Liqueur & Cocktail

カクテルレシピ

ウォルドーフ・グルーム・リフター Waldorf Gloom Lifter

カネマラ 45ml
サントリーブランデー
X・O
15ml
レモンジュース 20ml
グレナデンシロップ 2tsps.
シュガーシロップ 2tsps.
卵白 1個
シェーク/クープグラス
材料をシェークして、グラスに注ぐ
好みでレモンピールを飾る

姿を消したアメリカ流飲酒の流儀

禁酒法下(1920-1933)のアメリカ、大干ばつ時代。乾燥しきったなかで著された名著がある。1931年に刊行されたものだ。この時点では2年後に禁酒法が撤廃されるとは知る由もない。

一冊のなかに綴られた話には、刺激的な飲み物のない、失われた10年のなかを生きる者たちの嘆きがある。それからおよそ100年を経たいまを生きている者にしてみれば、奇妙な、滑稽にすら想える一面もあるのだが、当時のアメリカ人にとっては魂を抜かれてしまったような悲劇的な状況下にあったことは確かであろう。

その本にはこんなことが書かれている。

1920年以前のアメリカにはAmerican School of Drinking(アメリカ流飲酒の流儀)と呼ぶべき独自の文化があった。多くの外国人が英語を読むきっかけとなったのがAmerican Barという看板だった。

アメリカにはバッカスの神殿があった。喉の渇いた旅人たちに、小さくとも縁までたっぷりと注がれたさまざまな色の液体を連想させた。それを飲み干せば、力強さと、さらに求めたくなる欲求を呼び覚ました。しかしながら神殿に惹きつけられる巡礼者や熱狂的な信奉者はもうどこにもいない。

すべては過去の栄光であり、遺物となってしまった、と嘆いている。

本のタイトルは『Old Waldorf Bar Days』。著者はアルバート・スティーブン・クロケット(Albert Steven Crockett/1873-1969)。世界的に名高いニューヨークの高級ホテル、ウォルドーフ・アストリア・ホテルのウォルドーフ・バーが開業した1897年から禁酒法施行前までのアメリカ酒文化の回想録である。

ウォルドーフ・バーの歴史、客のエピソードに禁酒法下での世相などが綴られ、見事な社会文化論に仕上げられている。かつてのバーの従業員の協力も得て、またバーテンダーたちが1919年のバー閉業まで代々記録しつづけたカクテルレシピを掲載してもいて、歴史的価値は高い。

クロケットについてはカクテル「グルーム・リフター」を取り上げた連載171回『緑色の祝祭日』のなかで、「ウォルドーフ・グルーム・リフター」を世に伝えた人物として紹介している。

そこでは「ウォルドーフ・グルーム・リフター」は禁酒法撤廃後まもなくの1935年にクロケットが著した『Old Waldorf-Astoria Bar Book』に掲載されたと解説しているが、これは間違いであった。ごめんなさい。

正しくは、すでにこの『Old Waldorf Bar Days』に掲載されていた。またカクテル「ブロンクス」(145回参照)の誕生秘話もここに記されている。

クロケットについて今回は多少詳しく紹介しておこう。彼は1901年から旧『ニューヨーク・ヘラルド』を皮切りにジャーナリストとして、長く海外特派員として数多くの新聞に寄稿して活躍した。1915年から1917年、そして1925年から1929年の2度にわたりウォルドーフ・アストリア・ホテルのニュース・エディター(広報)を務めてもいる。

何よりもウォルドーフ・バーが1897年秋にオープンしたその1ヵ月後からクロケットは足繁く通っていたのだった。

アメリカが禁酒法を施行した1920年前後には特派員としてロンドンに駐在していた。そのときロンドンの名高いホテルがアメリカンバーに優秀なバーテンダーを求めていることを目の当たりにしている。彼は採用されたアメリカで修行したバーテンダーのカクテルを飲んだようだが、特別な感慨はなかったようである。

朝ご飯は、ちゃんと食べよう

クロケットの本には興味深いエピソードが多い。その一つに、禁酒法によってバーテンダーたちはどう生きたのか。『Bar Book』(1935)にはこんな内容のことが書かれている。

まず海外へ仕事場を求めた話はよく知られている。ロンドン、パリ、ベルリンをはじめとしたヨーロッパ、さらには北米から南下、バハマやカリブ海の島国などへと向かった。客船のバーもいい仕事場となった。

法を犯すことになるが、国内の社交クラブも経験豊富なバーテンダーを雇い入れた。そしてスピークイージー(speakeasy/もぐり酒場)が乱立した。そこでいかがわしい酒を扱いながらミクスト・ドリンクをつくる者もいた。

しかしながら国外に脱出することを善としないバーテンダーもいた。もちろん違法に手を染めることなど考えられない。かつてのウォルドーフ・バーのバーテンダーの一人は、「もぐり酒場で働くことは許さない」と言った。そしてホテルの料飲部門で日々ドライなサービスをつづけ耐え忍ぶ。

何年先になるかわからないが、American Barの神殿に巡礼者たちが訪れる復活の日を信じて粛々と仕事をつづけたのだった。


では、今回のカクテルについてお話しよう。

171回では「グルーム・リフター」を春の味わい、「ウォルドーフ・グルーム・リフター」は秋の味わいと表現した。前者のほうはデイヴィッド・オーガスタス・エンバリー(David Augustus Embury/1886−1960/173回に詳細)が、自分好みのドライな味わいにアレンジしたものと思われる。

秋に紹介する「ウォルドーフ・グルーム・リフター」はブランデー、グレナデンシロップが加わっているため、ふくよかな果実味があり、甘味と酸味のバランスがとてもいい。全体的に春とはひと味違う濃厚さというか、豊かさ、温かみが感じられる。

また卵白のふくらみのあるタッチに、アイリッシュのピーテッド・シングルモルトウイスキー「カネマラ」のスモーキーさが潜んでいる。密やかなドライ感と言えるかもしれない。カネマラが巧く効いている。

カクテル史の流れからすると、「ウォルドーフ・グルーム・リフター」はクラブカクテルとしてスープ代わりに飲まれていたジンベースの「クローバー・クラブ」(96回参照)のアレンジになるようだ。そしてウォルドーフ・バーではモーニング・カクテルという位置付けにあった。

1920年以前のウォルドーフ・バーでは午前11時以降にオーダーされることはなかったらしい。朝、客たちは滋養強壮のためにこのカクテルを好んで飲んだとされる。朝の日課だったそうだ。

これには驚かされるが、そういうアメリカ流飲酒の流儀の時代があったのだ。いまは朝からそんな飲み方は歓迎されない。

というか朝ご飯は、ちゃんと摂らなくちゃね。アメリカンブッレクファストをしっかり食べなくちゃ。

イラスト・題字 大崎吉之
撮影 児玉晴希
カクテル 新橋清(サンルーカル・バー/東京・神楽坂)

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サントリーブランデーX・O
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