水のサステナビリティの追求を「サントリーグループ環境基本方針」の重要課題に掲げているサントリーグループは、水科学研究所を2003年に設立し、水に関するさまざまな評価を継続的に行っています。持続可能な事業活動を見据えて水リスクの評価を実施しており、環境経営の推進に役立てています。また、新規事業の展開に際しても、水リスク評価を勘案しています。
サントリーグループの事業活動における水リスク
サントリーグループにとって水は最も重要な原料であり、地域や生態系との貴重な共有資源です。そのため、水リスク評価を通じて、グループの事業活動や地域社会、生態系への影響を把握することは持続的な事業成長にとって不可欠です。サントリーグループは、飲料事業や酒類事業、その他事業の直接操業とバリューチェーン上流における自然への影響や生態系サービスへの依存関係を特定し、それらの経路をまとめました。さらに特定した依存経路と影響経路をもとにリスクを一覧化し、想定損失額と発生確率から期待値を算出することで、財務インパクトを評価しています。評価の結果、水資源に関連して特に財務インパクトが大きいのは、直接操業での洪水や高潮などの異常気象による操業停止、周辺地域の水質悪化による品質管理や排水規制の対応コスト増加、周辺地域の過剰取水や干ばつ増加に伴う水不足を起因とした操業停止であることが分かりました(詳細はTNFD/TCFD提言に基づく開示を参照)。洪水や高潮による操業停止は物理的な急性リスクであり、生産拠点における資産の浸水被害額や対応費用、売上損失が発生することが想定されます。一方、水質の悪化によるコストの増加、水不足による操業停止は、物理的な慢性リスクと移行リスクの2つの要素が複雑に絡み合って生じることが想定されます。物理的な慢性リスクとしては、気候変動による干ばつの増加や、過剰取水により水の供給が不安定化し、流況の変化や廃水による富栄養化で水質が悪化することなどが考えられます。また、移行リスクとしては、インフラ整備や課税などの政策・法規制、人口の増加や技術的な要因が複雑に絡み合い、排水規制や水調達のコストに影響が出る可能性があります。これらのリスクは特に水ストレスの高い地域で発生しやすいと考えられ、事業活動に大きな影響を及ぼす可能性があります。水ストレスとは、地域社会や生態系の需要を満たす淡水資源が十分に確保できない状態と定義され、淡水資源の量的な不足のみならず、水質汚染、水へのアクセスが制限されることによります。さらに洪水など水ストレス以外の要因と重なることで、流域からのリスクにさらされる可能性が高まります。そのため、サントリーグループでは、財務インパクトが大きいと想定される水ストレスの高い地域に立地する工場を優先拠点とし、洪水や水不足、水質汚染などの複合的な水リスクへの対応を進めています。
出典: Discussion Paper by The CEO Water Mandate, September 2014, Driving Harmonization of Water-Related Terminology.
直接操業における水リスク評価
財務インパクトへの影響の観点から、直接操業の中でも、特にサントリーグループが直接操業する生産拠点※を対象に優先順位付けを行い、水リスクの高い優先拠点を特定しました。
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※サントリーグループが直接操業する生産拠点:日本国内27工場、海外52工場
1.生産拠点が立地する国の水ストレス状況
特定の国における水ストレスを全球レベルで共通に評価するツールとして、世界資源研究所(World Resources Institute)が開発したAqueduct Country Rankingの評価指標であるBaseline Water Stressを活用し、生産拠点が立地する国の水ストレス状況を確認しています。
| Baseline Water Stress | |
|---|---|
| 極めて高い (Extremely high) |
インド |
| 高 (High) |
メキシコ、スペイン、タイ |
| 中~高 (Medium-high) |
アメリカ、オーストラリア、ドイツ、ベトナム |
| 低~中 (Low-medium) |
日本、カナダ、イギリス、フランス、台湾 |
| 低 (Low) |
アイルランド、ニュージーランド |
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※World Resources Instituteが公開したAqueduct 4.0のAqueduct Country RankingにおけるBaseline Water Stressの国別スコアをもとに作成
2.生産拠点が立地する流域における水リスク評価
