日本フィル&サントリーホール 
とっておき アフタヌーン Vol. 10

<マエストロと新星が紡ぐストーリー>

服部百音(ヴァイオリン)インタビュー

  • 服部百音

    服部百音

    ©Chihoko Ishii

サントリーホールと日本フィルが贈る、エレガントな平日午後の『とっておきアフタヌーン』2019-20シーズンが始まります。今シーズンのコンセプトは「マエストロと新星が紡ぐストーリー」。初回Vol.10のソリストは、ヴァイオリンの服部百音さんです。8歳でオーケストラと初共演、10代からすでに活躍され、輝く「新星」でありながらステージ経験豊かな実力派です。

  • 藤岡幸夫氏と服部百音さん(2018年10月、サントリーホール)

    藤岡幸夫氏と服部百音さん(2018年10月、サントリーホール)

藤岡幸夫マエストロとは、昨年すでに、このサントリーホール大ホールで共演されていますね。

初めての共演でしたので、ちょっと緊張していたのですが、リハーサルの時からとてもフランクに接してくださり、ユーモアがあって面白くて、とても温かな人間性を感じました。マエストロが示してくださる音楽の方向性は、とてもダイナミックで情熱的、同時に非常に冷静な部分があり、すごく刺激的でした。曲も、大好きなチャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』でしたので、本番はとても楽しくて、テンションが上がってしまいました(笑)。

今回も同じ作品で共演いただくので、楽しみです。服部さんにとって、このチャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』は、子どもの頃からとても思い入れのある曲だそうですね。

はい、母の話によると、赤ちゃんの頃から真剣に聴いていたと。泣いてばかりいる赤ちゃんだったのに、このチャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』がかかった時だけ、ピタリと泣き止んだそうです。オイストラフが演奏したCDで、物心ついてからもよく聴いていました。今も大好きな曲です。

  • 藤岡幸夫氏と服部百音さん(2018年10月、サントリーホール)

    藤岡幸夫氏と服部百音さん(2018年10月、サントリーホール)

日本フィルとも昨春この曲を一緒に演奏されていますね。

私の師であるザハール・ブロン先生との共演でした。先生の指揮で、日本フィルさんと。

その時のオーケストラの印象はいかがでしたか?

一緒に音楽をつくっていこうという熱意をすごく感じて、幸せでした。団員の皆さん、とても温かくて。
日本フィル首席指揮者でヴァイオリニストでもあるピエタリ・インキネンさんとは、実はブロン先生の同門で、先生のバースデーコンサートでもご一緒したんです。やはり同じカラー、親近感があります。日本フィルさんにも同様に親近感を持っています。
協奏曲は、ソリストが方向性を決めるのではなく、マエストロとオーケストラとの対話ありきで、その考え方や方向性を演奏しながら感じて、それに対してこちらも反応するやりとりがあります。同じ曲でもオーケストラによって解釈に違いも出ますし、マエストロによっても異なるので、今回はどういう風になるのかなと、とても楽しみです。

ソロでのリサイタルとオーケストラとの共演では、精神的にもだいぶ変わりますか?

ソロのコンサートは一人で舞台を作っていかなければいけないので、スリリングで楽しくもありますがプレッシャーも大きいです。オーケストラとの共演は、大人数で支えてもらっているという安心感があって、好きです。

  • 「全音楽界による音楽会 3.11チャリティコンサート」(2018年3月、サントリーホール)

    「全音楽界による音楽会 3.11チャリティコンサート」(2018年3月、サントリーホール)

あらためて、チャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』に対する思いを聞かせてください。

有名なヴァイオリン協奏曲はたくさんありますが、チャイコフスキーはそれらすべてとまったく異質というか、いちばん難しいコンチェルト(協奏曲)だと私は思っています。メロディーやフレーズなど素晴らしく美しく、演奏を抜きにして曲だけでもすでに完結しています。曲が出来上がりすぎていて、演奏者によって左右される余白の部分がとても少ないというか、誰が弾いても同じに聴こえてしまいがちで、かえって難しいのです。奏者によって色々な解釈があると思いますが、私は、オリジナリティをいかに出していくかというよりは、いかにチャイコフスキーによって書かれた曲そのものの魅力を最大限お伝えできるかというところにフォーカスして、取り組んでいます。
チャイコフスキーと現実的に話したりすることはできませんが、楽譜から読み取れることは結構多いです。メロディーラインなどを分析していくと、何を言いたかったのかが浮き彫りになってきます。それをできるだけ吸収して解釈し、彼が思った世界観を忠実に再現することに特化して、毎回真剣勝負で取り組んでいます。とても奥が深くて、やりがいのある曲です。何回弾いても正解はないし不正解もないというか。追求していくと限り無くて、人生終わるまでゴールは無いですね。

