ストーリーで描く健康経営戦略~アウトカムを飛躍させる鍵~【前編】

ストーリーで描く健康経営戦略~アウトカムを飛躍させる鍵~【前編】

多くの企業が重要性を認識し、すでに取り組みを始めている健康経営®。しかし現場からは、「成果が見えにくい」「従業員の巻き込みが難しい」「経営層に説明しづらい」といった課題の声も寄せられています。健康経営の成果を出すための戦略は、企業ごとに異なります。健康経営が目指す姿や、何をもって「価値ある成果」とするかも企業によって違います。ここで大切になるのが、自社にとって本当に重要なアウトカムを見極め、そこへ向かうストーリーを描くことです。自社ならではの健康経営を進めるためのさまざまなヒントが紹介されたセミナーの様子をレポートします。

健康経営は先手必勝

2026年3月2日、「ストーリーで描く健康経営戦略~アウトカムを飛躍させる鍵~」と題したセミナーが東京・日本橋で開催されました。リアルとオンラインのハイブリッドで開催された本セミナーには、会場を訪れた多数の産業保健師や人事労務担当者などのほかに、オンラインでも300人以上が参加。健康経営に対する関心の大きさをうかがわせました。

冒頭に講演を行ったのは、本セミナーを共催するNPO法人健康経営研究会で理事長を務める岡田邦夫氏です。岡田氏は従業員の健康が企業経営にもたらす影響について多様な事例や研究を紹介したうえで、「健康経営は先手必勝」と述べました。いち早くリスクを感じ取り、問題が顕在化する前に対処するという考え方が健康経営には大切だと言います。

将来顕在化するであろうリスクの予兆として岡田氏が例に挙げたのが、就労者数の増加です。岡田氏は、「いま、女性労働者が急速に増えています。女性の心身の特性を考慮した健康管理に取り組んでおかないと、企業は大きな問題に直面することになるでしょう」と警鐘を鳴らします。同様のことは、増加する高齢の労働者にも言えます。定年退職の延長や年金をはじめとした経済面での不安により、働く高齢の労働者は増加傾向にあります。また、家族の介護や育児など、仕事以外の何かと仕事とを両立しなければいけない人も増えています。それは、労働生産性の低下を招く可能性があります。さらに、現代の若者は体力が低下しているというデータもあるとのことです。これらの社会情勢の変化は、訪れる可能性のあるリスクの予兆であり、先手必勝の対応が求められるテーマだと岡田氏は指摘します。
「花粉症になると労働生産性が約30%低下するというデータがあります。生産性を維持したい経営者であれば、『職場に空気清浄機を設置しよう』と考えるでしょう。家族が要介護になり、働きながら介護を行うビジネスケアラーは、27.5%の労働力の損失があるとされています。では、経営者はどう考えるべきでしょう。花粉症と同じように対策を考えるべきではないでしょうか。私はここにこそ、健康経営の本質があると思います」

岡田氏はこのように語り、企業活動を維持・発展させるためのしかるべき投資の1つとして、健康経営を位置付けることの重要性を説きました。

健康経営は先手必勝

ストーリーを作る人が誰よりもおもしろがること

「なぜ?」「それで?」を繰り返すとストーリーが現れる

続いて登壇したのは、一橋大学特任教授で企業の競争戦略を専門とする楠木 建氏。楠木氏は本セミナーのテーマである「戦略」と「ストーリー」に関して考えを述べました。

楠木氏は、「戦略とはストーリーです。企業が戦略を立てるうえでの前提条件は、長期利益を出すこと」と言います。これは別の言い方をするなら、「儲けること」です。よって戦略を考えること、つまりストーリーを語ることとは、楠木氏の言葉を借りるなら「普通の儲け話をすること」です。
「一見すると同じようなビジネスをしていても、A社は儲かっていてB社は儲かっていないとします。なぜA社だけ儲かるかというと、A社にしかできないことをやっているから。じゃあ、A社にできることって何でしょう? なぜそれはA社にしかできないのでしょう。こんなふうに、『なぜ?』『どうして?』と掘り下げていくと、一本の筋が通ったストーリーができます。『それで?』『それで?』と話の続きを聞いていくのも同様に、ストーリーができます。きちんと筋の通った話なら、『なるほど。それは儲かるよね』となるはずです。だから戦略とは、『普通の儲け話』を考えることでもあるのです」 ここで「間違えてはいけない」と楠木氏が指摘したのが、「ビジネスモデル」という言葉です。取り組むビジネスで扱うモノや人、お金の関係性が整理されていて、一見、優れたビジネスの話をしていそうですが、楠木氏いわく「モノやお金の流れを語る『取引見取り図』」とのことです。