立地国での評価に加え、生産拠点が立地する流域において全拠点を対象に、水リスクの評価を実施し、優先拠点を特定して水リスク管理を進めています。以下にその評価プロセスとリスク管理の進捗を示します。
優先拠点の特定
1次評価は、サントリーホールディングスが2023年に参画したScience Based Targets Network(SBTN)の企業向けガイダンスの試験運用パイロット※で得た知見に基づいて優先拠点の絞り込みを実施しました。まず、生産拠点が依存する自然状態を評価するため、流域の利用可能な水資源量と水質を解析しました。この評価には、Aqueduct 4.0および世界自然保護基金(WWF)が開発したWater Risk Filterの複数の指標を使用しました。利用可能な水資源量については、Baseline Water Stress、 Water Depletion、 Blue Water Scarcityの3つの指標を使用し、最も高いスコアをリスクスコアとしました。これらの指標のスコアが高い地域は、需要に対して水資源が逼迫する可能性が高いことを示しています。水質の評価には、Coastal Eutrophication Potential、Nitrate-Nitrite Concentration、Periphyton Growth Potentialの3つの指標を用い、最も高いスコアをリスクスコアとしました。各指標のスコアが高いほど、富栄養化にさらされる可能性が高いことを示しています。さらに、生産拠点の操業が流域に与える影響を評価するため、水使用量と排水に含まれる水質汚染物質(窒素、リンの重量当量)を正規化し、拠点ごとに一覧化しました。ただし、水質汚染物質は、排水を直接河川に放流している拠点に評価対象を限定し、下水道を経由して放流する拠点は除外しました。次に、自然状態への依存度と影響度の両方でリスクが高い拠点を特定するため、利用可能な水資源量のスコアと水使用量の正規化スコアを掛け合わせた値、水質のスコアと水質汚染物質の正規化スコアを掛け合わせた値を算出し、ランクが上位10流域に含まれる拠点を対象にビジネス上の重要性を考慮して優先拠点を特定しました。特定した拠点のうち、生物多様性統合評価ツールIBAT(Integrated Biodiversity Assessment Tool)と複数の生物多様性指標による評価から、半径20km圏内に保護地域や生物多様性重要地域(Key Biodiversity Area)と近接し、かつ、生物多様性の脆弱性や回復困難性が比較的高いと想定される拠点を明らかにしました。
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※Science Based Targets Network のSBT設定に関する企業向けガイダンスの試験運用パイロット
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Water Risk FilterのWater
Depletion指標のリスク評価(5段階)
出典:WWF
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Aqueductの2050 Water Stress
BAU※シナリオのリスク評価(5段階)
出典:World Resources InstituteのWater Risk Filterをもとに作成
※BAU: Business As Usual
優先度の高い拠点数
| 優先度の高い拠点数 | 飲料事業 | 酒類事業 | その他 | |
|---|---|---|---|---|
| 水資源量への依存・影響リスクが大きい拠点数 | 9 | 4 | ー | |
| うち生物多様性への影響が大きい拠点数 | 3 | 3 | ー | |
| 水質への依存・影響リスクが大きい拠点数 | ー | 15 | 3 | |
| うち生物多様性への影響が大きい拠点数 | ー | ー | ー | |
グローバル水リスク評価のためのオンラインプラットフォームWater Security Compassによる水不足リスクの評価
サントリーホールディングスは、国立大学法人東京大学大学院工学系研究科(東京大学)、ID&Eホールディングス(株)傘下の日本工営(株)(日本工営)とともに開設した東京大学社会連携講座「グローバル水循環社会連携講座」を通じて、世界各地の水の需給を踏まえた水不足リスクを将来にわたって用途別に把握できる、オンラインプラットフォーム「Water Security Compass」を共同開発し、2024年夏より無料公開しています。(https://water-sc.diasjp.net/
参照)
「グローバル水循環社会連携講座」は、企業と大学の知見を融合した研究開発および開発技術の社会実装、人材育成に取り組むことを目指し、2022年に開設されました。東京大学、サントリーホールディングス、日本工営が参画する産学連携の枠組みです。
