さんじゅうさんげんどうとおしやずびょうぶ
京都、三十三間堂の通矢は、旧暦4・5月に、堂裏の西の縁側で桁行六六間(約百二十メートル)を一昼夜で何本射通せるかを競ったもの。縁側右端に諸肌を脱いだ射手を描き、左端の矢先の芝の背後と射手の脇には、芝旄と采配を振って声援を送る。射手の背後では、矢を矯めたり茶を点てたりと、様々な裏方の様子が描かれる。屛風の墨書に「同七千五百余壱人」(通矢七千五百本余の者が一人)とある。寛文8年(1668)に葛西園右衛門が通矢七千七拾七を、翌年星野勘左衛門が同八千の記録を作っており、景観年代はこの頃とも考えられる。(『おもてなしの美 宴のしつらい』サントリー美術館、2010年)
作品名、作者名、制作地・様式などのキーワードで収蔵品の検索ができます
2025年 1月
2025年 2月
2025年 3月
2025年 4月
2025年 5月
2025年 6月
2025年 7月
2025年 8月
2025年 9月
2025年 10月
2025年 11月
2025年 12月
2026年 1月
2026年 2月
2026年 3月
2026年 4月
2026年 5月
2026年 6月
2026年 7月
2026年 8月
2026年 9月
2026年 10月
2026年 11月
2026年 12月