ストーリーは箇条書きではなく順番があり、時間軸がある

楠木氏は、企業を成長に導いた「ストーリー」を、大手ファストフードチェーンC社を例にして解説しました。

C社はもともと、自社で構築したデリバリーサービスを持っていました。コロナ禍をきっかけに、外資系のフードデリバリーサービスが台頭します。C社は社内での議論の末、フードデリバリーサービスを積極活用することにしました。その結果、宅配の売上が日本最大になりました。
「C社はファストフード業界のなかでも、とりわけ商品の提供が『ファスト』です。これは、フードデリバリーの担い手であるライダーにとっては、待たされずに済むということ。配達できる頻度が増えるから、ライダーは儲かります。またC社は出来たての商品を提供したいという思いから、宅配は店から7分以内のエリアと決めていました。これはライダーからすると、遠くまで行かなくていいという意味です。ますます配達の頻度が増え、儲かりますよね。するとどうなったか。ライダーが注文を受ける前に、店の前で待つようになったのです。こうなると、デリバリーはさらに迅速になります。お客さんからすると、『もう届いた。出来たてでおいしい』となります。結果、リピーターがどんどん増え、企業は成長しました」

これが楠木氏の言う、「それで?」「それで?」の繰り返しによって出来上がったストーリーです。楠木氏は、「ストーリーは事実や出来事の箇条書きではなく、思考が直列になっている」とも言います。ストーリー、すなわち戦略とは事実や出来事の「組み合わせ」ではなく「順番」であり、時間軸が入っているという点も重要なポイントです。

「飛び道具」はストーリーのなかでこそ意味を持つ

 ビジネスモデルと同様に楠木氏が警鐘を鳴らすのが「飛び道具」、すなわち流行のビジネスの仕組みです。
「最近だとサブスク(サブスクリプション)が飛び道具の代表例です。ありとあらゆる業種がサブスクを導入したものの、軒並み失敗しました」

では、飛び道具のように見えるサブスクはどのようにして登場し、なぜ企業によっては成功したのでしょう? 楠木氏はサブスクが注目を集めるきっかけとなった、アメリカの映像や画像などの編集・制作の大手ソフトウエアメーカーD社を例に挙げて解説しました。
「D社は、従来はパッケージでソフトウエアを販売するビジネスを行っていました。いわゆる『売り切り』のビジネスです。それを転換し、定額料金制にしました。すると利用者が増え、売上も拡大しました。でもこの成功の背景には、D社が紡いできた何年にもわたるストーリーがあります。まずD社のソフトは、デザインやクリエイティブ業界の人にとってはもはやインフラとも言えるものになっていて、他社製品にスイッチするには非常にハードルが高かった。だから料金体系をサブスクに切り替えても、既存のユーザーはそのままD社の製品を使い続けました。D社の製品はパッケージで購入すると高額で、フリーランスのデザイナーなどは購入をためらいがちでした。それがサブスクになって月額や年額の費用が下がると、購入しやすくなる。新規顧客の獲得が容易になったのです」

サブスクは、それを用いて成功した企業が構築した、長いストーリーの一部分を構成する要素にすぎません。ストーリーがあってこそのサブスクであり、サブスクだけを取り出してまねしたところで、うまくいくはずがないというのが楠木氏の考えです。

「思わず人に話したくなる話」が戦略の原点にして頂点

先進的で即効性がありそうに見える飛び道具は、経営者を誘惑してやみません。しかし飛び道具がなくても、少しの違いをつなげるだけでまったく新しい儲け筋を作ることができると楠木氏は言います。その例として挙げたのが、工場や建設現場で用いる工具・消耗品の卸売を専門とする日本の商社・E社です。
「E社はとにかく在庫を持ちます。普通は在庫を極力少なくして、商品の回転率を高めようとします。でもE社は回転率を気にしません。その代わりにこだわっているのが、『在庫ヒット率』です。ほしい商品の在庫がいつでもあり、確実に購入できるとユーザーに思ってもらえることにこだわっているのです。だから、ごくたまにしか注文のない商品も置いています。なぜこんなことをするのかとたずねると、この業界のニーズは『すぐ持ってこい、今持ってこい、いいから早く持ってこい』の3つしかないからだと教えてくれました。さらにE社は、まるで路線バスのように定期的に取引先などを回る自社の配送網を持っています。3つのニーズに応えることに、とことんこだわっているのです。ここまで仕組みを整えると、E社はもはや卸売業どころではなく、物流のハブです。ユーザーからは『本当はE社と商売はしたくない。でも、仕方ないからしている』と言われることがあるそうです。これは素晴らしい褒め言葉です。絶対的な価値を提供しているという意味ですからね」

最後に楠木氏は、「ストーリーは未来予想ではありません。成功するかどうかは、やってみないとわかりません」と語りました。そのうえで、次のような言葉で講演を締めくくりました。
「ストーリーを作る人が、誰よりもそのストーリーをおもしろがっている。僕は、これが企業の一番健全な姿だと思っています。『思わず人に話したくなるような話をする』ことこそが、戦略の原点にして頂点です」

「思わず人に話したくなる話」が戦略の原点にして頂点

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