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古木の力(オーストラリア・バロッサ・ヴァレー)

2022年03月

(写真)バロッサ・ヴァレーの樹齢100年を超える古木のシラーズ
ぶどうの木の寿命をご存知でしょうか。ギネスブックに掲載されている、世界で最も長生きなぶどうは、スロヴェニアのマリボルという町にあるツァメトフカという品種の木で、樹齢はなんと400年超とされています。つまり、ぶどうには何百年も生きる寿命があると言う事です。ただし、これは例外で世界のぶどう畑の平均的な樹齢は20~30年くらいなのではないかと思います。これはどうしてかと言うと、ぶどうの木は30歳を超えたあたりから、1本の木がならせるぶどうの量が減少に転じるからです。年をとるにつれて、出来るワインの量がどんどん減っていってしまうので、生産性を考えて30年くらいでぶどうを引き抜いて、新しい若木に植え替えるという事が一般的に行われています。
でも、実はぶどうがなる量(=収量)が減るという事はワインの品質には良い影響を与えるとされています。土地の持つエネルギーがそこで生産されるぶどうに蓄積されますが、生るぶどうの量が少ない方が一房のぶどうが受け取り、蓄積するエネルギーが増えるというのがその理由です。つまり古い木は自然に出来るぶどうの量が減る事で、高品質なワインの供給源になれるという事です。
もう一つ、古木が良いとされるのは、ぶどうの木が水を求めて深く根を張る場合です。古い木ほど、長い時間をかけて根を伸ばして行きますので、その過程で、地下の色々な地層に根が届きます。根が吸収した養分がワインの味わいにどの様な影響を与えるのかは、まだまだ研究途中でわかっていない事だらけですが、ある土壌の層まで根が達するとワインの味が変わる、と言う生産者の声は幾つも聞いた事があります。南仏のある生産者のところでは、枯れた木がなかなか抜けないので土を掘ってみたら、なんと地下20mまで根が達していたそうです!
という事で、ラベルにOld Vine(英語)やVieilles Vignes(仏語)やAlte Reben(独語)の様に「古木」ですよと書く生産者が居るのは、「古い木からとれたぶどうでつくった高品質なワインですよ!」と主張したいからなんですね。
世界には何らかの理由で古木のぶどう樹が多く残るエリアが幾つかありますが、オーストラリアのバロッサ・ヴァレーは中でも特に古い木が多く残る土地です。今回はこのバロッサ・ヴァレーを見ていきたいと思います。

目次
  1. 【バロッサ・ヴァレー】
  2. 【バロッサ・ヴァレーのぶどう品種】
  3. 【バロッサ・ヴァレーの古木の規定】
  4. 【バロッサ・シラーズにおすすめの料理】
  5. 【代表的な1本】

【バロッサ・ヴァレー】

バロッサ・ヴァレーはオーストラリア最大のワイン生産州である南オーストラリア州にある産地です。州都であるアデレードから北東に約80km、車で1時間程度で行けます。オーストラリアで最も有名な産地と言っても過言ではなく、1840年代からの歴史を持つ伝統ある産地です。

そのバロッサ・ヴァレーには、その1840年代に植えられたぶどう樹も残っており、いまだにそれらの木からのぶどうでワインが生産されています。どうしてバロッサにはそれだけ多くの古木が残っているのでしょうか。一つは、南オーストラリア州には未だにぶどうの天敵である害虫フィロキセラが侵入していない事が挙げられます。フィロキセラはぶどうの根に寄生して瘤をつくる事で、根から水や養分を吸えなくする害虫です。フィロキセラに寄生されたワイン用ぶどう(ヴィティス ヴィニフェラ)は、徐々に弱りつつ枯れてしまうので、一旦フィロキセラに襲われたぶどう産地は植替えを余儀なくされます。ヨーロッパでは19世紀後半にフィロキセラが大発生し、多くのぶどう畑が植替えられました。バロッサはフィロキセラに襲われていない事で多くの古木(しかも自根)が残されているのです。二つ目の理由はその気候にあります。バロッサ・ヴァレーの降雨量は年間約500mm程度。雨が少ない事で、ぶどう樹の生長が抑えられ、寿命が長くなると考えられています(ぶどうは一年が終わると剪定されて元の樹形に戻るので、生長が大きい場合切られる部分が多くなり、消耗が激しくなる)。100年を超えるような超古木が存在する産地は暖かく乾燥したエリアにある事が殆どなのは、その理由です。三つ目の理由は、バロッサが常に銘醸地として栄え続けてきたわけではないという事かと思います。19世紀末から1960年代頃まで、バロッサ・ヴァレーはスティルワインではなく、フォーティファイドワインの大産地でした。一部にはその過程で見捨てられた畑もあったと言われています。その事で古木が残り、現在の価値を産んでいるというのは皮肉ではありますが、例えばスペインを代表する古木の産地であるプリオラートなどもこのパターンです。

