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登美の丘ワイナリーの今(日本・山梨県・甲斐市)

2022年11月

(写真)9月下旬、登美の丘ワイナリーでの収穫風景
サントリーが山梨県甲斐市に所有する登美の丘ワイナリーが9月8日(金)にリニューアルオープンしました。登美の丘のリニューアルは約20年ぶり。ショップが全面リニューアルした他、ツアー内容も大きく変更になりました。リニューアルの目玉は晴れた日には富士山と甲府盆地を一望出来るワインテラス。素晴らしい風景を眺めつつ、屋外テラスでグラスワインをお愉しみ頂けます。
それと同時に発表になったのは、サントリー日本ワインの新ブランド「サントリーフロムファーム」。ワインの基本である「全ては畑から」に今一度立ち返って、土地の味わいを表現するワインづくりを目指します。ブランドの刷新は2010年以来の12年振り。これまでサントリーの日本ワインは「登美の丘」「塩尻」「サントリージャパンプレミアム」の3ブランドで展開して来ましたが、今後は全てが「サントリーフロムファーム」の名の元でブランド展開される事になります。
今回はこの登美の丘ワイナリーでの現在の取り組みについてお伝えしたいと思います。

目次
  1. 【登美の丘の歴史と今】
  2. 【現在の登美の丘ワイナリーで主力となっているぶどう品種】
  3. 【登美の丘ワイナリーのサステナブルに向けた取り組み】
  4. 【登美の丘のワインにおすすめの食べ物】
  5. 【代表的な1本】

【登美の丘の歴史と今】

登美の丘にぶどう畑が拓かれたのは1909年。国鉄(今のJR)の中央本線の敷設に従事していた小山新助(ドイツ留学の経験がありワインに詳しかった)が、常に燦々と日光を浴び続ける南向けの丘を見て「ここでは良いワインが出来る」と確信して開園しました。ドイツから技術者を呼ぶなど、開園当初から高品質のワイン生産が目指されたワイナリーです。

そんな登美の丘ワイナリーがサントリーの所有になったのが1936年。岩の原葡萄園の創業者、川上善兵衛氏の紹介がきっかけでした。その後、1950年代から他社に先駆けて欧州系品種への本格的な栽培への取り組み、日本の気候風土に合ったぶどう品種の研究と新品種(リースリング・リオンなど)の開発、1975年には日本初の貴腐ぶどうの収穫と貴腐ワインの醸造に成功、フラッグシップワインの「登美」を始めとするワインたちの数々のコンクールでの受賞など、日本を代表するワイナリーの一つとして高品質なワインの生産を続けて来ました。

100年を超える年月をワイン用ぶどうの畑として引き継がれてきたこのワイナリーには、多くの人々の思いがこもっているように感じます。

気候的にも、雨が少なめで(年間平均1,100㎜で日本平均の約2/3、特にワイン用ぶどうにとっては良い条件)、日照時間が長く(2,250時間で日本平均の1.2倍)、標高が高い(畑は500~600mに位置)ため昼夜の寒暖差が大きいなど、恵まれた部分が多くあります。次はそんな登美の丘ワイナリーを代表する2つのぶどう品種をご紹介します。

【現在の登美の丘ワイナリーで主力となっているぶどう品種】

(左)登美の丘ワイナリーの甲州 (右)プティ・ヴェルド

登美の丘ワイナリーでは、10を超えるぶどう品種が栽培されています。その中で、最も広く栽培されている品種は白ぶどうでは甲州、黒ぶどうではプティ・ヴェルドです。登美の丘の白ワインと言えばシャルドネ、赤ワインと言えばカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロの印象をお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、近年の山梨の気候変動に対応しながら、登美の丘で栽培されるぶどう品種の構成も随分と変化しました。まだ面積としては多くはないですが、この2品種以外の新しい品種も色々と試しています。

 

[甲州]

山梨県の旧国名である甲斐の国(=甲州)の名前の通り、日本の固有品種で山梨県が原産です。日本のぶどう品種としては最も多くワインになっている、文字通り日本を代表するぶどうです。特徴的なのは白ワイン用のぶどうではありますが、果皮の色がピンクがかるグリ系の品種である事。グリ系ぶどうに良く見られる独特のほろ苦さを持ち、それが甲州の一つの味わいの骨格になっているように思います。基本的には晩熟の品種ですが、収穫の時期や場所によって印象の異なるスタイルのワインになるため、9月上旬から10月下旬まで収穫時期はバラつきます。登美の丘でも標高の高いところから低い所まで、様々な区画で甲州を栽培しています(主に10月上旬~下旬収穫)。一般的には棚栽培で樹を大きくして、強い樹勢のバランスを取りますが、登美の丘では一部区画で垣根栽培にもチャレンジしています。ワインの味わいは棚と垣根といった仕立ての違いだけではなく、ぶどうの樹齢や植えられている区画の気候、収穫時期、仕込み方の違いなど多くの要素で変化するため、一概に垣根と棚のワインの味わいの違いを論じる事は出来ませんが、やはり違いはある様に感じています。

 

[プティ・ヴェルド]

