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雪深き、マスカット・ベーリーAのふるさと

2021年02月

今年は雪が多いですね。中でも新潟県の上越市は豪雪とのニュースを良く見かけます(1月9日に24時間降雪量103cmと観測史上最高を記録しました)。2021年1月末時点での市内の積雪量は融けたと言えどもまだ123cm。
昔から日本有数の豪雪地帯として知られる、この上越市唯一のワイナリーが岩の原葡萄園です。「日本のワインぶどうの父」として知られる川上善兵衛によって設立されました。上越の大地主だった川上善兵衛は困窮する地元の農民を救いたいという思いで、日本の土地や気候に合うぶどうを追い求めて生涯で10,311種もの交雑を行い、優良22品種を世に送り出した人物です(詳しくは岩の原葡萄園のHPをご覧下さい)。代表作は日本で2番目に多くワインになっているぶどう品種であるマスカット・ベーリーA(赤ワイン用としてはトップ。全体の1位は甲州)。つまり、ここ上越はマスカット・ベーリーAなどの、川上品種と呼ばれる一連のぶどうたちの故郷になります。
上の写真は同じ場所から撮影した、昨年の生育期と今年1月末の比較。2m30cmあるぶどう棚が完全に雪に埋まってしまっているのがわかります。善兵衛さんの時代は、これよりさらに積雪量が多かった(6m!とか)との事なので、先人の苦労がしのばれます。
ちなみに川上善兵衛氏がぶどうの交雑に全資産をつぎ込み困窮していた際に、援助の手を差し伸べたのがサントリーの創業者・鳥井信治郎でした。そこからの深いつながりがあり、岩の原葡萄園は現在サントリーのグループワイナリーの一つになっています。

目次
  1. 産地の地図
  2. 【主要なぶどう品種】
  3. 【岩の原のマスカット・ベーリーAの味わい特長】
  4. 【マスカット・ベーリーAのおすすめ料理】
  5. 【代表的な1本】

産地の地図

 

【気候特徴】

トップでもお話した通り、このエリアは日本でも有数の豪雪地帯として知られます。恐らくですが、世界のワイン産地で最も積雪量の多い産地だと思います。そして、それだけではなく、実は春から秋にかけての雨も多いのがこのエリアの特徴。

また、豪雪地帯である事から冷涼な気候を想像しますが、岩の原葡萄園は標高も100m前後とそれ程高くなく、気温は決して低くないのも特徴です。その結果として、雪融けは順調に進み、ぶどうの萌芽も長野や山形などと比較すると早目になります。また、夏前にはフェーン現象の影響を受けて、雪深い北国という感じは全然ないほど暑くなります。

さらに岩の原葡萄園のぶどう畑は日当たりの良い南斜面ではなく、北向きの斜面にあります。

つまりここは、世界の多くのワインの銘醸地の特徴である「雨が少なく日照時間が多く、冷涼で、寒暖差が大きい」とは随分と異なる気候条件であり、それは主にワイン用に栽培されるヨーロッパ系のぶどう(ヴィティス ヴィニフェラ)にとっては過酷な生育環境という事になります。

しかし、川上善兵衛の土地は上越にあり、気候を変える事も移動する事も出来ませんでした。そして、彼には苦しむ地元の貧しい農民を救いたいという強い思いがありました。だからこそ、川上善兵衛はこの土地の気候に合ったぶどうを求めて、全財産を投じて1万回を超える交雑を行ったのです。川上品種は、まさにこの上越の気候のために産まれたぶどうたちと言えるのではないでしょうか。岩の原葡萄園のマスカット・ベーリーAを飲むと、何故か安心感というか、落ち着きのようなものを感じます。例えばそれはボルドーの赤ワインとか、ブルゴーニュのシャルドネとか、ドイツのリースリングとかを飲んだ時と同じ感覚で、そのぶどうの原産地ならではと言えるような気がします。

【主要なぶどう品種】

岩の原葡萄園では川上善兵衛の遺志を継ぎ、川上品種のみを栽培しています。代表的なものは以下の5品種です。

【マスカット・ベーリーA(ベーリー×マスカット・ハンブルグ)】

 左上の写真はマスカット・ベーリーAです。生食醸造兼用品種。日本ワイン用ぶどうとしては甲州に次ぐ2位の生産量を誇ります。甲州、山幸とともに、国際的機関であるO.I.V.の台帳に掲載されている3つの日本産のぶどう品種の一つでもあります。川上善兵衛がこのぶどうの苗木を全国のぶどう園に無料で配り歩いた事で栽培が広がり、交雑番号3986である事から「善兵衛さんのサンキューぶどう」と呼ばれて親しまれました。東北から九州まで産地があり、異なった味わいが生まれるので比較して頂いても面白いと思います。2020年に行われた岩の原葡萄園130周年記念のトークライブで、ベーリー×マスカット・ハンブルグの交雑からは5つの子供が出来ていて、実はマスカット・ベーリーにはA~Eまであった事が判明して話題を呼んだのも記憶に新しいところです。

