サントリースポーツの活動に込められた「想い」とその未来図を、様々な視点からロングインタビュー形式で掘り下げる<SPIRITS OF SUNTORY SPORTS>シリーズ。
第4弾は、東京サントリーサンゴリアス・スクールアカデミー兼地域連携担当の平浩二さんとサントリー 天然水の森グループスペシャリスト・市田智之さんの2人による、異業種クロストークです。
“選手”を育てる × “森”を育てる。「育てる」ことに日々全力で取り組んでいる二人が、ジャンルを超えて語り合いました。二人が描いている未来は?(取材日:2026年2月)
《平 浩二》
東京サントリーサンゴリアス スクールアカデミー兼地域連携
2005年サントリー入社後、サンゴリアスで主力として活躍。日本代表32キャップを持ち、W杯でのトライも記録。2015年の現役引退後は営業部でセールスとして活躍後、21年からスクールアカデミー担当として選手の育成やアカデミー運営を務める。
《市田智之》
サントリーホールディングス(株) サステナビリティ経営推進本部
(地域共創) 天然水の森グループ スペシャリスト
1999年サントリー入社後、横浜支社で酒類業務用営業を行い、中・四国支社で拠点企画業務、業務用営業推進本部等を経て2019年4月から現職。国内の水源涵養活動である「天然水の森」活動をはじめ、愛鳥活動の統括業務を担当。
――この対談のために事前に会われているそうですが、その時の印象をお聞かせください
平:その時に初めてお会いしたのですけれど、私がこれまで業務として関わってきた内容とは全く違うお仕事をされていながらも、何かを育てる、育成するという部分で私がいまやっていることと共通していると感じたので、本日の対談を楽しみにしていました。
市田:私はまず「あ、平選手だ」という感じで(笑)。やっぱり現役時代を見ていたので、「あ、本物だ」と感じました。私はいまの仕事が6年ちょっとで、それまではずっとお酒の営業をやっていましたが、いまは他の会社から見たら「会社にこんな部署があるのか」と思われるような仕事をしています。ラグビーも地域と一緒になって推進したり、子どもたちとの触れ合いなど、私たちがやっていることも地域に密着したりして子どもたちに伝えたいという思いを持ちながらやっていますので、その辺りとても共通点があると思います。
――「水育」を子どもたちに向けてやっているんですか?
市田:そうですね。小学生向けの次世代環境教育という形でやらせてもらっています。私が直接教えることはないんですけれど、水育の業務も担当していたので、小学校に行って子どもたちの授業や自然体験プログラムを見たり体験したりしていました。
――「水育」では実際、どういうことをやるんですか?
市田:大きくふたつの活動があって、「森と水の学校」といいう自然体験プログラムは、天然水工場がある北アルプスと南アルプス、奥大山、阿蘇の4か所で、実際に森の中に入っていろいろなことを体験してもらい、その後に工場見学をする活動で、夏休みに実施しています。森の中ではいろいろなことが起きて、上流から蛙が流れてきたりして、鳥や虫が突然現れたりもします。あともうひとつは、出張授業で小学校に直接水育講師が行って、学校の先生と一緒に水の循環などを勉強する内容です。
――森のサステナビリティには生物の多様性が大切だそうですね
市田:そうですね。私たちの森では、生態系のトップは猛禽類で、いわゆるタカとかワシが子育て出来る環境を目指そうとしています。子育てが出来るということは、餌となる小動物が豊富ですし、その小動物が豊富ということは、さらにその下の植物なども豊かということになります。だから猛禽類をシンボルにしています。
――植物が豊かだと、良い水が出来るんですか?
市田:植物が豊かだと、土がフカフカな状態になって雨が浸み込みやすい状態になるので、雨が浸み込むと、そこから豊かな水が育まれるということになります。
――そのためには、まずは猛禽類からなんですね
市田:猛禽類は呼んでもいきなりは来ないので(笑)、猛禽類が来てくれるような環境づくりを目指しています。そのために、森の手入れのための間伐や下刈をしたりしています。
――林業・植生・大学・鳥類・土地所有者等、それぞれの関係者が関わっていて、いろいろなバランスを取らないと森は育てられないそうですね
市田:様々なステークホルダーの方がいて、その合意形成はやはり大変です。それには常にコミュニケーションを取りながら、丁寧に説明することを心がけて、さらに実際に現地に行って話をすることがいちばん大事だと思います。それぞれの分野の専門家の方がいらっしゃるので、その専門家同士で意見を出し合いながら、全体をコーディネートしていくことがサントリーの社員の役割になります。やはり専門的な話もたくさん出てくるので、担当はしっかりと勉強して活動しています。
――やってみようとしても、すぐにはできない場合、またトライしてもすぐには結果が出ない場合があると思いますが、そこはどう判断しているんですか?
