Vol.27
《薄蜘蛛蒔絵鞍》
―鞍に秘められた恋?

桃山時代~江戸時代 16世紀後半~17世紀初頭 サントリー美術館
馬に跨り、戦場を駆け巡る武者の姿は、時代劇でも馴染み深いイメージです。鞍は彼らにとって欠かせない道具でした。その一方で、中世以降の日本の鞍は、蒔絵や螺鈿によって豪華に飾られたため、現代では優れた漆工芸品としても注目されます。
鞍は前輪(まえわ)、後輪(しずわ)、乗り手が座る居木(いぎ)の部位で構成されており、主に前輪と後輪の外側に装飾を施します。当館が所蔵する《薄蜘蛛蒔絵鞍(すすきくもまきえくら)》の場合には、前輪と後輪のそれぞれに蒔絵と金貝の手法で、穂を付けてたなびく一茎の薄を、そこにしがみつく一匹の蜘蛛は、金貝と付描によって表しています。しかしこの意匠、様々な解釈ができる意味深長なものです。
まず、薄と蜘蛛は和歌にみられる秋の風物の取り合わせです。この鞍の意匠と合致するのが、『金葉和歌集』掲載の大江公資による一首。「しのすすきうはばにすがくささがにのいかさまにせば人なびきなん」(薄の上葉に巣を張り、風に揺れるささがに(蜘蛛)のように、どうしたらあなたは私になびいてくれるだろうか)。この歌では、薄と蜘蛛の様子が秋の景色を示すと同時に、恋しい相手の心が揺れ動くさまに重ねられています。実は、和歌の世界では、蜘蛛は恋愛の意味を示す場合にも頻繁に使われるのです。
この歌が誰に宛てたものかは不明ですが、驚くべきことに大江公資の妻は、小倉百人一首に選ばれた歌人、相模です。さらに、彼女の父は土蜘蛛退治で名高い源頼光であると言われています。この蜘蛛は土蜘蛛にかけたものでしょうか。
一方で、中世の工芸には、馬が蜘蛛の巣に引っ掛かっているという奇妙な意匠が存在しました。『徒然草』にも祭礼時の着物の文様として登場します。その意匠から転じて、馬具であるこの鞍に、蜘蛛を表す趣向に至ったとも考えられます。
以上のことから、この鞍にはなんと、①秋の景色、②大江公資の恋の和歌、③土蜘蛛退治(源頼光の武勇伝)、④馬と蜘蛛の関連性、といくつもの解釈が見出せるのです。単なる秋の景色と思いきや、秘められた意味があるかもしれない。その可能性が、この鞍を一層美しく見せるのでしょう。
2025年3月7日
本稿は2022年発行の『サントリー美術館ニュース』(vol.288, 2022.5, p.6)を2025年1月加筆修正しました。