きょう めいしょず びょうぶ
右隻には、京都東山の一部を描いて右手に清水寺、左手に八坂の祇園社と社頭の二軒茶屋などを配している。左隻は北野の景で、右に北野神社、左に経堂と影向松、右下方には櫓に下り藤の紋所もみえ、北野の阿国歌舞伎小屋であろう。舞台は「茶屋遊び」の踊りもたけなわ、男装した阿国が茶屋のお嚊にたわむれる。かたわらには道化役の猿若である。平土間席をめぐるように柿葺屋根の桟敷席もしつらえられており、歌舞伎小屋としてはやや進化した形態をみせている。多彩な観客の中には中国人とおぼしき二人連れもいる。両隻を通じて桜咲く春の景であるが、画中かなりのスペースを占める金雲によって、巧妙な場面転換が行われている。右隻では、清水寺で有名な舞台造りの礼堂から音羽の滝の水垢離へと続く場面と、祇園社の社頭で風流踊りを楽しむ男女から流れの南蛮人一行にいたる場面とが、金雲によって大きく分節される。左隻では、北野社へ詣でる人々の賑わいと、阿国歌舞伎を楽しむ老若男女の場面とが、同じく金雲で巧妙に分節されている。かたわらの民家の柴垣内では行水をする光景も写される。各隻それぞれが、金雲を境に画面変化の妙をみせてくれる。それ故、この種の「名所風俗図屏風」を鑑賞するときの要諦ともいえる、画中探索の楽しみも、本図ではとりわけ深いのである。金雲構成も重厚であり、一部境内と路面には金地が施されている。北野神社の社殿には、豊臣秀頼の慶長期再建時に建立された三光門は見出されず、その結構からすれば慶長12年(1607)以前の景観となる。本図の制作時期を考える上でこの慶長12年は一つの目やすともいえ、実際この前後、仮に下っても大きく下ることはあるまい。無落款ではあるが、樹木や人物に使われた描線や皴法などから、筆者は漢画系に属する絵師と考えられ、およそ慶長期の精緻な出来を示す作として推賞に価しよう。(『開館20周年記念 サントリー美術館100選』、サントリー美術館、1981年)
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