
学生時代からの友人の電話に救われた。このエッセイを書きながら、話の舞台はフロリダから目と鼻の先にあるバハマなのに盆踊り曲がアタマのなかで鳴り響いていて困っていたのだ。
そのときもドイツのディスコバンド、ボニーMが1979年に発表したユーロ・ディスコ『バハマ・ママ』(作詞・作曲/フランク・ファリアン)が友人の声に被さるようにリピートしつづけていた。この曲、日本ではいつの間にか『バハマ・ママ音頭』という盆踊り曲として定着してしまっている。
ちょうどいま頃は夏祭りが全国各地でおこなわれていることだろう。そして盆踊りや花火大会で盛り上がっているはずだ。『バハマ・ママ音頭』はとくに関東圏で人気が高いらしい。東京・銀座のゆかたで銀ぶらとか新宿の花園神社の祭りでもこの曲で踊られたりしている。そのため盆踊りシーンばかりが浮かぶのだった。
友人がゲラゲラと笑いだした。学生時代はディスコ・ブームだったから彼もボニーMの曲をすぐに想い出して、「そりゃ災難だな。アタマから消えないね」と言って一呼吸置くと、「バハマでしょう。それなら高中正義を聴いてみたら。いま、世界で大ブレイク中でしょ」と教えてくれた。
学生時代にアマチュアバンドでギターを弾いていた彼は、高中のコピーもよくやったと言う。そして「バハマってアルバムがあるよ」と最高のアシストをしてくれたのだった。たしかに1998年に高中は『Bahama』というアルバムを出していた。わたしはそれを知らなかったのだが、何よりも救われたのは次の言葉だった。
「覚えていないのかい。学生時代にブルーラグーンがヒットしたじゃん。あれを聴けば青い海が広がるバハマのシーンが想い浮かぶだろう」
そうだ、高中には『BLUE LAGOON』があった。CMでもよく流れた曲だ。夏らしい、青い珊瑚礁の海へと誘ってくれる。調べてみると偶然にもボニーMの『バハマ・ママ』と同じ1979年に発表されていた。
助かった。ほんとうに助かった。高中のギターをしばらく聴きつづけることで、『バハマ・ママ音頭』から逃れられることができた。タイトルのせいもあって、ボニーMばかりに気を取られてしまっていたのだった。

では、『バハマ・ママ』という名のカクテルについて述べてみよう。ラムベースで、ココナッツリキュールにフレッシュなフルーツジュースの風味が際立つとても好ましい味わいのトロピカルドリンクである。
ボニーMの曲以前にカクテルは存在していたようだ。しかしながら気になるのは音楽でもカクテルでも名前が上がる『バハマ・ママ』っていったい誰、いったい何、ってことだ。
まずはバハマ。正式にはバハマ国(こく)。西インド諸島のバハマ諸島、約700もの島々と2,000以上もの珊瑚の岩礁からなる美しい群島国家(人が住む島は30ほど)で、イギリス連邦王国の一国である。
首都はニュー・プロビデンス島のナッソー。地理的には北西方向にアメリカ合衆国フロリダ半島があり、マイアミまでの距離は300kmほど。南西間近にはキューバ、南東にはハイチという国がある。
酒との関連としてはアメリカ禁酒法(1920−1933)時代のアルコール観光が名高い。まずはラムの密輸基地として、何よりも酒を味わうためにアメリカから訪れる旅行客で賑わい、バハマ経済が大いに潤った歴史がある。
カクテル「バハマ・ママ」はその禁酒法時代に生まれたという説もあるらしいが、よくはわかってはいない。
音楽はアフロ・カリビアンの伝統的ダンス音楽、グンベイ(Goombay/またその演奏に使われる太鼓を指す)が知られている。そしてバハマ・ママのワードの音楽での登場はアルコールツアーで潤っていた1932年発表の『Bahama Mama : That Goombay Tune』にあるようだ。
歌詞を要約すると、“バハマ・ママ。南国の魅力あふれる人。別れが来て、こころは切なさに沈む。ナッソーのあの人のことをいつまでも夢見る。バハマ・ママ。あなたはわたしのこころを奪った”といった内容である。
1950年代にはバハマ・ママという名前がさらに広く知られるようになった。フロリダはマイアミ・ビーチのカリプソラウンジの歌手兼ダンサーだったドッティ・リー・アンダーソン(Dottie Lee Anderson)がバハマ・ママと名乗ったからである。
こうしたなか、バハマの名バーテンダーとして知られるオズワルド・グリーンスレイド(Oswald Greenslade)は、ナッソーのナイトクラブ、ピンク・エレファントで働いていた1963年にカクテル「バハマ・ママ」を考案したと主張している。
カクテル名は、“カリプソ・ママ”と呼ばれ人気を誇っていたモーリーン・デュヴァリエ(Maureen Duvalier)に因んだものだと彼は言う。バハマのブルース・カリプソ歌手であった彼女は世界各地で公演をおこない、バハマ観光省を代表してバハマのPR活動にも尽力した女性である。現在、一般的にはこのグリーンスレイドの話がよく知られている。
ボニーMの曲がヒットする前に、すでにさまざまな逸話があったのだ。
カクテル「バハマ・ママ」はTikiカクテル(第164回『ティキを感じろ』参照)の流れのなかで生まれたものかもしれない。いつ誕生したか不明ではあるがトロピカル・ドリンクとしてはなかなかに秀逸な味わいといえるのではなかろうか。なんといっても複雑味、重層感がある。
今回、ベースをゴールドラムにしてみた。これにココナッツリキュールやパイナップルジュースが加わって独特のミルキーなふくよかな感覚が生まれている。さらに、そこにオレンジジュースがいいつなぎ役となってライムジュースのすっきりとした酸味をうまく取り込み、トロピカルな甘みにフルーティーな爽やかさをそよがせている。
コクがあるようですっきり複雑、という面白い味わいの逸品だ。もしできるならば、高中正義の『BLUE LAGOON』やアルバム『Bahama』を聴きながら飲んでいただきたい。