「だいたい青瓷（あおし）が足りないのであれば、白瓷（しらし）に緑青（ろくしょう）を塗ればよいではないか」
勝覚（しょうかく）のもとに届いた消息には、白河院の意向がこのようにしたためられていた。請雨行法（しょううぎょうほう）は道具が規定通りに揃わなければ、その霊験を得ることはかなわない。しかし、今回は準備が急がれたため、院から提供された諸道具に不備があったのだ。
「こうも用意が整わないでは実修することは難しい」勝覚がそう不満に思っていた矢先、さらに院の仰せが伝えられた。
「炎旱が厳しいため、いたずらに日を過ごさず、万事投げ打ってでも今日中に法を修せよ。これは院宣である」
もはや逃れることはできない―そう嘆きつつ彼は請雨行法を開始せざるを得なかった。
（『永久五年祈雨日記』などを基に構成）

上は永久五年（1117）6月14日に始まる雨乞いの儀式、「請雨行法」をめぐる一場面です。醍醐寺座主を勤めた勝覚は、五日前に白河院からこの修法を命じられましたが、急ぎのあまり必要な道具が整わないことを嘆いています。そして特に印象的なのは「青瓷」をめぐる応酬でしょう。

この「青瓷」とは、平安時代に生産された緑色に発色する鉛釉が掛けられた緑釉陶器で、中国磁器や金属製仏具を模倣し、主に天皇家や公的機関の饗宴、そして寺院の儀礼などで使われた高級食器でした。永久五年の請雨行法でも、勝覚は大小の青瓷器（碗か）を各百口、青瓷瓶を十四口用意することを朝廷に求めています。これほどまでに大量の青瓷が必要だったのは、この儀礼では道具を全て青色（緑を含む寒色）かつ新品で揃える決まりがあったためです。そしてそれらが不足したため、特に青瓷は灰釉陶器などの白い「白瓷」に緑青を塗って代用せよ、という白河院の言葉が発せられたのでした。

当館所蔵の《緑釉水瓶》も、細長い姿形が仏具の水瓶や浄瓶を彷彿とさせ、請雨行法のような仏事で使われた可能性をうかがわせます。そうであれば同じ頃に作られた《緑釉輪花碗》もまた、仏教と縁の深い器だったのかもしれません。これらは遠く、平安時代の人々の心を支えた生活の中の美であったのです。

（主任学芸員・柴橋大典）

2025年3月7日
出典：『サントリー美術館ニュース』vol.293, 2023.6, p.6