市田:やはりトライするやり方も、ひとつのやり方だけだと、それが失敗したら手がなくなってしまいます。私たちはだいたい3つくらいの解決策を用意しながら、まず小さい面積からトライしています。かといって、そこで上手くいって他に広げても、土地によって違って失敗することもあるので、あまり一気に広げないということを肝に銘じでやっています。やはり自然相手だと結果はすぐに出ないので、実は自治体との協定なども1年や2年で結んでいるわけではなく、30年をひとつの協定の単位にしていて、森づくりも100年後をイメージしてやっているので、実際にはいろいろなことを失敗しながらやっています(笑)。
――平さん、アカデミーの生徒を育てる上で、今までのお話で参考になることはありますか?
平:いまアカデミーの生徒は府中校・青山校で約90人ですが、トライ&エラーという部分で、この子はいま良いけれどこの先絶対に伸びるというわけではない、というところは共通する部分があるなと思いました。逆に言うと、最初は伸び悩んでいても将来めちゃくちゃ伸びる子もいますし、こちらの伝え方とか指導方法で、いまの子どもの世代は大きく変わると感じています。
――どういう伝え方、どういう指導方法をやっているんですか?
平:心がけているのは、昔だったら「これをやれ」と言うコーチがファーストで、どちらかと言うと指示が強めの指導法でしたが、いまは試合に出るのもプレーするのも子どもたちなので、 “プレーヤーズセンタード”と言うんですけれど、子どもたちに考えてもらえるような、しっかりと自分たちで考えてプレーできるような方法で伝えるようにしています。
――お二人に共通することは“気長に”ということだと思うんですが、どうですか?
平:そうですね。やはりいろいろな我慢は大事ですね。ただ私のやっていることの方が、成果は早く見えるかもしれないですね。ただ、成果が見えないからと言ってすぐに変えるわけではありません。こちらが意図していることはやって欲しいことなので、このゴールに向かうためにはちょっとアプローチを変えてみようと、ゴールは一緒でも手段を変えるようにしています。
――そうするとコーチとしてその手段をたくさん持っていないとできないですね
平:そうなんですよ。大変ですし、私ひとりだけの力じゃ無理です。一緒にやってくれている鈴木徳一さんやサンゴリアスのプロのコーチたちに、「こういう局面だったら、どうすれば伝わりやすい方法があるか?」と聞いたりしています。ついさっきも青木(佑輔/アシスタントコーチ)に聞いたばかりです。そういういろいろな人から方法や意見を聞いて、それをブレイクダウンしてアカデミー生でもできるような練習方法を考えてやっています。本当にトライ&エラーです。
――市田さんには判断する役割もあると思いますが、とその判断の基準はどんなふうに?
市田:私たちはなかなかすぐに変えるということはしないですし、実際に植樹した時も最初の1~2年はぜんぜん伸びないと思っていたのが、5年経つといきなりグッと伸びたりするケースもあるので、なかなか判断が難しいところではあるんです。やはり常に様子を見ながら、そして先生方のアドバイスを聞きながら判断しています。
――どんなペースで様子を見ているんですか?
市田:行くことになると一時期に同じエリアに、2週間に1度は森の中に入ったりするケースがありますが、やはり2年~3年は一通り見る感じになります。いろいろな意見を聞きながら、最終的には「これで行こう」と決めます。自然が相手なので、こちらの思った通りに行くわけでもなく、そこは試行錯誤しながらですね。
――営業をやられていて、いまの部署に異動が決まった時に、どんなことを思いましたか?
市田:まず喋っている言葉が理解できないというか(笑)。普通は喋っていると言葉は漢字変換できるんですが、林業的な言葉があったりしてなかなか漢字変換できないんですよ(笑)。“かいばつ”って、一般の人だと海抜何メールということをイメージすると思うんですが、林業での“かいばつ”は “皆伐”で、木を全部切ることを言います。そういうところから段々と勉強です。もともと私は和歌山で生まれですが、自然探索などはほとんどしない子どもでした。山に入ることもなく、商店街で遊んでいましたから(笑)。
――やりがいや面白さはどうやって見つけていったんですか?
