Vol.30
《蓮弁文皿》
―幕末に舶載されたプレスガラス

イギリス製か
慶応2年(1866)頃 サントリー美術館

ある日の収蔵庫で、ふと、蓋表に「慶應二年/ギヤマン/菓子皿」と墨書されている箱が目にとまりました。慶応2年はおおよそ西暦1866年にあたり、明治改元を目前に控えた幕末の激動期です。また、「ギヤマン」は江戸時代に使われるようになったガラスを意味する言葉です。ポルトガル語のダイヤモンド(diamante)に由来し、無色透明のガラスにカットなどの装飾が施されたヨーロッパ製の上質なガラス器を指す言葉として江戸時代から用いられ、次第にガラスを指す一般的な言葉へと変化しました。
箱書きを当初のものと鵜吞みにできないとは言え、「幕末に遡るガラスの菓子皿」の姿をあれこれと想像してドキドキしながら箱を開けてみると……そこに入っていたのは無色透明のガラスで作られた、プレスガラスの皿でした。
プレスガラス(pressed glass)とは、熔けた状態のガラスを金属製の雌型(凹型)に入れ、そこに雄型(凸型)を押し当てて器物を成形する技法、あるいは、そのような技法で作られた製品を言います。機械によるプレス成形の技術は1820〜25年にアメリカで完成したのちヨーロッパに広がり、日本では明治時代に入ってから作られるようになりました。本作の場合、表面はつるりと滑らかな面をしており、裏面には文様が浮き彫り状に表されていますが、これは文様のない雄型(凸型)と文様の施された雌型(凹型)を用いて成形されたからです。また、熔けたガラスが型に挟まれたときにできる細かな皺が表裏両面にみられるほか、型の欠損部分にガラスが入り込むことで生じた小さな突起があるなど、プレスガラスならではの製作痕跡が随所に確認できます。
丁寧な表面処理や、1866年には日本国内でプレスガラスの製造が始まっていないことを考慮すると、本作は欧米からの輸入品とみてよいでしょう。神戸市立博物館に所蔵される本作と同一の文様を有するプレスガラスの小鉢は慶応元年(1865)頃に輸入されたイギリス製と推定されており、本作の製作地を考えるうえで参考になります。
近年、当館ではプレスガラスをほとんどご紹介できておらず、本作も1999年の展覧会以来、収蔵庫の中でひっそりと出番を待っていました。この出会いを新しい展覧会の企画につなげられれば……と思う次第です。
2025年3月7日
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.291, 2023.1, p.6