Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

フレンチ・スプリング・パンチ Recipe French Spring Punch

サントリーブランデー
X・O
30ml
ルジェ クレーム ド
フランボアーズ
15ml
レモンジュース 15ml
シュガーシロップ 2tsps.
ローラン・ペリエ
ラ キュベ
適量
シェーク/スリンググラス
シュガーシロップまでの材料をシェークして、氷を入れたグラスに注ぎ、最後にシャンパンでグラスを満たす。
好みで、グラスの縁にイチゴを飾る

桜の下にはホラーが埋まっている

桜前線が北上している。前線の主体となる観測対象はソメイヨシノであるが、わたしはあの美しく咲き誇った姿を直視できない。

連載第111回『世界を味わい深くする八重桜』(関連エッセイ参照)では、ソメイヨシノはあまりにも圧倒的で眩し過ぎると述べている。毎年、満開の桜並木の下をわたしは俯き加減で歩いているのだ。

妖艶さに拐(かどわ)かされるような不安なこころもちになる。桜の下に立ち尽くしてしまうと自分の存在が消えてしまいそうで怖い。子供の頃からなんとなく落ち着かない気配を感じていたような気がする。

最近、「フレンチ・スプリング・パンチ」を口にした。「エスプレッソ・マティーニ」(第131回『コーヒー豆3粒は健康・富・幸福』参照)や数々の話題作で知られたディック・ブラッドセル(Dick Bradsell /1959−2016)が1990年代後半のロンドンで考案したものらしい。

ブランデー、フランボワーズ(ラズベリー)のリキュール、レモンジュースに少量のシュガーシロップをシェークして、シャンパンを加える。ぶどうとフランボワーズの果実の甘味と酸味が見事に調和しており、さらにシャンパンの香味がエレガントにフランスの春を謳い上げる。

この華やぎのある春の飲み口に浸っていると、脳内スクリーンに何故か満開の桜の映像が浮かんできてしまった。まいりました、である。

桜の花弁がわたしの身体に降り注いでいるような感覚に陥る。ソメイヨシノはもちろん、これまでの人生で眺めたさまざまな桜とその時々の想いがアタマのなかを巡る。

そうしたなか、ひとつのフレーズが3D映像のように飛び出してくる。梶井基次郎の短編『桜の樹の下には』(1928初出/『梶井基次郎集』新潮文庫・参考)の強烈な書き出しである。

“桜の樹の下には屍体(したい)が埋まってゐる!”

とんでもなくショッキングな一文から、桜の花が見事に咲くことが信じられない、との語りへとつづいていく。作品に出会ったのは高校生のときだった。美に潜む醜を想像する心理に衝撃を受けながらも、なんとなく理解できるような気がした。

こうなると止まらない。坂口安吾の『桜の森の満開の下』(1947初出)へとつづいていく。大学生になり、やたらと本を読む先輩から、梶井作品の影響があるはずだから、とすすめられた。この作品はホラー版日本昔話的な感覚で痺れさせながら、人間の孤独を強調した幻想的な世界へと導く。

満開の桜の森は恐ろしいと感じている山賊が、都からの旅人を襲撃して、その旅人が連れていた女性を女房にしてしまう。ところが妖しく美しい女房は山賊のことを怖がりもしないで我が儘に振る舞う。しばらくして山賊は女房の願いから都に移り住むのだが、女房は山賊にたくさんの生首を狩ってこさせては “生首遊び” をするのだった。

そんな都での生活に嫌気がさして山賊は山へと帰る。女房も一緒だった。山賊は女房を背負い、風の吹く満開の桜の森を歩いていくと、女房は醜い老婆の鬼となり山賊の首を絞めてくる。やがて………頭上には桜の花、その下には無限の虚空があり、花弁が密やかに降る。

花吹雪に消える山賊の孤独が描かれているのだが、極めて妖美で、残虐的で、しかも透明感がある。“花の下には涯(はて)がない” “花と虚空の冴えた冷たさ”という表現が強く印象に残っている(坂口安吾著『桜の森の満開の下・白痴』岩波文庫/参考)。

人は美しい魔力の虜になる

残虐な話から『櫻守』(さくらもり/水上勉著/新潮文庫/1969初出)にたどり着くと、こころがやっと平穏を取り戻した。これもはじめて読んだのは学生時代で、梶井、坂口の作品の流れから手にしたはずだ。

桜に魅了された庭師北弥吉の生涯を描いた作品である。水上勉の名作の一つだとわたしは想う。里山を撫でる春風に桜の花弁が揺れ、震え、微笑むかのような美しく柔らかい言葉の響きは見事としか言いようがない。

桜学者の竹部庸太郎に師事して、とくにサトザクラ、ヤマザクラなどの日本古来種の保護育成に情熱を傾ける弥吉の姿に愛おしさを覚える。

古来、桜といえば山桜だった。師である竹部はソメイヨシノを強烈にけなす。山桜は正絹、ソメイヨシノは品のないスフ(化繊)、と辛辣だ。江戸時代末期に生まれた染井が日本の桜と思われるのは心外だ、とまで言う。

竹部には実在したモデルがいる。その人物に主人公弥吉が絡むカタチで物語がつくられている。

モデルは笹部新太郎(1887−1978)。民間の植物学者で桜研究家だった。彼は東京帝国大学法科(現東京大学法学部)在学中より独学で桜の研究に打ち込む。卒業すると後の第29代首相犬養毅(1855−1932/五・一五事件で暗殺)の秘書を数年間務めて辞職し、私財を投じて兵庫県宝塚市(JR福知山線武田尾駅近辺)に桜の演習林、亦楽山荘(えきらくさんそう)を造園(1912年)した。また京都府向日町市にも桜苗圃(さくらびょうぼ)を造園している。

彼が手がけた仕事を列挙する。関西の方々には馴染みのある桜ばかりであろう。大阪造幣局の通り抜け、大阪城公園、兵庫県西宮市の夙川公園や甲山周辺、奈良県吉野、奈良公園、琵琶湖湖畔の桜の管理・指導。また、岐阜県の御母衣(みぼろ)ダム建設で水没する推定樹齢400年(当時)を超える2本のエドヒガンの巨木移植(現高山市荘川桜)など、優れた功績がある。

生涯、桜に投じた私財は現在の貨幣価値で100億円と言われている。それは桜の魔力の証ではなかろうか。

笹部が品種改良や接木などの研究に拓いた亦楽山荘は、現在宝塚市が里山公園『桜の園』として管理。山桜植樹会の参加者が中心となりボランティア団体『櫻守の会』が設立され、整備、手入れ活動をつづけている。

また神戸市東灘区、阪急岡本駅近くにある岡本南公園は笹部邸跡を神戸市が公園として整備したもので、桜守公園とも呼ばれている。

ちなみにタイトル部分のイラストは桜守公園の笹部桜を描いたものだ。

カクテル「フレンチ・スプリング・パンチ」を飲み、梶井、坂口、水上作品に想いを馳せた日から間もなくに、『櫻守』を久しぶりに手にした。最初に読んだ学生のときには少し涙した。それから幾度か読んではいるが涙は流していない。しかしながら今回は年を重ねたせいであろう、泣けた。

庭師弥吉は、エドヒガンザクラの木の下に埋葬されることを願う。

桜には霊妙な力がある。桜は人を手招きする。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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サントリーブランデーX・O
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ルジェ クレーム ド フランボアーズ
ルジェ クレーム ド
フランボアーズ

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