市田:この活動ってボランティアと間違われるんですけれど、私たちはボランティアでやっているわけではなくて、本当に大切な原料の水を守る活動なので、事業活動のひとつとして捉えています。事業に直結しているところが、非常にやりがいを感じるところかなと思います。
――平さんのやりがいは?
平:やりがいは子どもたちの成長した姿を現場で見られることです。そこがいちばんやって良かったと思う部分です。子どもたちはアカデミーだけじゃなくて、週末は地元のスクールに行って、普段は学校に行っています。その中で毎週毎週、見た時の変化、「この前まで挨拶できなかったのに、今日は挨拶してきたな」とか、自分から分からないことを聞いてきたり、そういう変化が見えたり、成長を感じられると嬉しくなります。
――市田さんの仲間は社内にどれくらいいるんですか?
市田:実際に森を担当しているのは26ヶ所ですけれど、4人が現場に入っています。
平:少ないですね。
市田:でも、私のような社員が森に入って活動を行うような会社、ましてそういった活動を専門に行う部署がある会社というのは、日本ではなかなか見当たりません。
――市田さんはどの辺の地域なんですか?
市田:私は群馬や長野ですね。ひとり6~7ヶ所で、多い人だと10ヶ所くらい担当しています。ですので出張はめちゃくちゃ多いです。昨年調べてみたら、出張日数が100日を超えていました。慣れましたし、感覚的にはもう地元の人に近いかもしれません。たまに自治体の人に「この前もいませんでした?住んでいるんですか?」って言われるくらい会ったりします(笑)。
――仕事の業種で言うと何になるんですか?
私たちは林業的な施業をしているわけではないので、ご協力いただいている専門の方々にも、あまり効率などは求めていません。基本はあくまでも土が大事で、土を流さないような施業をしていただくと言う面倒なことをお願いしていて、自分の立場はどちらかと言うとコーディネーターになるんですかね。いろいろな専門家がいる中で様々な意見を調整して、物事を前に進めていく形になります。林業の会社以外で社員が自ら森の中に入っていくというは、あまり例がないんじゃないかと思います。
――新しいことをやっている面白さや楽しさはありますか?
市田:そうですね。面白いですね。自然ではなかなか結果が出ない中で、結果が出た時には面白いですね。担当している北アルプスでは、もともとオオタカがいてアカマツ林に営巣していたという記録は残っているんですが、アカマツ林が弱ってきたり、下に広葉樹が育ってきたりして、オオタカにとっては住みにくくなった環境でした。それをオオタカが戻ってきてくれるような環境にしようと2019年から取り組んで、そのための整備などを行って2022年には本当にオオタカが来てくれて、営巣してヒナが育ったということがありました。専門家の先生に聞いても「そんなことはすぐにはないよ。奇跡だよ」って言ってくれました。それを映像としても撮影できました。
――調整も大変だと思いますが、いちばん大変なことは何ですか?
市田:いろいろな考えを持っている方がいらっしゃるので、その方々に私たちの活動を理解していただくことは、結構大変ではあります。例えば、地元の集落の住民説明会に毎年行って、活動の報告と今年の計画を説明している担当もいます。そういうところは丁寧にやっていく必要があると思っています。
――平さんにとって大変なところは?
平:いっぱいありますね。子どもたちに対して、今は青山校と府中校の2校があって、府中はセレクションをしたので将来はサンゴリアスに入りたいという想いを持った子が集まっていて、スキルも高い子が多いんです。青山校では、もう少しラグビーを楽しみたい、サンゴリアスが好きだからアカデミーに来ている、そういう子が混在しているので、その子たちのマインドを上げていかなければいけないのか、ならすために下げなければいけないのか?いまはちょうどいいところでやろうと思っています。あまり下げることもマインドが高い子に対して良くないですし、上げることも低い子のモチベーションに繋がらないので、もう少し下の子たちを底上げできるように指導しています。
――おふたりとも育てています。育てる上でいちばん大切にしていることは何ですか?