  • 「全音楽界による音楽会 3.11チャリティコンサート」(2018年3月、サントリーホール)

    「全音楽界による音楽会 3.11チャリティコンサート」(2018年3月、サントリーホール)

『とっておきアフタヌーン』は、トークも織り交ぜながらお客様にリラックスしてクラシック音楽に親しんでいただこうという趣向です。当日は、百音さんの思いや曲のエピソードなどを、ナビゲーターの政井マヤさんが色々引き出してくださると思います。

コンサートにトークが入るのはいいですよね。私は緊張して早口になってしまいますが、感謝の気持ちを自分の言葉で皆さんに伝えたいと思います。
私はいつもコンサートホールで、お客様からたくさんエネルギーをいただいて演奏しています。クラシック音楽というと、曲の時代背景とか作曲家の意図とか小難しくてとっつきにくいというイメージをもたれている方も多いようですが、聴いてくださる方々は、純粋に音楽を聴いていただければと思っています。そこに響いている音を聴いて、こんなにいいものなんだね〜と楽しんでいただけたら。その空気感が、私たち奏者の方にも伝わってくるんです。感情を共有するというのかな。指揮者も奏者も全員でエキサイトして盛り上がっていく激しい部分では、一緒にテンション上がって盛り上がっていただいて。ポップスやロックのコンサートと原点は同じ、スタイルがちょっと違うだけなので。一緒にいい時間を過ごせたなと思ってもらえたら、とても嬉しいです。

『とっておきアフタヌーン』は平日13時半からのコンサートなので、その前後にランチやお茶、お酒など、華やいだ気分や余韻を楽しんでいただく特別なおもてなしも色々と用意されています。

いいですね! マチネ(昼の公演)は、公演が終わった後も使える時間がたっぷりあるのがいいですよね。
私は15〜16歳の頃から日本とヨーロッパを行き来しだして、やはりクラシック音楽に接する環境が随分違うと気づきました。ヨーロッパでは、日常生活の何気ないところにクラシック音楽があって、タクシーに乗ればクラシック音楽が流れていることがよくあるし、コンサートに行くのが日々の楽しみのひとつというように習慣になっている方が多いんですね。日本でもいろいろな方々に、クラシック音楽の魅力を伝えられたらなと思っているので、こういう企画に参加できるのはとても嬉しいです。
昼の公演のほうが、まっさらな状態で聴いていただけるかもしれませんね。夜って体感速度が早く感じるというか……。マチネは、弾く方も聴く方も自然体で、自分の演奏がそのまま届くような気がします。

  • 「こども定期演奏会」大友直人指揮 東京交響楽団(2011年9月、サントリーホール

    「こども定期演奏会」大友直人指揮 東京交響楽団(2011年9月、サントリーホール

お客さんとしてもよくコンサートに行かれるということですが、生まれて初めてコンサートに行ったときの印象を覚えていらっしゃいますか?

たしか7歳のときで、ブロン先生のコンサートに。まだ師としてブロン先生と出会う前です。場所はどのホールだったか……コンサートホールというのは独特な雰囲気だな、と思ったのは覚えています。
サントリーホールは、実は聴きに来るより先に演奏させていただきました。11歳のとき、『こども定期演奏会』の10周年ガラコンサートで、大友直人先生の指揮でメンデルスゾーンのコンチェルトを。まだ小さかったですけれど、サントリーホ―ルはものすごく有名なホールだということは知っていましたし、いつか弾けたら夢のようだなとずっと願っていた場所だったので、武者震いを感じました。実際、ステージに立ってみて、圧倒されました。四方八方にお客様がいて、二千人の方が見ている……緊張というより、ギリギリまで高まって感極まっちゃって。弾き始めてからは、大友先生やオーケストラの方々の支えがあって安心して弾けたんですけれど。まだフラッシュバックするぐらい、衝撃的な瞬間でした。ホールが大きくて、なんかスタジアムで弾いているような感覚で、響きを聴いている余裕もなく、がむしゃらに弾いて、終わった〜という感じでしたね。

  • 「こども定期演奏会」大友直人指揮 東京交響楽団(2011年9月、サントリーホール

    「こども定期演奏会」大友直人指揮 東京交響楽団(2011年9月、サントリーホール

それ以来、もう9回ほど、この大ホールで演奏されています。サントリーホールの響きはいかがですか?

