Vol.29
《能面 小面》
―「裏の顔」をのぞいてみれば

「天下一是閑」焼印
桃山~江戸時代 16~17世紀 サントリー美術館
小面は老若様々な女面のなかでも最も若い面です。その若さは髪の毛の表現にあらわれています。左右に毛筋が三条ずつ描かれていますが、ピシッと整然としています。もっと年嵩の女性の面には、このピシッとした感じはなく、毛筋にゆるみを持たせたり、何段かに分けたりしてあらわします。また、口角のあがった表情や、ふっくらとして張りのある頬も若さの表現です。
さて、本稿では、こうした表側よりも能面の「裏の顔」に注目してみたいと思います。実は面裏には、この面の作者に関わる情報が隠されているのです。まず、左上のあたりには「天下一是閑」と書かれた焼印がみえます。この印は豊臣秀吉にその腕が認められ「天下一」の称号を賜った面打(能面の作者)・出目是閑吉満(でめぜかんよしみつ)が使用した印です。続いて注目したいのが鼻の下にある斜めの鑿跡(のみあと)です。面打は「知らせ鉋」といって、自分が打ったという証に特定の箇所に独特の鑿跡を残すことがあります。是閑の知らせ鉋は鼻の下に入れる三本の斜めの鑿跡です。鼻周りは後世の手が入っている可能性があり、はっきりとあらわれてはいませんが、本作の鑿跡も知らせ鉋とみてよいでしょう。
このように聞くと、本作は間違いなく是閑の作と思えるのではないでしょうか。しかし、実はそう簡単にはいかないのです。その理由は、能面特有の写しの文化にあります。能面の世界では、能の流派の家元がもつ由緒ある面や、高名な面打が打った面を精巧に写した模作の制作が盛んに行われました。時には、表面的な形だけではなく、裏面の様子、果てには傷や汚れまで含めてそっくりそのまま写すこともあります。焼印や知らせ鉋も写されることがあり、こうした特徴があるからといってすぐには作者を特定できないのです。とはいえ、面裏の情報は作者を考える上ではとても重要なものです。読み解くことは難しいですが、能面の「裏の顔」をよくみると、面打の顔がみえてきます。
※2022年10月31日発行当時
2025年3月7日
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.290, 2022.10, p.6