ボルドー原産の黒ぶどう品種で、小粒の果実と分厚い果皮を持ち、ギュッと詰まった強い果実味と酸味、パンチの効いたスパイシーな風味が出る個性的な品種です。原産地のボルドーではその強烈な個性故に、ほんの少量(数%程度)しか使われません。ブレンドの中で色と風味を足す調味料的な役割を担う品種で、自分が主役になる事はまずないのです。登美の丘においても、プティ・ヴェルドは元々その様な役目として存在していました。それが近年になって山梨の温暖化が進んで行くうちに、それまでの主力品種であったカベルネ・ソーヴィニヨンやメルロがなかなか理想的な成熟をしていかなくなります。特に夜温の上昇による着色不足が大きな問題となった中で、頭角を現してきたのがこの品種です。元々晩熟な上に、最終ステージで一気に成熟のスピードを上げる特徴があるので、丁度山梨の夜が涼しくなってきたタイミングとそこが重なり、質の良い果実が得られるのです。もう一つ良いところと思っているのは、プティ・ヴェルドが持っている個性的な強い風味です。登美の丘は、色々なぶどう品種が持つ風味を、甘く、柔らかく表現して来る土地だと感じています。個性的なぶどうとその個性をやわらげるテロワールの組み合わせによって、丁度良いバランスの味わいが生まれる。そんな、品種と土地の良い結びつきを感じます。

【登美の丘ワイナリーのサステナブルに向けた取り組み】

(左)副梢栽培の作業後1ヶ月の通常栽培との違い(右)ぶどうの新梢の構造解説図

[副梢栽培]
前項のプティ・ヴェルドでも述べましたが、近年の山梨の夏の気温は、ヨーロッパ原産のワイン用ぶどうたちにとってはやや暑すぎる環境になっています。そこで2021年から山梨大学との共同研究という形でスタートしたのが「副梢(ふくしょう)栽培」という取り組みです。ぶどうはその年に伸びる新梢に葉や実が生りますが、それと並行して翌年のための芽もつくっています。その翌年のための芽の中には、翌年まで待たずにその年のうちに発芽するものもあり、それを副梢と呼んでいます。副梢にも花が咲き、実は出来るのですが、副梢は新梢が伸びてから芽吹くので、花が咲くのも実がなるのも通常よりも遅れます。栄養も先に出来たぶどう達に取られてしまうので、小さな房で熟度も低く、一般的には副梢に生った果実はワイン生産には使われない事が多いです。

副梢栽培では先に伸びてきた新梢を切ってしまって、副梢に栄養を集中させる事で、ぶどうの生育サイクルを1ヶ月強遅らせながら果実も充実させる事が可能です。つまり早熟なぶどう品種でも、山梨の気温が下がって涼しくなってきた頃に成熟期を迎えさせる事が出来るのです。実際にこの栽培方法で生産されたメルロからのワインはとても色濃く、果実の凝縮感があり、通常栽培されたものとは全く異なり品質も高いものでした。手間はとてもかかりますが、温暖化に対抗する有効な対策の一つだと思います。

 

[4パーミル・イニシアチブへの参加]
もう一つの取り組みが山梨県が推進している4パーミル・イニシアチブへの参加です。4/1000つまり0.4%世界の土壌内の炭素量を増やす(=土中に炭素を固定する)事で、大気中のCO2の増加分を相殺して地球の温暖化を抑制出来るとする活動です。登美の丘ワイナリーでは過去より実施してきた草生栽培や剪定枝の堆肥化に加えて、新たにぶどうの剪定枝を特殊な釜で炭化し、土中に埋めるなどの取り組みを行っています。

【登美の丘のワインにおすすめの食べ物】

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▶焼き里芋の味噌ラクレット

 

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▶BIG SHIITAKE バーガー 赤ワインソース

 

登美の丘 甲州
恵まれた気候条件の元で生まれる登美の丘の甲州は、一般的な甲州よりも果実のボリューム感があり、余韻が長いのが特長です。スッキリ、サッパリ系の和食(お刺身や焼き魚など)と良く合うのはもちろんですが、通常の甲州だと少し強さの点で負けてしまうような、脂のしっかり乗った冬の白身魚や、塩麹で旨味を加えた様なお料理で本領を発揮すると思います。甲州は味噌との相性が良いので、今回ご提案の様な根菜と味噌の組合わせも鉄板です。

 

登美の丘 赤
プティ・ヴェルドの比率がとても高くなっているのが今の登美の丘の赤ワインです。上の品種説明にもあった通り、プティ・ヴェルドはパンチの効いた味わいが特徴ですので、やはり肉料理と合わせたいところです。新しいスタイルでまだ色々と合わせた経験の蓄積が少ないのですが、あまり脂の多くないヒレなどの牛肉や、鹿肉の様なジビエも美味しいのではないかと思います。

【代表的な1本】

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サントリー フロムファーム 登美の丘 赤 2020
登美の丘を象徴するワインは甲州かもしれませんが、今回はプティ・ヴェルドにスポットを当てて、赤を選びました。この年の登美の丘 赤のブレンド比率はプティ・ヴェルド65%、メルロ24%、カベルネ・ソーヴィニヨン11%。なんとプティ・ヴェルドが2/3を占めています。プティ・ヴェルドらしいブルーベリーや桑の実を連想させる黒紫色の果実感と、登美の丘のテロワールが生み出すまろやかさや甘さがいい感じで溶け合った、ハリとふくらみが共存した味わいになっています。現行の登美 赤2017のプティ・ヴェルド比率も48%。登美の丘が変化しつつある事を実感して頂ける1本だと思います。

 

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