ちなみにラベルにバロッサ・ヴァレーと書かず、ただバロッサ(Barossa)と表記されている場合は、お隣にあるこれまた古い産地であるエデン・ヴァレー(Eden Valley)産のぶどうと、バロッサ・ヴァレー産のぶどうをブレンドしてつくられたワインだという事を意味しています。エデン・ヴァレーはバロッサ・ヴァレーよりも標高が高いので、より香り高く上品なワインが生まれ、力強いバロッサ・ヴァレー産とブレンドする事で、複雑味を持ちつつバランスの取れたワインになります。

【バロッサ・ヴァレーのぶどう品種】

(左)シラーズ (右)1889年植樹の古木の畑

バロッサ・ヴァレーの栽培面積の半分を占めるのがシラーズ(Shiraz)です。バロッサ シラーズという言葉が一つのスタイルとして世界的に認知される程に、この産地とシラーズの結びつきは強いです。シラーズは、シラー(Syrah)のオーストラリアでの呼び名ですが、シラーの原産地であるフランスの北ローヌ産のワインと比較すると、同じぶどう品種からつくったものとは思えないくらい異なるスタイルのワインになります。黒胡椒を連想させるスパイシーな香りと、涼やかなスミレの花やブラックチェリー、ビーフジャーキーなどのタッチを持ち、上品な果実味が特長の北ローヌ産に対して、バロッサ産は濃密なブラックベリーやプラムのリキュール、リコリスのようなスイートスパイス、濃厚なチョコレートなどを連想させる香りと、濃密で甘い果実と高いアルコール感が特長です。そのため、世界のシラーのヴァラエタルワインをつくる生産者の中では、北ローヌのスタイルの場合はラベルにSyrahと表記し、バロッサのスタイルでつくった場合にはラベルにShirazと表記するというやり方が増えている様に感じます。

二番目に多いのはカベルネ・ソーヴィニヨン、三番目はグルナッシュですが、やはりバロッサ・ヴァレーのぶどうと言えばシラーズです。

【バロッサ・ヴァレーの古木の規定】

上記の資料はWine Australiaのホームぺージから。

古木の多いバロッサでは、2009年にOld Vine Charter(古木憲章)を制定して、古木レベルを4階層にクラス分けしています。多くの産地では樹齢30年~50年を超えるあたりからを古木と見なしている(そして一部の産地を除いて決まったルールは存在しない)事が多いのですが、バロッサの最上級クラスの樹齢は最低125年です。その数値の凄さに圧倒されますね。

4階層は以下

(1)Old Vines…樹齢35年以上

(2)Survivor Vines…樹齢70年以上

(3)Centenarian Vines…樹齢100年以上

(4)Ancestor Vines…樹齢125年以上

【バロッサ・シラーズにおすすめの料理】

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▶あら挽きハンバーグ チョコレートソース


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▶ソフトシェルクラブのブラックペッパー炒め(写真:中本 浩平)

 

バロッサ シラーズの特長は、香りでは独特のスモーキーさと、チョコレートやエスプレッソコーヒーを連想させる濃厚さに、スッと全体に上品さを与える涼やかなユーカリのタッチ。味わいでは、暖かく乾燥した気候(+古木)から生まれる濃密で力強い果実味と、それを重くさせない滑らかなテクスチュア。外観も香りも味わいも濃厚ですが、滑らかで甘さを感じ、渋い印象は少な目です。

そんなバロッサ シラーズに合わせる定番は、炭焼きでスモーキーな香りがついた赤身肉(ラムや牛の脂の少ない部分)やジビエ肉(鴨や鹿)。バーベキューの様にただ炭火で焼いたお肉でも良く合いますが、ご紹介しているハンバーグの様に、ワインが持つ風味(この場合はチョコレートですが、スパイス類との相性も抜群です)をソースとして足すとさらに好相性となります。もう一つ、バロッサ シラーズと意外な好相性を見せるのが、東南アジア系のエスニック料理。こちらは、バロッサ シラーズが持つエキゾチックなスパイシーさが、エスニック料理に多用されるスパイスやハーブと良い感じに絡んでいきます。オーストラリアは東南アジアと距離的に近く、経済的な結びつきが強い事もあって、東南アジアからの移民も多く、多様な食文化が融合している印象があります。そんなところがバロッサ シラーズがエスニックと相性が良い理由かもしれないですね。

【代表的な1本】

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ザ オクタヴィウス オールドヴァイン シラーズ(ヤルンバ)

バロッサ・ヴァレー産のぶどうを67%、その隣にある産地であるエデン・ヴァレー産のぶどうを33%使ってつくられる、ヤルンバのシラーズのフラッグシップワイン。オールドヴァイン シラーズの名前の通り、使われているぶどうの中で最も古いものは、エデン・ヴァレーの1854年植樹のシラーズからで、平均樹齢も80年を超えています。バロッサ・ヴァレーのぶどうからはリッチな果実味と凝縮感を、より標高の高いエデン・ヴァレーのぶどうからは華やかな香りと、滑らかなテクスチュアがもたらされています。この超古木からのぶどうのパワーを受け止めるために、このワインにはヤルンバの自家製樽工場製のオクターヴ樽(100Lの特製の超小樽⇒一般的な小樽バリックは225L)が一部使用されています。

エキゾチックなアロマティックさと、古木のパワーを感じる濃密さと滑らかさを併せ持った果実味がたのしめる特別なバロッサ シラーズです。

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