長年、気になっているカクテルに「ティントン」がある。古いカクテルブックには掲載されている。
ここしばらくの連載で取り上げてきた英国バーテンダー・ギルド編纂(UKBG)の『Café Royal Cocktail Book』(1937年刊行)にはもちろん、いま最もわたしが気になっている1917年にアメリカ・ニューヨークで刊行された『Recipes for Mixed Drinks』にも掲載されている。
正直に言えば、へんてこりんな名前のカクテルだなと思いながらも、なかなか調べ上げる機会がなかった。
ところが第153回『石畳の小道と氷』でライウイスキーベースの「ウイスキー・コブラー」とともに「ポートワイン・コブラー」を紹介した。すると読者のなかにこのポートワインベースを気に入った方が予想以上にいらっしゃるとの声を聞いて、「ティントン」が浮かび上がってきたのだ。
このカクテル、ネーミングだけでなく潔いレシピになんだか惹きつけられてしまう。アップルブランデーのカルヴァドスもしくはアップル・ジャック、そしてポートワインをステアというものだ。
スピリッツとワインの2種で簡潔している。
レシピにアップル・ジャックとあることからアメリカ生まれのカクテルだろうと推察できる。それでもどんな酒かちょっとだけ解説しておこう。
まずカルヴァドスに関してはこの連載でたびたび登場してきている。フランス北部ノルマンディー地方特産のりんごを原料とする蒸溜酒で、原産地呼称規制の対象となっている。カルヴァドスAC地域以外でつくられるものはアップルブランデーと呼ばれる。
詳細は第24回『薔薇色の時、ジャック・ローズ』をご一読いただきたい。また第84回『カルヴァドスと凱旋門』では小説のなかで印象的な役回りとなっているカルヴァドスについても触れている。
アップル・ジャックも第24回で詳細を述べており、アメリカにおいても希少酒であるが復活の兆しのあるアップルブランデーでもある。
アメリカ東部の地酒で、ニュージャージー州ではすでに1698年に製造されていた記録がある。
冬の夜、手製のりんご酒を零下の戸外に出しておくと水分だけが凍る。翌朝に氷となった水分を取り除くことでアルコール分の強い酒を得た。原始的な製法からつくられ、この行為からアップル・ジャックと命名された。
いまはりんごを発酵させてシードルをつくり、単式蒸溜器で2度蒸溜しているようだがカルヴァドスほどの洗練はない。
そしてポートワイン。第130回『ノーベル賞作家は飲んだか』で簡単に触れている。シェリー、マデイラ(第40回『花かごの島酒』参照)にポート、さらにはイタリアのマルサラを加えて4大酒精強化ワイン(フォーティファイドワイン)と呼ばれている。
通常のワインはアルコール度数が10〜14%程度であるが、酒精強化ワインは15%以上である。醸造中にアルコールを添加してアルコール度数を高め、コクのある味わいと保存性も高まる。長期熟成が可能であり、開栓しても酸化しにくい。味わいの特性としては糖度が高く、甘口タイプが多い。
ポートワインはポルトガル北部アルト・ドウル地区でつくられ、その西側に位置するポルト港から輸出されている。アルコール度数は高く、19〜22%の間(一部を除く)と決められている。