本講座を通じて開発された「Water Security Compass」は、東京大学などが構築した地球全体の水循環をシミュレーションする世界最先端のモデルH08を活用しています。また、季節の変化やダムなどのインフラによる水量への影響をシミュレーションに織り込んだことで、世界各地で必要とされる水の量と供給される量を的確に把握し、水資源がどの用途でどの程度不足するのかを現在から将来にわたって可視化したオンラインプラットフォームです。
Water Security Compassの指標の1つであるCumulative Deficit to Demand(CDTD)を用いて、「水資源量への依存・影響リスクが高い拠点」を対象に水不足リスクを評価しました。CDTDは流域の水需要量に対して不足する水資源量の割合を評価する指標であり、飲料事業、酒類事業の優先拠点のうち、それぞれ3拠点、1拠点が1年の特定の季節で水需要に対して20-40%の水資源量が不足する可能性のあることが分かりました。これらの地域では工場の水源において取水制限や給水制限が発生する可能性が高いと考えられます。
図:Water Security Compassの画面例
指標 Cumulative Deficit to Demand(CDTD)を使うと、実際に水不足が生じる可能性が高い地域を特定することが出来る。
●グローバル水循環社会連携講座への参画団体
- 国立大学法人東京大学 大学院工学系研究科 社会基盤学専攻
- サントリーホールディングス株式会社
- サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社 水科学研究所
- 日本工営株式会社 中央研究所 先端研究センター
3.優先拠点でのリスク低減の取り組み
特定した優先拠点を対象にリスク低減の取り組みとして、生産拠点における水マネジメント(取水と節水)および地域との共生による水源涵養・保全の取り組みについて、定期的に取り組みのレベルを評価して進捗状況を確認しています。なお、水資源の状況は流域ごとに異なるため、リスク低減の取り組みは現地の実情にあわせた対応を行っています。
a.水マネジメント(取水管理と節水管理)
水は地域や生態系と共有する貴重な資源であるため、工場の操業では責任ある適切な水マネジメントが求められます。
当社の工場の水源は大きく市水と自然水(表層水、地下水)の2つに分類されます。一般的に市水は地域のさまざまな利用者と共有されるため、その水源エリアは広範囲に及び、水源からの取水管理を行う主体は地域の水道局となります。気候変動への適応計画を含め、当社は水道局による給水管理の方針や計画に則り、適切な節水管理を進める必要があります。一方、工場が自然水(表層水、地下水)を利用している場合、取水の管理主体は工場内に取水口を持つ当社であり、気候変動などの環境変化への適応として、取水や節水管理の取り組みを主体的に進める必要があります。
以上の観点から、当社は取水管理と節水管理の取り組みレベルを拠点ごとに評価しました。評価項目は以下の2点です。
①取水管理
適切に取水管理されていることが証明できること(水を汲みすぎない)
- ※市水を利用している工場は、水道局が取水管理を行うため対象としない
《評価基準》
- 取水が地域の河川や地下水の水位に著しい影響を与えていないことを証明できること。
- そのために必要な取水データをすべて収集できている。
必要な取水データを収集していない
→
必要な取水データのうち、一部収集できていない
→
必要なデータをすべて収集し、適切に取水管理を行っている
→
《評価結果》
拠点ごとに水マネジメントのレベルを可視化した結果を下記の円グラフに示します。取水管理におけるGreen評価の工場の割合は、2023年12月から引きつづき2024年12月も100%となりました。
②節水管理
適切に節水管理されていることが証明できること(水を無駄に使わない)
《評価基準》
- 水を効率的に使うための目標が設定されている。
- ⽬標達成のための活動が進められている。
- ⽬標が達成されている。
水原単位の中期目標が無い
→
水原単位の単年目標が無い、達成されていない
→
水原単位の単年目標が達成されている
→
《評価結果》
拠点ごとに節水管理のレベルを可視化した結果を下記の円グラフに示します。中期的な目標管理に加え、単年目標の達成に向けた節水管理を各拠点で進めた結果、節水管理においては、Green評価となる工場の割合は2023年12月時点の68%から2024年12月時点で88%まで増加しました。
今後も引き続き、同様のプロセスでリスク低減に向けた取り組みを実施していきます。
b.地域との共生による水源涵養・保全