【ブラック・クイーン(ベーリー×ゴールデン・クイーン)】

 醸造専用。マスカット・ベーリーAほどの広がりはないものの、日本の赤ワイン用品種の中では7番目に多くワインになっています。ブラックという名前の通り濃厚な色調ですが、渋みは少なく、相当にしっかりとした酸味が特長で、ブレンドの素材としても重宝されます。

【ベーリー・アリカントA(ベーリー×アリカント・ブスケ)】

 父親のアリカント・ブスケ(=ブーシェ)は、”タントゥリエ”と呼ばれる、ぶどうの果皮だけでなく果肉まで赤い色素を持ったぶどうの元祖として知られます。このぶどうも、父の血を継いで赤い果肉を持つため、濃い色調のワインが出来ます。

【レッドミルレンニューム(未詳1号×ミルレンニューム)】

 ピンク色の果皮のグリ系。一度体験したら忘れない、ライチや白バラ、甘いトロピカルフルーツなどを連想させる、とても華やかで印象的な香りを持つアロマティックなぶどうです。甘口、辛口ともに良いものが出来ます。

【ローズ・シオター(ベーリー×シャスラ・シオター)】

 青りんごの風味を持つ、軽やかで、爽やかなワインがうまれます。

【岩の原のマスカット・ベーリーAの味わい特長】

上のぶどうの断面図は岩の原と山梨のマスカット・ベーリーAを比較したものです。もちろん、これは、この時点で我々が入手出来たぶどうの一例であって、これでこのエリアのぶどうの特徴はこうですと言い切れる訳ではありません。

ただ、ここで言えるのは岩の原のマスカット・ベーリーAの方が明らかに水分が少なく身の詰まった果肉である事。それが岩の原葡萄園のマスカット・ベーリーAのワインに感じられる、派手では無いけど素直で厚みのある果実感と、独特のしなやかで緻密なテクスチュアにしっかりと顕れている気がします。善兵衛さんが良いと思った味ってこういうものだったのかなと想像しながら飲むのも良いですね。実際は善兵衛さんの頃から気候は大分変化してしまっているわけではありますが。

また、華やかな甘い香りが良く出る山梨、寒暖差を反映した力強い果実味の塩尻、酸がしっかりと残って奥ゆきのある味わいになる山形など、日本全国に広がるマスカット・ベーリーAの味わいを、産地毎に比較して頂くのも楽しいと思います。

 

【マスカット・ベーリーAのおすすめ料理】

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▶究極のシンプル牛すじ煮込み(写真:中本 浩平)

 

マスカット・ベーリーAにある、綿菓子を思わせる甘い香りは、みりんや、焼鳥や蒲焼などのいわゆる和風のタレの香りと共通するものがあるので、まずはこう言った味付けの和風の煮ものや焼きものとの相性の良さが光ります。また、色々と試した結果、根菜類と抜群に合う事もわかりました。という事で、筑前煮のようにお肉と根菜の和風味の煮ものとは完璧な相性を誇ります。醤油味の和食には、甲州以上に使い勝手が良いと言えるかもしれません。

もう一つ忘れてはいけないのが魚との相性の良さ。時として赤ワインと魚を合わせた時に出てしまう、魚の生臭さや、赤ワインのタンニンがむしろ邪魔になるといったネガな要素が最も出ない赤ワインだと言えます。特に冬の脂ののった白身魚(特に金目鯛とか吉次など皮の赤いものならなお良し)とは、どんな調理法でも素晴らしく美味しいので、是非お試し下さい。上越市の居酒屋で、ノドグロのお刺身と合わせた岩の原のマスカット・ベーリーAは忘れられない思い出です。

 

【代表的な1本】

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岩の原葡萄園 有機栽培ぶどう マスカット・ベーリーA

自園の有機栽培区画マスカット・ベーリーAを、果皮に付着した自生酵母のみで発酵さた、岩の原のテロワール(風土)がもっとも感じられると言える1本です。

岩の原葡萄園についてもっと知りたい方はこちらからどうぞ。

 

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