?

私の住むヨーロッパではライブコンサートが実施できず、人々は生演奏の再開を心待ちにしていることでしょう。私たち音楽家はもう1年以上、無観客で、ただ動画撮影用のカメラの前で演奏することが続いています。しかし人の営みに意義を与えるには人の存在が必要です。音楽には聴衆が必要なのです。コンピューターのスクリーンに映された絵画を見るのと、実際に美術館を訪れて本物の絵画を鑑賞する経験が同じではないのと似ています。もちろん、私たちにとって健康と安全は最優先すべきものです。だから、私は予防措置の必要性を十分に理解し、必要な措置を取っています。そして少しでも早く、落ち着いた普通の生活に戻れるようになることを心から願っています。
私個人としては、来日は心からの願いでした。日本には観光であれ、仕事であれほぼ毎年来ていましたし、来られなくなって残念に思っていました。来日のために3回のPCR検査を受け、ワクチン接種も済ませたことを踏まえれば、コロナウイルス感染症のリスクは限りなくゼロに近くなっていると思います。
今回初めて、シュトゥットガルトに幼い息子のレオを残してきました。小さな子どもと離れて3週間半すごすのはかなり長く感じます。毎日家に電話していますが、それでも息子が恋しいですね。

シェーンベルク:ワルシャワの生残り 作品46~語り手、男声合唱と管弦楽のための
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団第639回定期演奏会
(2016年4月 サントリーホール) ⒸN.Ikegami/TSO

これまでの日本公演で忘れがたい思い出はありますか?

忘れられない思い出はすごくたくさんあって、一つだけ挙げるのは難しいのですが、まず、日本に初めて来た時のことは忘れられません。
私は子ども時代をクロアチアで過ごしましたが、日本に関する本を読みあさっていて、ずっと日本に来たいと願っていました。初めて目にした日本の風景は、見慣れたヨーロッパの風景とはまったく違っていました。それから、妻が(ワーグナーのオペラ『ローエングリン』公演の舞台設計・衣装に携わり)新国立劇場で働いていた折、毎日のように妻に会いがてら、幡ヶ谷近辺をぶらぶらして、界隈のお店のご主人に話しかけたりして、日本の街の雰囲気を体感していました。私は、自分とは違う地域に住む人々の暮らしぶりを見るのが好きです。いくどかは東北地方(青森県)を訪れたことがあり、特に東北の自然と、その地で出会った方々の素晴らしいおもてなしや親しみのある心づかいのおかげで楽しく過ごすことができました。
また、山形県でいただいた夕食は思い出に残っていて、日本の台所というものの素晴らしさを実感しました。滞在中は、いつも日本食だけを食べて、人々の暮らしぶりを学ぼうとしています。また日本では、まだ訪れていないけれど、いつか行ってみたい地域はいくらでもあります。何度も来日してはいますが、まだ富士山を見たことがないので、お天気に恵まれた時にぜひ行ってみたいですね!
それと、私の自慢はかなりの数の津軽塗の漆器と、20点以上の日本の焼き物(日本茶が好きなので特に湯呑み)を持っていることです。ヨーロッパにいても、ときどきは美味しいお茶を楽しんでいます(かぶせ茶が私のお気に入りですね)!

最後に、お客様に向けてメッセージをお願いします。

皆様、いつも素晴らしいホスピタリティで迎えてくださってありがとうございます。
そして現在のような大変な状況の中でも、こうしてコンサートを開催していただけることに感謝します。
今回、小川加恵さん、水谷晃さん、そして私の共演でお届けする音楽を皆さんが気に入ってくださると嬉しいです。
どうぞお体にお気を付けてください。私たちはきっとまたすぐに普通の生活に戻って、
色々な文化的な催しやコンサートを楽しめるようになりますし、お互いに親しく交流できる日が来ると信じています!

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