Vol.37
《ツイスト脚付杯》
―螺旋を描く極小の泡
高12.1cm 比重3.64 サントリー美術館
淡緑色を帯びたガラスで作られた小さな脚付杯。杯の形は歪み、脚の太さも均一ではありません。脚の内部には螺旋文様が見えますが、文様の輪郭はぼやけています。本作は、18世紀イギリスで流行したツイストステム(twist stem)と呼ばれる螺旋文様入りの脚をもつ杯をモデルに、江戸時代の日本で作られたもの。モデルに近づけようと試行錯誤した江戸時代のガラス職人の努力を思うと、少し拙いその造形がかえって愛おしく感じられます。
さて、今回注目したいのは脚の螺旋文様です。モデルとなったイギリス製品では乳白色のガラスがくっきりとした螺旋文様を描いていますが、なぜ本作の文様はぼやけて見えるのでしょうか?
下の図は本作の螺旋文様の拡大写真です。微小な気泡が密集しており、所々に白色の粒が散在しています。土屋良雄『日本のガラス』(紫紅社、1987年)で述べられているように、本作の螺旋文様は密集した微小気泡によって「白く見えている」というのが実態なのです。ヨーロッパ製品に見られる乳白色のガラスを用いた螺旋文様はオペークツイスト(opaque twist)、気泡を封入した螺旋文様はエアツイスト(air twist)と呼ばれますが、本作の場合、マイクロエアツイスト(micro-air twist)やバブルエアツイスト(bubble-air twist)と呼ぶのが適しています。
微小な気泡が密集した螺旋文様は、江戸時代に「石地」(『硝子拵様覚帳』、寛政7年〈1795〉、玻璃文庫蔵)と呼ばれた素地を使うことで生まれたと考えられます。江戸時代にはガラスを乳濁させるために錫が添加されましたが、錫には高温で乳濁効果がなくなる性質があります。石地にも錫が加えられていますが、熔融時に泡切りできる温度まで上げなかったため、ガラス内部に微小な気泡が無数に残っているのが特徴です。本作の脚は石地に淡緑色透明のガラスを被せた後、捻りながら伸ばして作られていますが、ガラスを被せた時(あるいは成形時)にガラス内部の温度が上がって錫の乳濁効果が薄れてしまい、結果として、もともと石地に含まれていた無数の微小な気泡が残って螺旋文様を形作っている……というわけです。
江戸時代の職人にとっては不本意なものだったかも分かりませんが、極小の気泡からなる螺旋文様はまさしく江戸時代ならではの表現と言えましょう。
謝辞
執筆にあたり、棚橋淳二先生ならびに地村洋平先生(東京藝術大学)に多くのご教示を賜りました。ここに記して厚く御礼申し上げます。
2026年2月25日
出典:『サントリー美術館ニュース』Vol.298, 2024.8, p.6