水資源の使用者であるサントリーホールディングスが、流域社会の一員であるという自覚を持ち、多様なステークホルダーと手を携えてその流域の水源涵養・保全に取り組み、流域社会の発展に寄与していくことを目指しています。
具体的には、「環境目標2030」に掲げる水源涵養活動のロードマップに沿って、地域のステークホルダーと連携して工場の立地する流域の水課題を特定し、主要なステークホルダーとの合意のもと、その課題解決に資する水源保全の取り組みを順次始めています。
以上の観点から、地域との共生の取り組みの進捗レベルを拠点ごとに評価しました。
《評価基準》
- 水のサステナビリティ確保に向けた流域の水課題を特定している。
- 地域のステークホルダーとともに水課題の解決に資する取り組みを行っている。
「流域の水課題」を特定できていない
→
「流域の水課題」を特定できている
→
「流域の水課題」の解決に資する「地域との取り組み」ができている
→
《評価結果》
拠点ごとに流域での協働活動による水資源保全の取り組みの進捗を可視化した円グラフに示します。各拠点での地道な取り組みを進めた結果、Green評価となる工場は2024年12月時点で63%になりました。
それぞれの地域で、大学などの専門家と協力しながら、水課題の特定や水資源の保全活動を進めています。
メキシコでは、テキーラメーカーであるCasa Sauza社がCharco Bendito プロジェクトの提携企業として、水源涵養活動を行っています。この流域イニシアチブは、飲料業界の環境に関する円卓会議(BIER)および他の製造企業13社との協働で、森林再生、土壌保全、帯水層涵養活動を通じて、レルマ・サンティアゴ川流域で、周辺に建設された高速道路で分断された生態系と森林を回復するための取り組みです。本プロジェクトでは、地域社会との取り組みの中で、水へのアクセスを持たない地域住民への飲料水の提供や、養蜂と蜂蜜の生産を通じて地域での持続可能な農林業への就業を支援し、また地域社会の重要な遺産地域を保護しています。
インド北部のグルグラムでは、激しい降雨による広範な洪水が発生する一方、急速な都市化と産業発展により、インフラの不足と自然水源の枯渇が発生し、多くの住民が水不足に直面しています。サントリーグループでは、グルグラムの地域の農業用水や家庭用水として供給している池の復元プロジェクトを2024年に実施しました。劣化した池を復元することで、水供給の改善、水質の向上、廃水処理、雨水貯留、生物多様性の回復などを実現し、地下水涵養量を大幅に増加させました。また、住民が運動や遊びを楽しめる公共の公園としても整備し、地域の農家と住民の生活水準を向上させ、コミュニティの経済的レジリエンスを強化しています。
スペインのトレド工場では、2021年よりタホ川流域にあるグアハラス貯水池の水量・水質と生物多様性の向上のために「ガーディアンズ・デル・タホ(Guardians del Tajo)」というプロジェクトを進めています。現地のNGOと協力して生態系および水文調査を進め、2023年11月にはトレド県のラヨス市議会と約2 ヘクタールの市有林の森林再生に関する協定を締結しました。この協定を通じた活動では、ラヨス川の右岸に隣接する土地の植林と緑化を2023年から2025年にかけて実施し、同地域の生物多様性の向上、土壌の固定と肥沃化による浸食プロセスの防止、拡散性汚染の低減、水の浸透能の改善、大気中のCO2の回収を目指しています。さらに、水源であるグアハラス貯水池の将来の気候変動の影響評価を行うため、アルカラ大学の水文学研究チームと共同で、シミュレーションモデルを開発して解析を進めています。この研究では、SWAT+と呼ばれる水文モデルを用いてグアハラス貯水池への気候変動の影響を評価しました。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による温室効果ガス濃度の将来予測を基にした気候変動シナリオのうち、最も温室効果ガス排出量の高いRCP 8.5を用いて将来予測を行いました。貯水池の上流にある河川から流入する水量が21世紀末までに、どの程度減少するのかを推定しています。
タイでは、チェンマイ大学との共同研究を進めています。サラブリー工場の水源地であるパサックダムを含む流域全体の水収支や、地域のエンゲージメントを促進するための課題について研究を行っています。また、地下水がどのように流動しているのか、どの地域で活動を行うことで地下水涵養に対する公益性が高まるのかといった点についても分析を進めています。得られた知見をもとに、パサックダムおよびパサック流域全体の中で、どの地域でどのような取り組みを行うかを決定していく予定です。今後も引き続き、2030年に向けた水源涵養活動のロードマップに沿って、水源保全の取り組みを着実に進めていきます。
また、水の大切さを啓発する次世代環境教育「水育」も計9カ国、2024年までに119万人に展開し、次世代を担う地域の子どもたちを中心に水源を守る大切さを伝えていきます。