市田:まずはその森にどんな特徴があるかということを、徹底的に調査をするところからスタートします。やはり森ごとによってぜんぜん課題が違うので、事前にこの森はどんな課題を抱えているか?その調査をするところを大事にしています。地域によって植生も全然違ってきます。
平:私たちはサンゴリアスのクラブスピリッツ、PRIDE、RESPECT、NEVER GIVE UPに沿って、その中でマインドの部分、気持ちのところもそれに照らし合わせながら指導をするようにしています。例えば、NEVER GIVE UPは「諦めない」だけじゃなくて、たくさん失敗をして欲しい、どんどん失敗していいからもっと多くのチャレンジをして欲しい。こちらがいちばんダメだと思うことは、やらないこと、何事にも挑戦しないこと。それは望まないので、いくら失敗しても良いから下手でも全力でやる。そうすればそれはコーチに伝わってきます。そういうことにしっかりとチャレンジして欲しいと伝えています。
―― “やってみなはれ”に近いですね
平:そうですね。やはりサントリーらしく、サンゴリアスらしく、伝えられるようにしています。サンゴリアスアカデミーという名前なので、そこはブレちゃいけないと思っています。
――サンゴリアスらしくとは?
いまほとんどのチームがアカデミーという組織を持っていて、やはりサンゴリアスらしさを追求しないと、どこも一緒だと思われてしまいます。ですのでコンセプトシートを作って、その真ん中には未来のサンゴリアスを書いて、それに紐づけて何が出来るかを、開校する前にめちゃくちゃ考えました。その結果、いまは相当充実していると思います。僕自身、子どもたちが羨ましいくらいです。例えば、練習後に現役選手、例えばチェスリン・コルビ選手が来てくれたり、トレーナーのサポートがあったりして、サンゴリアスらしさを出しています。
――後輩も育てなければいけませんね?
市田:はい、おっしゃる通りで、組織自体がサステナビリティにならないといけないので、そこは非常に大事だと思っています。まだまだ社内の中でも、この活動を全員が知っているかと言えば、伝わっていなかったりするので、事あるごとに社員に向けに説明をする場をいただいています。
――社員2年目には「天然水の森」での森林整備を全員が体験するんですね
市田:はい、研修の一環で、実際に森に行って整備していただくんですけれど、たぶん新人で行くと、よく分からずに森に連れて来られて作業をさせられたということにしかならないんですが、2年目に行くポイントとしては、1年間自分が業務をして、そのやっていた業務がこの森林とどう結びつくのかと自分事に出来るので、より活動が伝わりやすいと思っています。
平:ラグビーも同じくこの活動を続けていくための後輩は必要です。既に何人か目星はつけていますが(笑)、サンゴリアスの選手の中で引退後にアカデミーコーチになりたいと言ってくれる選手が出てくることを願っています。
――将来の理想形は?
市田:この活動は契約年数も30年単位でやっているので、会社としてずっとやり続けるべき活動だと思っています。それには体制も含めて、持続可能なものにしていかなければいけません。実際にこの活動をサントリーだけがやっていても、環境の活動の一部でしかないので、いろいろな企業の方々と連携をしながら、やっていく必要があると思っています。
――将来、世界にも広がるのではと思いますがいかがでしょう?
市田:そうですね。全く同じ活動ではないんですが、グローバルでも活動を始めていて、実際に気候が違うので日本のやり方が通用するわけではないんですけれど、調査をしてそこから計画を立てて回していく、私たちが“R-PDCAサイクル”と呼んでいるやり方で、グローバルでもすでに取り組んでいます。
平:将来は、いまここで頑張っている子どもたちが、サンゴリアスに入ることが私の夢になります。
――毎年、サンゴリアスに入って来るようなイメージですか?
平:最短で言うと、高校、大学に行って7年後にサンゴリアスになります。毎年1人ずつは入ってくれるのが理想で、それは強化にも繋がると思っています。それを目標にやっていきたいと思っています。
――お二人それぞれ聞きたいことは?
平:たしか3年前くらいの水育で、サンゴリアスの現役選手が港区の小学校の子どもたちと一緒に水育の授業を受けました。いまサンゴリアスは港区と府中市・調布市・三鷹市、山梨県と協定を結んでいて、そのエリアで同じように水育の授業が出来ないでしょうか?
市田:サントリーの工場があるエリアなどでは、自治体と包括連携協定を結んで、すべての小学校の4年生に「水育」の授業を受けてもらっているなど、地域に根差した活動をしている事例もあります。
平:サンゴリアスでも府中市に対して先ずはラグビー体験をやっていますが、ビール工場のあるエリアでもありますし、そこに水育も加えて一緒にやっていけたら面白そうですね。
市田:勝手なことは言えませんが(笑)、それはぜひやりませんか!
(インタビュー&構成:針谷和昌)
[写真:長尾亜紀・村松真衣]












