Vol.35
《春夏花鳥図屛風》
―理想の庭を作りたい―
江戸時代 17世紀 サントリー美術館
江戸時代 17世紀 サントリー美術館
ある日の展示替えで《春夏花鳥図屛風》を開いたとき、まばゆいばかりの金と鮮やかな顔料で彩られたこの屛風は、その空間を一変させました。
本作は狩野永納(1631~1697)という京都を中心に活躍した絵師によって制作されました。永納は父である狩野山雪に画技を学び、21歳で京狩野の三代目当主となります。そして、父が手厚い庇護を受けていた公卿・九条幸家との交流を保ち、その子や親戚たちを主要な顧客としていました。
さて、描かれたモチーフを観察してみましょう。右隻では桜の下で餌をついばむ雉の親子、柳の上で鳴く鶯、流水の傍には蒲公英や菫、牡丹が咲き、その上を燕が飛び交い、春の景色を表しています。そして、左隻では水辺に山吹、杜若が咲き、その近くには白鷺が佇み、画面中央の藤が絡まる松にとまる三光鳥は大きく口を開けて鳴いており、地表では番の雉鳩と山百合、芙蓉、忘れ草が描かれています。こちらは夏の景色を表しているようです。
本作は春と夏の二季のみですが、四季の花鳥を一つの画面に配する金屛風は理想郷を表す画題として中世以降多数の作例が見受けられます。そして、描かれるモチーフの取捨選択はその時々の流行に影響を受けることもあり、また、時には実在の庭に取材することもあったようです。
右隻に描かれる桜、柳、鶯、雉、左隻の藤、時鳥は、藤原定家が十二ヶ月の花鳥をテーマに詠んだ「十二ヶ月花鳥和歌」という当時流行していた画題にも登場するモチーフであることが指摘されており、和歌との関連性も強いものです。ただ、一方で左隻の三光鳥はひときわ目を引きますが、花鳥画で見かける機会は少なく、また、和歌と深く結びついたモチーフというわけでもありません。本作に登場するモチーフには偏りがあり、それはおそらく永納や、制作を依頼した人物の好みが反映されているからなのではないかと考えています。そして、こうした理想の庭を作りたいという思いは、現代の我々も抱きうるものではないでしょうか。
2026年2月25日
出典:『サントリー美術館ニュース』Vol.296, 2024.3, p.6