Vol.26
楊洲周延《鬘附束髪圖會》
―最新ファッションで着せ替えごっこ



大判錦絵三枚組
明治20年(1887)5月 サントリー美術館
ドレス姿の女性たちの周りに、複数の髪型や帽子の切り抜きが散りばめられています。単なる美人画と呼ぶには、少々変わった構図の浮世絵です。そのまま鑑賞しても良いのですが、あるひと工夫を加えると、より本作を楽しむことができます。実は、髪型や帽子を切り取って女性像に被せると、様々なヘアスタイルに変化させることができます。子供の頃に紙の着せ替え人形で遊んだ経験のある方ならば、何となく想像がつくでしょうか。
本作が出版されたのは明治20年(1887)。日本は西欧に追い付こうと、急速に近代化を進めている時期でした。その影響はファッションにも及び、政府主導による洋装化の動きが世の中に広まっていきます。髪型も洋装に合うように変える必要があり、多くの男性たちが断髪をしました。一方、女性に関しては、明治18年(1885)、西洋女性の髪形にヒントを得た「束髪」が考案されました。江戸時代から続く日本髪とは違い、束髪は自分でも比較的簡単に結うことができたため、社会的な大ブームとなりました。そして、束髪の結び方を説明する浮世絵も多数出版されました。本作でも、それぞれの髪型の側に名称と説明文が書き込まれています。具体的には、右図は「下ゲ巻」「上ゲ巻」「少女の下髪」、中央図は「半結び」「マガレイト」「イギリス結下ゲ」、左図は「三ツ割」「渡辺巻」「英吉利(イギリス)結」「和嵜結」「同變形」となっており、西欧を意識した名称も散見されます。ちなみに、束髪を取り上げた浮世絵は女性像を規則的に並べた作品が大半で、本作のような着せ替え形式は珍しいものです。この形式は元々、歌舞伎役者に様々な役柄の鬘(かつら)を被せて遊ぶ「鬘附役者絵」で使われていた仕掛けですが、それを束髪の紹介と結びつけた所に、作者である周延(ちかのぶ)の機知に富んだ発想力が感じられます。周延は歌川派に属する浮世絵師だったため、本作の女性たちの面貌は伝統的な歌川派風ですが、ドレスの立体感、細部まで描き込まれたリボンやレース、華やかな調度品からは、変わりゆく時代の中で新しい表現を模索する、周延の試行錯誤の様子が伝わってきます。本作には、価値観が多様化していった明治時代の様相が、幾重にも重なって詰め込まれているのです。
2025年3月7日
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.286, 2021.12, p.6