いちばん自分が自然体で弾ける場所だと感じています。どこのホールとも違って、音がいちばん美しい状態で聴こえてくるのが、ステージ上でもわかりますし、客席で聴いているときにも、楽器の持つ最大限いい音になって聴こえてくるんだなと感じます。そういう魔法がかかる場所だと思います。本当に特別な場所。
「日本のいちばんの名所ってどこ?」って聞かれたら、東京タワーとかではなくて、ぜったいサントリーホールだなあと思います。大好きなホールです。そして、5月8日の『とっておきアフタヌーン』は、私にとって令和初の演奏会なんです! しかも、大好きなチャイコフスキー『ヴァイオリン協奏曲』。

令和初! 新しい時代をひらくエポックメーキングなコンサートになりそうですね。ヴァイオリン以外、リラックスする時間は何をされているんですか?

リラックスは……やっぱり、なにかしら音楽を聴いていると落ち着きます。いつも、勉強中の曲にはなにかしら演奏上ひっかかる問題点が常にあって、それを克服できないとどうにも落ち着かないという状態なので、いろいろな方の演奏を聴いたりします。ひとつのフレーズを、いろいろな方の演奏で聴き比べるのも好き。味比べみたいな感じで(笑)

リラックスするのもヴァイオリンなんですね。最後に、「とっておきアフタヌーン」にちなんで、百音さんにとっての“とっておき”を教えてください。大好きな物や時間は?

ネコが大好きです。今は飼えない状況なので、ときどきペットショップにネコを抱っこしに行ったりします。趣味みたいなものがあまりなくて。やってみたいことはたくさんあるんですけれど。まだ知らない世界がいっぱいあって、料理とかもしてみたいし、もっと違う分野のことをたくさん知りたいとは思っています。
“とっておき”の時間、特別な瞬間というのは、やっぱり演奏会の時間です! うまく言葉にできないのですが、本番で弾いているときに、お客様から発せられている波動というか、今どういう風な感じで聴いていらっしゃるというのが伝わってくるのです。その熱や感情と、私が感じて、その時に音を出している感情と、マエストロから感じるもの、オーケストラの団員さんから感じられる熱意が、ぴったり一致することがあります。その瞬間というのは忘れられない。現実を飛び越えて異次元に行っちゃったみたいな幸せがあるんです。その瞬間がたまらない。全員で高まり方が同じで、頂点に達したところで終わる。そんな演奏会が今までに何度かありました。

サントリーホールの創設に大きな力を貸してくださったマエストロ・カラヤンも、「音楽は聴衆と演奏家が一体となってつくるもの」とおっしゃって、舞台を客席が囲むヴィンヤード形式のホールになったんです。開館以来ずっと聴衆と演奏家との一体感を大切にしてきましたが、まさにそういう瞬間は、“とっておき”ですね。

本当にそうですね。もちろんポップスやロックでもそういう現象が起きると思いますが、その瞬間が音楽の醍醐味ですよね。それをお客さんも感じられて、とくに言葉には出さないけれど、なんかすごい瞬間だったなというのが残るから、クラシック音楽が何百年も演奏され続けているのだと思います。
演奏は、追求し始めると終わりが無いです。どこまで弾けたら完成っていうのが無いから、音楽はゴールが無い。やっていることはアスリートみたいな全身運動ですけれど、そこに感情が入ってきて、聴き手の方が感情を共有してくだされば、その方にとっていい音楽になる。だから、内面的部分の追求は続きますね。オイストラフとかハイフェッツは、同じ曲を弾いていても、齢を重ねるごとに、一音出しただけで本当に泣けるような演奏をされています。その域にいくのは大変。単に練習を重ねるだけではダメで、いろんな人生経験を経て考えることもいっぱいあって、その境地に達するんだろうなと思うので。人生歩んでいくうちに、いつか、あんな心が震えるような音を1回でも出せるようになれたらなあと思っています。